第54話 二人めの彼女
「フォシアのことを知っているのか?」
「そのフォシアが俺の知っているフォシアならな」
ベアトリスが鼻をひくつかせた。匂いを嗅いでいるようだ。まるで犬みたいに。
「ふうん。確かにおまえからフォシアの匂いがするな。なるほど。それでわかったぜ。おまえの人ならぬ強さが。おまえ、フォシアのこれか?」
ベアトリスが親指をたてた。なんのことかわからず、俺は首を傾げた。
「?」
「なんだ。わかんねえのかよ。フォシアの情夫かってことだよ。いいかえるなら、フォシアはおまえの情婦かってことだ」
「ば、馬鹿か」
俺は必死になって言葉を絞り出した。こいつは何を言い出すのか。同時に少し恐くなった。ベアトリスはフォシアの秘密を知っているのかもしれなかった。
「フォシアは俺の情婦なんかじゃない。俺たちの仲間だ!」
俺は叫んだ。顔が熱いのは紅潮しているからだろう。
「ふうん」
納得していないようにベアトリスは鼻を鳴らした。
「あのフォシアが理由もなく普通の人間に力を貸すはずがねえんだがな」
値踏みするようにベアトリスがじろじろと俺を見た。やがてベアトリスの頬が赤らんできたようだ。
「うん? なんだかどきどきしてきたぞ。どうしてだ?」
「あ、あの……」
恐る恐る俺は訊いてみた。
「こんな時になんなんだけど、通っちゃっていいんでしょうか?」
「あん?」
諍いの原因を思い出したのか、ベアトリスが目を瞬かせた。
「そうだったよな。いいぜ。フォシアの仲間の頼みなら無碍にはできねえからな。通んな」
「ありがとう。助かるよ」
俺はほっと胸をなで下ろした。このまま戦っていたら、どうなっていたかわからない。
ミーラたちを促し、俺は歩き始めた。フォシアとの関係など詳しく聞きたいところだが、いつベアトリスの気が変わるかしれないので急いだ方がいいと思ったのだ。
「待ちな」
ベアトリスが俺たちを呼び止めた。びくりとして俺たちは立ち止まった。危惧していたことが起こったのかもしれない。
「な、何か用か?」
恐る恐る俺は尋ねた。するとベアトリスが俺に歩み寄ってきた。とっさに身構えかけ、慌てて自制する。ここまできてベアトリスとは争いたくなかった。
「おまえら、フォシアとは会うのか?」
「フォシア?」
俺とミカナたちは顔を見合わせた。
敵のただ中に飛び込んでいったフォシアの身の上は心配だ。が、あのフォシアが簡単にやられるとは思えなかった。逃げのびることができればいいが、もしとらえられてはいるなら、ミーラたちの安全を確保した後、一人でフォシアを救出するつもりであった。
「ああ。フォシアとは合流するつもりだ。仲間だからな」
俺はいった。するとベアトリスはニンマリした。
「だったら俺も一緒にいくぜ」
「ええっ!」
俺は驚倒した。どうしたらそんな考えが導き出されるのだろう。
「そんなに驚くことはねえだろう。おまえらについていったらフォシアと合流するんだろ。久しぶりにフォシアの面を見てたいからよ。だったらおまえらについていきゃあいい。だろ?」
「ま、まあそうだけれだ……」
俺は戸惑った。ベアトリスと一緒にいると何だか面倒なことになりそうだったからだ。
とはいえ無碍に断ることもできそうにない。機嫌を損ねるとまたまた争いが起こるかもしれないからだ。
「そうだろ。フォシアもそうだれどよ、実はおまえにも興味があるんだ。あのフォシアが力を貸すなんてただ事じゃないからな。その理由をしりたいんだ」
「でも、俺たちと一緒だと危ないぞ。いいのかい?」
「危ない?」
さすがにベアトリスの表情が変わった。
「そうだよ。俺たちはモスナ公国に狙われてるんだ。俺たちと一緒だとベアトリスもまた狙われることになるぞ」
「なんだ」
つまらなそうにベアトリスが息を吐いた。
