2章第3話 異世界猟兵と白い炎

 まず俺は屋敷の各地を回った。


「……ミコト。先ほどから何をしているんだ?」


 部屋の中に入ると同時に表示枠を展開して、いくらかの操作を行う俺を見て、ハウルがそう不思議そうに問いかけてくる。


「ん? ああ。これは【幽霊】を退治するための〝陣〟を張っているんだよ」


「あ、あの。先ほどから気になっていたんですが、ミコト。まさか、あなたは、とそう思っているのですか?」


 ようやっと我に返ったディアからの問いかけに、しかし俺は怪訝な眼差しを向けて、


「実在するもなにも。幽霊って」


 なに言ってんだ、という表情でディアを見るも、しかしディアはハウルと顔を見合わせるばかりで答えず、そうして二人して無言のやり取りをした末に、ハウルの方がこちらへと振り向いてきて、こんなことを告げてくる。


「……あのな、ミコト。一般に幽霊という存在は迷信、または気の錯覚とされている」


 なん、だと……?


「えっ。でも、あの店主とかそこのディアとか、幽霊の存在に怖がってたじゃねえか。それを錯覚って、ええ……⁉」


 意味が分からず俺が目を白黒させていると、ディアが恐る恐るという調子で顔を上げて、


「た、確かに迷信や錯覚とされていますが、それはあくまで〝実在を観測できない〟というだけで、存在しないとも断定はされていないんです。だから、幽霊はいるかもしれないしいないかもしれない、というのが一般的な認識になります」


「はあ? えっと、それはなんだ。幽霊の実在を〝観測できない〟から、幽霊は存在しないってされているけど、でも同時に〝幽霊の存在を否定することもできない〟から、幽霊はいるかもしれないっていう風に想われているのか……?」


 嘘だろ、という俺の問いかけに、しかし二人は頷き返してくる。


「その通りだ、ミコト。だから、お前がさも幽霊の実在を前提に話ししているのに正直、我々は戸惑っている」


 言葉の通り、困惑をその表情に浮かべて言うハウルに、俺は内心でまいったな、と頭を掻きながら、二人へ説明するべく振り返って、


「あのな、ここで言う【幽霊】ってのはつまり悪性霊体だ」


 俺の言葉に、しかし理解が及ばないんだろう、二人のキョトンとした顔が返ってくる。


「悪性、霊体……? とはなんなのでしょうか?」


「悪性霊体ってのは……あー、要するに〝澱んだ〟魔力の集合体だ」


 ここで導力周波数が重い魔力、ということは簡単だが、それを理解することは二人にはできないだろうから、そう言い変えつつ俺は解説を続けた。


「一般に、大気中には多くの魔力が滞留する。その中でも特定の空間に留まろうとする作用が強い魔力が汚染魔力な? その汚染魔力に死者とかの魂──えーと、これも俺が知る用語で霊体っていうんだが、それは二人もわからないよな?」


「……すまん。いまのミコトの説明で俺は二割もわからなかった」


「わ、私も同じく」


 マジか。


 こっちはかなり優しい言葉を使って解説したつもりなのに、それでも二人には俺の言葉がわからなかったらしい。


「えーと、だな。つまり、その。あれだ。【幽霊】の素になるものが、この場所にあって、それが死んだ人間から剥離した魂……まさか魂までわからないとかないよな?」


 不安になってそう問いかけるも、二人はしかしそれには首を横に振ってくれた。


「大丈夫です。魂という概念はわかります」


「まあ、それも幽霊と同じくどちらかと言えば眉唾な概念とされているがな」


 ハウルはそういうも、俺の言葉はわかる、というようにディア共々頷いてくれるのでその点については一安心。


「なら、解説を続けるが、そういった魂は人間が死んだあとに剥離すると、ごくまれに強い情念などのせいで一定の霊子的な塊……えーと、まあ死者の思いとかが残るわけだな。それに汚染魔力が反応することで通常死後は活動が泊まる霊子構造体が再稼働していまうって現象が起こるわけなんだよ」


