Seventh Spinner

リベラ

第1話 ~覚えのない夢~

【2019年 河川敷 20時32分】


大雨降りしきる河川敷の中、一人の少女が地べたに座り込んで泣いていた。


「ねぇ…!お願……きて…!」


雨粒は彼女を打ち付け、涙と共に頬を伝って流れていく。

泣き叫ぶ彼女の膝元には一人の人影が横たわっていた。

両手で包むように抱きながら彼女は絞りだすようにこう叫ぶ。


「お願い…起きて…!覚ましてよ…、ねぇ…!目を…覚ましてよぉッ!!」





「―ッ!!」


【死界 7時46分】


彼女の叫び声と同時に目を覚ます。呼吸が荒く、瞳も若干揺らいでいた。

しばらく天井を見つめた後、夢だと認識し、一息つきつつ横のスタンドライトのスイッチを押して体を起こす。

寝汗で背中あたりが湿っぽくなってしまった。

着替える事にした彼女はベッドから立ち上がり、タンスまで移動し、代えの薄ピンク色の寝服に着替えた。


彼女の名前はチコ=ブリリアント。腰まである緑髪の長髪に1本の触角のような毛がトレードマーク。

赤い瞳に飾らない素顔、スタイルもごく普通のボディ。

もはや見た目は女子高生。いや、彼女はそもそも女子高生である。


着替えを済ませ、代えた服を洗濯カゴに放り投げた後、チコは再びベッドで横になる。

ここ最近、似たような夢を見る事が日を追うごとに増している気がする。

だが彼女にとってそれがどういう意味なのか、見当もつかない。

身に覚えが無いというべきか。チコの記憶に全くないのだ

それでも先程の夢を幾度となく見て、正直思い悩んでいる。


「また、あの夢を見てたんですか?」


「あっ…ベールちゃん」


隣のベッドからまた、女性の声がした。

大人しめの印象を与えるトーンで話しかける彼女は、死月(しづき)=ベール。

金色の長髪に薄紫色の瞳をしており、しおらしい表情を見せる。

言葉使いも丁寧で、聖女という言葉がよく似合う振る舞いで接する、チコにとって一番の友達である。


「うん。本当になんなんだろう…」


チコは正直に気持ちを伝えるとベールも体を起こしてこう言った。


「もしかして、レイチェルさんが言ってた。"現世"の記憶、なんじゃないんですか…?」


「…現世の…?」


彼女がそう口にする。

そう、私達はもう生きた人間ではない。あの世と呼ばれる所に住む、"死者"なのである。



- D.G -


【死界 チコとベールの家 午前8時15分】


私達は死界と呼ばれる世界で生活している。

石レンガを基調とした建造物が軒並み立ち並び、オレンジ色の街灯が道上に配置され明るく照らす。

そこから一つ外れた通りに建築されたコンクリートの団地。二人はそこの一室を借りて生活している。

時計は午前8時15分。午前と言ったものの、死界には朝日という概念が存在しない。

早朝であろうがこの世界は夜の如く、夜空で覆われている。

それでも昼頃には商店街が賑わい、住民達が活気に溢れている。


それはそうとベール曰く、その夢はチコが現世で生きていた頃の思い出の一つなのではないかと推測する。

朝ご飯と共に出されたコップを小さく並行に回し、氷で音を鳴らすチコ。

先程も言ったように本人には現世の記憶は一切ないのだ。


死界に訪れた者は皆、現世の記憶のほとんどを消失した状態で渡世してくる。

時間経過で記憶を取り戻す者もいれば、数年経っても戻らない者もいる。

チコとベールも死界へ来て1年が経とうとしているがお互い現世の記憶を未だに取り戻せていなかった。

かといって夢の内容があまり良い物でもないため、正直思い出したくはない気持ちなのが正直な所である。


「大丈夫よ。どうせ大した夢じゃないと思うし…、泣く思いする夢なんて、きっと思い出さない方がいい」


「…そういう、ものでしょうか…?」


「そうよ。きっと現世で生きてた私は落ちこぼれだったかもしれない」


そう自分をあざ笑うように振る舞うチコにベールは一喝する。


「そんなことないです!チコさんは立派な人なはずです…!」


割って入るかの如くテーブルに手をつき、椅子を勢いよく引きながら言い放った。

チコはビックリとした表情でベールを見つめる。衝撃でコップが倒れないように思わず両手で抑えていた。

でもベールにそう言われてとても嬉しかった。


「私にとってチコさんはかけがえのない友達だと思ってますし、行き場の無い私の手を引っ張ってくれたんです」


「お、大袈裟だなあ…でも私もベールちゃんの事は大切な友達だって思ってるよ!」


笑顔で返す私にベールちゃんは少し照れながらも礼を言った。


「ありがとうございます…!」


「夢の話はこのぐらいにして、今日も任務だから朝ご飯食べちゃおう!」


任務。私達は死界独特の職業である除霊師を担っている。

除霊師の職業を説明するにはまず死界という世界の根幹を知らなければならない。


まず、死界は現世で亡くなった魂が訪れる第二のホームグラウンドの一種であり、

他に極楽・地獄の合計3つに位置しており、その中でも死界は他二つの間に位置する地位。

人口も多く、可もなく不可もなくの世界点である。

さらに死界には数十"惑星"に別れ、惑星一つ一つに8つのセクションと呼ばれる球体型のエリアを円で囲み、

その円の中心にセントラルと呼ばれる、中枢セクションが敷かれている。

ちなみにチコ達が暮らす死界は「第8惑星・南西セクションの北区」である。


除霊師は全てのセクションに存在し、現世に蔓延るレイスと呼ばれる悪霊を浄化する使命がある。

日々基礎戦術を身に着けた除霊師達が巣立ち、レイス達の浄化に勤しむ毎日。

その中でもチコとベールは一目置かれる存在であり、期待の新星ともてはやされる事も。


それに二人は他の除霊師達とは決定的な違いがある。

戦術指南役が南西セクションのトップである"シエラ=ラペズトリー"と呼ばれる女性の下で鍛えられて来た除霊師である事。

二人から会長の名で親しんでいる彼女であり、訳あって二人の指南役を買って出たのだ。

特別他の除霊師達と違って入れ込んだわけではないのだが、同期や近しい時期の除霊師達からは注目の的であった。


(ブー ブー …!)


