透明

一縷 望

まってて

冬眠から目覚めた太陽が梅雨に顔を洗って、鏡の前でネグセを直す頃。

少しずつ天頂へと近づいてゆくお日さまは、そろそろ本調子。


 人は、この季節を初夏と呼ぶ。


日光に蒸かされて、少し酸味の混じった土の香り。


静かに生命力をたぎらせて、人が水を掬うみたいに、太陽光線へと緑の手のひらを掲げるイチジクの葉。


僕が見つめているアリなんて、「今」、「現在」だけを生きている。


あっ、ほら。

電光石火のアブがお通りだ!


ふと、問いかける。


ねぇ。

どうやったら、あなたたちみたいに、ただ真っ直ぐ生きていけるの?


どうやったら、あなたたちみたいに、「自分」を胸を張り背筋を伸ばして宣言できるの?


僕は、ただこの真っ暗な頭蓋の中に浮く脳ミソに閉じ籠って、『生きる意味』って文字を何度もなぞっているだけなんだ。


ほら、もう何度も読んでるから、そらんじてあげることだって出来るよ。





──あれ、何だっけ。

僕が何度も復唱したものは何だったんだっけ。


手のひらを見た。皮膚にマジックペンで書かれた『生きる意味』の文字をただ読み上げた。


それは、最初から生きてなんかいなくて、石膏でできた鳥のように、元気よく墜落した。砕けもせずに、永遠に理解できない物であるかのように、重力で存在感を示しながら、そのボソボソした目で僕を怨めしげに見た。


ごめんなさい。僕はまだあなたのことが全く分からない。一生分からないかもしれない。あなたさえ、存在しないのかもしれない。


でも、

葉に透ける太陽も、花の無い果実も、風に吹かれるアリの死骸も、華々しく腐って薫る土も、何だかずっと、答えを示してくれているようでならないんだ。太古から、ずっと。


まだ僕が気づけないだけでさ。


だから、もう少しだけ待ってて。


探しだしてみせるから。

きっと。


キミの意味を、生きる意味を。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

透明 一縷 望 @Na2CO3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る