 なんとか、平易な言葉に変えて解説したつもりだが、二人にはそれでもいまいち理解できているか自信がない様子で、そんな中ハウルが怪訝にこちらを見やって問いかけを一つ発した。


「……つまり、汚染魔力? というのが死者の魂に反応するとミコトは言いたいのか?」


 ハウルがなかなか的を射たことを言ってくれるので、俺は満足げに頷く。


「そうだ。んで、ここからが俺の言う【幽霊】の──というよりも【悪霊】だな。その話になるんだが、そうやって死者から剥離した霊子構造体が、大気中の汚染魔力に反応して生前と似たようなふるまいを情報構造上──えーといま俺達が見えている世界とは異なる次元にある世界で起こしてしまうんだよ」


「……? それが起こるとどうなるんですか?」


「つまり、こういうことになる」


 論より証拠、と俺は張っていた〝陣〟の一部を起動する。


 ──AHAAAAAAAAAAA‼‼‼


 そんな叫び声をあげて、浮かび上がってきたのは女性の影だ。


 まだ〝陣〟が不完全であるため、完全な実体化まではいっていないが【彼女】が生前どのような人物だったのかは、あれを見るだけでいろいろと察せられる。


 具体的には、体の一部が焼け焦げていたり、欠損していたり。


「……霊体の欠損具合から見るに、拷問でもされて死んだのか……?」


 うげ、という表情を浮かべて俺がそう告げて振り向くと、そこには顔をひきつらせたハウルと悲鳴を上げることもできないまま、その場で固まるディアの姿が。


「そ、それがミコトの言う【幽霊】なのか……?」


「ああ、そうだよ。正確には【悪霊】な。生前の魂が汚染魔力にからめとられて恨みつらみを原動力に動く悪性霊体」


 言いながら、一度俺は〝陣〟を解除。


 瞬間、実体化しかけていた【悪霊】は即座に消える。


 と同時にへなへなとディアが地面に座り込んだ。


「……はっはっはっ……‼」


「でぃ、ディア⁉ おい、ミコト。お前が警告無しに【悪霊】を生み出すから、ディアが過呼吸を起こしているではないか⁉」


「え、ええ⁉ 俺のせい⁉」


 お前のせいだ⁉ と叫ぶハウルは、そのまま過呼吸を起こしたディアへと寄り添い一度落ち着かせてやる。


 しばらくしてようやく呼吸を取り戻したディアだが、しかしその顔は青ざめさせたままで、さすがに俺も罪悪感を覚えてディアを見やった。


「あー、その。ディア、辛いんなら外で待っていてくれてもいいぞ? なんなら今日は帰ってくれて構わないから」


 俺のその言葉に、しかしディアは首を横に振る。


「……いいえ、ミコト。最後まで同道させていただきます」


 その時ディアが浮かべたのは、恐怖にひきつった表情ではなく、どこか覚悟を決めたような、そんな表情であった。


 常ならぬディアの表情に、さすがに俺とハウルは心配になったが、しかし彼女は再度大丈夫です、というとそのまま立ち上がり、


「……ミコト。彼女を楽にしてあげましょう」


 神妙な表情でそう告げたディアに、俺は少し戸惑いを覚えたが、それでも彼女へ頷き返す。


「最初から、そのつもりだ」


 そこからは黙々と〝陣〟を張ることに集中。


 そうしてようやくすべての〝陣〟を張り終えた俺は、一度庭の方へと出る。


「ほう、庭もなかなか広いな」


「もとは貴族の邸宅というからな。これぐらい広くて当たり前だろう……まあ、その住んでいた貴族とやらが何者なのかは気になるが」


 言いながらハウルはこちらへと視線を向けてくるので、俺は頷くと同時に腰へと下げていた杖剣を引き抜く。


 同時に指を振ることで手元へと表示枠を出し、そこで各所に張った〝陣〟の状態を確認。


 問題なく〝陣〟が稼働していることを見て問って、俺は背後の二人へと振り向いた。


「二人とも少し下がっていてくれ。【悪霊】の実体化を行う」


「はい、わかりました……ミコト。手伝えることは?」


「ない」


 端的に、しかしきっぱりと言い切る。


 ここから先は冗談抜きで危険だ。