突然、チコのスマートフォンから振動音が鳴った。それに気づいて画面を見るとそれはシエラからの電話だった。

一声ベールに会長からの着信であると伝えた後、その電話を取った。


「はい、チコです」


「あぁ、朝からすまぬな。今日も任務じゃったと思うが少し頼まれて欲しい事があってな」


「例のあれですか?」


チコは慣れた口調で要点を推測する。


「そうじゃ。今日も仕事が立て込んでてのう。自分から買いに行くのが厳しくなってしもうたのじゃ」


「分かりました。すぐ向かいますので」


そう言うとシエラは礼を言って通話を切った。ベールがいつものと問いかける。チコはそれに肯定して朝ご飯を口に運ぶ。

少しばかり呆れたようなため息をつくベール。


「相変わらずですね、会長さんも」


「仕方ないわよ。ここのエリア全てのレイスに関する浄化任務の資料とか偵察班の監視パトロールとかもしてるわけだし。

 むしろ暇な時間なんてないんじゃないかな…?」


箸を休める事無く食を進めるチコがそう口にする。ベールも納得した反応を示しつつ、チコと同様箸でご飯を口へと運ばせる。

しばらくして二人は食事を済ませ、任務の為の準備を整え始める。


ある程度骨組みの入った革のバッグに治療キットや除霊師達が携帯する瓶や袋を詰め込み、ボタンを付けて封をする。

ショルダータイプとなっており、二人とも同じバッグを右肩に掛けて、身の周りの準備は完了した。


チコはその場で両手を前に出し、平を広げた状態で全身に力を込める。

すると足元から灰色の薄い霊気が現れ、彼女の身体全体を包み込んでいく。

次第に腰へ、そして腕や頭部へと伝って左右の手まで到達するや否や、そこから右手に鎌、左手に銃が現れた。


「霊力も問題ないわね」


そういってすぐさま武器を消化し、シエラの元へ歩みを進めるため、家を後にする二人。

立派な創りをしている除霊師専用集合マンションに住んでいる二人。

エレベーターで6階から1階へ降り、エントランスを抜け屋外へと出る。

左右を確認しつつシエラの居る除霊師専用役所へと向かう。

大通りへ通ずる石階段のある細道に足を踏み入れる二人、手すりに片手を添えながらも階段を上り、

その先の道を十数メートル歩いた後、活気に溢れた商店が数えきれない程開かれていた。

果物、野菜、アクセサリー、色んな出店が立ち並ぶ活気溢れたその道はどこぞの幻想史にあるような風景だった。

これが死界の風物詩の一つである。


いたるところの出店から発する販促の声、住民達の世間話。

混雑の中で擦れ合う服の音、ありとあらゆる環境音が入り混じる中、二人は役所へと突き進む。

その途中、ベールがある事に気が付いた。


「あっ」


「…?どうしたの?」


チコが問いかけるとどうやら魔力の結晶が切れかかっていたとベールが言う。


除霊師には霊力とは別に魔法の技術も取り入れている。

数多くの種類が存在し、戦術の一環として携帯する除霊師が多い。

チコもサポートに強い水の魔法を宿しており、治療やダメージの軽減に使う事が多い。

一方ベールは地の魔法、遠距離が主体で地脈を利用して地面から杭程の大きさの柱を出現させたり、

引力で体の自由を奪う魔法も存在する。


しかし、それを利用するには一定量内の魔力が入った結晶が都度必要になる。

有限であるため、無暗やたらに使う訳にも行かない資源である。

結晶の中に蓄積した魔力が無くなると一切魔法が使えなくなってしまう。


そうなってしまっては危険なため、ベールは魔力補充の為に専門の店に立ち寄ってから役所へ向かうとチコに伝える。