「危ないっていうから、ドラゴンの群れでも相手するのかと思ったぜ。なんだ、つまらねえ。で、おまえが危ないっていうからには敵はすげえ数なんだろな。一万か? それとも十万ほどもいるのか?」
「いや……そんなでもないけど」
俺は頭を掻いた。なんか説明するのが馬鹿らしくなってきたのだ。
「なんだ。じゃあ、たいしたことないじゃねえか。ともかく一緒にいくぜ。いいだろ?」
「はあ」
俺はうなずいた。もう拒絶するのも面倒になってきたからだ。とも付与されてかく早く森を抜けた方がいい。
「じゃあ、そろそろ行こう。ぐずぐずしているとモスナ公国の騎士がくるかもしれない」
俺はミカナたちを促した。
しばらく歩いて、俺たちは野営することにした。さすがに夜通し歩くのはミーラたちにはきつい。
見張りは俺とベアトリスが交代ですることになった。体力のないミーラたちにはしっかりと寝てもらった方がいいからだ。
焚き火の前で俺は座り込んでいた。ふっと気配を感じたのはミーラたちの寝息が聞こえだした頃だ。
「おい」
声がした。ベアトリスのものだ。
いつの間に起きたのか、ベアトリスが俺の後ろに立っていた。びくりとしてふりむくと、ベアトリスはニヤリとし、俺の横に腰をおろした。
「眠れないのか?」
「いいや」
ベアトリスは首を横にふった。
「おまえに聞きたいことがあってよ」
「俺に訊きたいこと?」
「ああ。おまえとフォシアの関係についてさ」
ベアトリスの目がきらりと光った。
「おまえ、フォシアと契ったのか?」
「ち──」
俺は絶句した。こいつはいきなり何を言い出すんだろう。
「ち、契るって──」
俺は喘いだ。顔どころか全身が熱くなっている。が、ベアトリスは平然としたものだった。
「契るは契るさ。フォシアとやったのかという意味さ」
「や、やるか!」
俺は喚いた。
「俺とフォシアはそんな関係ないじゃない。フォシアを汚すようなことをいうな!」
「だったら、おまえのあの力はなんだ? 人間離れした速さと力。あれはフォシアから与えられたものだろ?」
「!」
俺は息をひいた。やはりベアトリスはフォシアの身体の秘密を知っている。
「ふふん。いえないかよ。やっぱりいえないようなことをしたんだろ」
「ち、違う! キスしただけだ!」
俺は叫んだ。そして慌てて口を閉ざした。
「なるほどね」
ベアトリスはニンマリした。
「キス、か。なるほど。そういうことかよ。確かにその方法ならできるが……フォシアのやつ。よっぽどおまえに入れ込んでいるみたいだな。ふうん」
ベアトリスがじっと俺をみつめてきた。その目にしだいに熱い光が浮かんできたようだ。
「なんとなくだが、わからんこともないぜ。俺もおまえを見ていると変な気分になってくるからな。ふうん。じゃあ、あれだな。俺ともしてみるか?」
「す、するって……な、何を?」
「キスだよ。当然だろ」
「当然じゃねえよ」
俺はいった。フォシア以外の女性と簡単にキスなどする気はない。
するとベアトリスは不思議そうに首を傾げた。
「どうしてだよ。人間の男は女とそういうことしたくてたまらないんだろ。いいぜ、俺にキスして。なんならこっちもしていいんだぜ」
ベアトリスは重そうな乳房を両手ですくい上げるようにした。美味そうな肉を前にしたようにぺろりと舌で唇をなめる。恐ろしくみだらな眺めであった。
妄想を振り切って俺は立ち上がった。
「いっとくけど、人間の男すべてが女とみたら目の色を変えるわけじゃないからな。好きな相手としかしたくないやつだっているんだ。少なくとも俺がキスするのはフォシアだけだ」
俺は宣言した。
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