 魔物退治とはあまりにも勝手が違いすぎるので素人を関わらせることはできない。


 だから、そう告げた俺に、二人はしかし文句を言うことはなくおとなしく引き下がる。


 こういうところが、彼らを仲間にしてよかった、と思えるところだな。


 そう俺は思いながら杖剣を構え、そして目の前の表示枠を掌で叩いた。


 瞬間、頭上に巨大な表示枠が展開される。


 そうして頭上を表示枠が覆うと同時に周囲の〝霊相〟が切り替わり、今この瞬間より俺が立つ場所は、現世と幽世の狭間へと化した。


「……来る」


 俺の呟きに呼応するがごとく、目の前で蠢く魔力。


 それは時を置かずして瞬く間に目の前で集合し、隆起して、そして一つの形を作る。


 先ほどのような女性型ではない。


 もっと異形。


 言葉で言い表すことすらおぞましくなるような、そんな姿がそこにはあった。


「………っ」


「辛いんなら、見なくていいぞ。ディア」


 背後には振り返らず息を飲んだディアにそう告げながら俺は剣を構えた。


 同時に目の前に現れた異形の【悪霊】は一度空気を吸い込むような行動をし、


 ──KYAAAAAAAAAA‼‼‼


 咆哮。


 もはや人としての肉体を失って、息を吸うなんて行動すら必要としないだろうに、それでも人間だったころの習慣に従ってそのような行為をする【悪霊】はいっそ憐れであった。


「……お前が、どういった恨みつらみを抱いて死んだのかは知らないが。それでもいまは他人の〝迷惑〟になっているんだ」


 だから。


「ここで果ててもらう」


 駆け出す。


【情報強化】によって増強された一歩は瞬時に俺の体を高速の域にまで達させた。


 だが、俺の接近を黙ってみているほど【悪霊】も甘くはない。


 その体から生えた無数の触手をほとんど弾丸じみた勢いで放ってくる【悪霊】


「───」


 それを前に、俺はしかし冷静に避けていく。


 右から来た触手をかいくぐり、上からたたきつけられる触手には斬撃を叩き込む。


 そうすることで触手を両断したが、しかしそれは間を置かず即座に修復。


「──やっぱり、効かないか‼」


 腐っても【悪霊】は霊的生命体だ。


 物理的攻撃にたいする耐性が高く、生半可な攻撃はたいした効果を与えられない。


 それに俺が歯噛みしている中、【悪霊】はさらに攻撃を加速させた。


 右、左、頭上の三連。


 そこから来る触手たちは絶妙に隙間を埋めるよう振るわれており、回避不可能。


 だから俺は体内で激しく魔力を燃え上がらせた。


 ──第三種攻性術式【属性強化・白炎】


 剣に、純白の炎が灯った。


 音もなく、熱もなく、ただ〝燃える〟という現象そのものとなって現れた白き炎。


 そうして白く燃え上がった杖剣を俺は円にして振るう。


 ──KYAAAAAAAAAA‼‼⁉


【悪霊】の絶叫。


 同時に切断された触手が端から白い炎に燃やされ、炭化して消え去り、再生もしない。


 第三種攻性術式【属性強化・白炎】は、対【悪霊】特攻術式だ。


 霊的生命体を燃やす、というただそれだけの目的に従って作用する術式により、本来なら物理的な攻撃に対する高い耐性を持つはずの【悪霊】と言えど、この【白炎】を前にしてはひとたまりもなく負傷を受ける。


 ただし欠点としてすさまじく魔力消費量が多い。


 魔導師としては規格外と言えるほどの魔力量を持つ俺と言えど、この術式を維持することができる時間は、わずか三分だ。


 そして、それだけあれば俺には十分である。



 一分後【悪霊】は白き炎によって荼毘へとふされた。

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異世界転生の異世界猟兵~のんびりだらだらした生活を手に入れるため、邪魔する奴は魔王だろうとぶっ飛ばします~ 結芽之綴喜 @alvans312

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