「分かった!私はこのまま会長の頼まれた物を買って役所へ行くから、気を付けてね!」


「はいッ!」


微笑みながら返事するベールにチコも笑顔を返し、手を振って別行動する事にした。

彼女を見送った後、チコも目当ての店へと再び歩を進める。

多くの見物客をかき分け、途中途中見知った店の人からの挨拶も交わして数分。

ようやく頼まれた物が手に入る場所へとたどり着いた。


【パンデリッシュ】


そう書かれた看板が取り付けられた建物。景観も良く、緑の観葉植物が綺麗さを助長させる。

小さな坂からの入り口な為、2段の小さな階段を上がってドアを開ける。

その中には種類豊富なパンがガラスケースの中にびっしりと陳列されていた。

チコの存在に気付いた一人の少女が厨房からこちらのスペースへ現れた。


「チコさんいらっしゃい!」


「シャペーリュちゃん。また来たわ」


「いつものでしょ?」


彼女はすでにこちらの要件を察知している様子。

それもそのはず、この流れを除霊師になってから1年間数えきれない程やっているからだ。


「うん。また頼まれちゃって」


「OKッ!すぐ用意するね」


そういってまた厨房に戻ってガラスケースから大きめのチョコクロワッサンを2つ取り、

すぐケースに入れて渡すと思いきや、ケースはそのままに彼女はある物を作り始めた。


慣れた手つきでリンゴの皮を剥き、4等分に切った後、芯を抜く。

リンゴの下準備が終わって間もなく、フライパンを取り出して切ったリンゴと砂糖、バターを入れて温め始める。

1,2分混ぜながら煮て、火を消した後、再びまな板の前に戻り、新しいまな板に変え、打ち粉をまぶした。

パイシートを適度な大きさに切断し、そのうちの半分のシートはフォークで穴を重ねず10カ所近く開け、

もう半分には包丁で横に切れ込みを4つ5つ入れる。

続けざまにオーブン用の天板を取り出してクッキングシートを敷き、フォークで穴を開けた側の生地をまず置き、

その上にリンゴのコンポートを内側に適量乗せ、さらにその上に包丁で切れ込みを入れた生地をライドオン。

外側を指でしっかり生地同士をくっつけ、そのうちの上下2辺に改めてフォークで穴を開ける。

最期に生地の表面に溶き卵を塗っていき、準備万端230度に予熱されたオーブンに入れて15分。


【15分経過】


いつもの商品を入れた箱を持って、シャペーリュはチコの元へ運んできた。


「お待たせしました~。ご希望のチョコクロとアップルパイです」


箱を開けるとそこにはガラスケースにあったチョコクロワッサン2つと手のひらサイズのアップルパイ4切れが入れられていた。


「あっ、いつもありがとう!」


「シエラ会長様のご要望とあっては粗相など許されませんからね…!」


笑顔でそういうシャペーリュに対し、チコは若干苦笑いを見せる。


「まぁ…怒らせると怖いというかめんどくさい~というか~…」


「確かにプレッシャーではあります。

 でもこうしてリピートして頂けているのなら、会長様のお口に合うパンなのだと、心の支えになっていたりするのです…!」


しみじみとそう口にするシャペーリュ。彼女なりのパン屋の執念というものか。

完璧に理解は出来なくても、チコにはなんとなくだが伝わった気がした。


「これからも頼りっぱなしになるかもだけど、よろしくねっ!」


「かしこまりましたッ!ではチコさんもお気をつけていってらっしゃいませ~」


ドア前まで出迎えて、店を後にしたチコは型崩れしないようしっかりと両手で箱を持ち、目的地へと向かう。

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