2章第2話 異世界猟兵と幽霊
話だけでもなんなので、俺達はさっそくその物件とやらの内覧をさせてもらうことに。
「こちらが、件の物件となります」
不動産屋からしばし歩いたところ、ちょうど冒険者ギルドの近くにその物件はあった。
見た目はそれなりに上等なお屋敷だ。
そこそこ広い庭に、相応の面積を誇る建物。
元の世界における故郷であった帝都でもよく見た上流階級向けのお屋敷である。
「……これが、280万か。普通なら、その値段で買える物件ではないな」
「ええ。ハウル殿の言う通り、この屋敷はもともとさる貴族の方が住んでいた物件となります」
そこまで告げて、しかし不動産屋の店主は一度言葉を切ると、神妙な表情でこちらを見やり、
「ですが、ある日を境にこの家の主人に次々と不幸が起きまして。さる高名な牧師殿が鑑定した結果、ここにはなにやら主人に恨みを抱いた霊がいるとか──」
店主がそう告げると同時に、俺達の背後で、ぴゃっ、という悲鳴が響いた。
驚き振り向くと、そこには顔を青ざめさせたディアが。
「ゆ、ゆゆ幽霊っ!」
「……? なんだ、ディア。幽霊が怖いのか?」
俺の問いかけに果たしてディアは、顔を青ざめさせながらプルプルと首を横に振る。
「あ、当たり前でしょう! だって、幽霊ですよ‼」
「ん? まあ、そうだな。幽霊だな」
軽い調子でそう告げると、しかしディアとハウルは奇妙なものを見る目でこちらを見てくるので、俺は一度怪訝な表情を浮かべたが、しかしそれは横に置いておき、代わりに店主の方へと振り向き、
「さて、不動産屋の店主殿。物件の内覧をしてもよろしいかな?」
「……ええ。構いませんよ」
神妙な表情でそう告げる店主に促されるまま物件の中に入る。
物件はなるほど、見た目通り広い間取りだ。
しかし中はやや老朽化が進んでおり、一部の床も腐っているのか、踏むだけでギシギシと音が鳴って、いまにも崩れそうであった。
「な、なかなかに不気味ですねっ」
「そうだな。店主、この屋敷は、ずいぶんと設備が老朽化しているように見えるが、補修とかはどうなっているんだ?」
「……それが、謂れが謂れですので、大工なども仕事を受けてくださらず。結果としてこのように老朽化した部分が放っておかれている状況となっています」
「ほう? 謂れ、とは?」
俺の問いかけに、しかし店主は奇妙なものを見るような目を返してきた。
「あの、話し聞いてました? ですから出るんですよ、ここには幽霊が」
また響く、ぴゃっ、というディアの悲鳴。
同時に俺の服の裾をディアが握りしめてくるのを感じながら、しかし俺は理解がしづらいという風に店主を見やって、
「それはわかっている。でも幽霊が出るからってぐらいの話で、大工は仕事を受けないのか?」
「そ、そりゃあ確かに幽霊なんて眉唾な存在ではありますがね。ですが、怖いものは怖い。幽霊のせいで王都の大工は誰一人として屋敷の補修をうけてくれませんよ」
「ふうん? よくわからないが、それだったら俺がこの屋敷にいろいろと手を加えても問題ないんだよな?」
いいながら俺は適当な部屋の扉を開けてみた。
中はずっと放っておかれたからか、ホコリまみれで湿っぽく、また部屋の奥になにやら血の跡を連想させるような真っ赤なシミが。
「ぴゃあああああ⁉ な、なんですか、あれ⁉」
そのシミを見て、叫び声をあげたディアに、しかし俺はジロリとそのシミを見やり、それに魔力の類を感じないことを確認した上で、肩をすくめる。
「あれは単なるシミだよ。老朽化しているから水漏れか何かで壁が変色したんじゃないか」
「う、うむ。しかしずいぶんと不気味なシミだぞ?」
ハウルまで額に冷や汗を浮かべてそう告げるので、俺は思わず苦笑を浮かべてしまう。
「大袈裟だな、二人とも。うん、でも部屋の感じはちょうどいいな」
「ええ。設備はいささか老朽化していますが、お客様のご要望には十分応えられるかと。改造につきましても……お客様負担になりますが、敷地内ではご自由にしてくださってもかまいません。というよりもお客様自身でなんとかしてくださらないと生活できないでしょう」
「それもそうか。ハウル」
「……む。なんだ、ミコト」
「いや、ちょっと確認。ここを契約してもいいと思うか?」
「ふむ。まあ、物件はミコトの要望にも合うだろう。改造もしていいというのならば、値段を考えてもお手ごろだ。しかしだな、ミコト……」
「ん? なんだ、ハウル」
こちらを何とも言えない表情で見やってくるハウルに俺の方も怪訝な表情で振り向くと、ハウルは大変言いにくそうにこちらを見てきて、
「ミコト。ここには幽霊が出るんだぞ?」
「みたいだな」
だからどうした? と俺が視線を向けると、ハウルどころか他二人もますます意味が分からないという表情をしてくるので俺の方がそんな表情を浮かべたくなった。
「おいおい、どうしたんだよ、ハウルもディアも。たかだか幽霊だぞ?」
「え、ええ。ですので、幽霊、なんですよ、ミコト?」
「そうだぞ、まさかとは思うが、ミコト。君は幽霊が存在しないとでも思っているのか?」
二人からの矢継ぎ早の質問にしかし俺は首をかしげて、
「いや、別に。いるかいないかでいえばいるだろ、ここ」
ちらり、と周囲を見渡す。
魔導師としての俺の〝眼〟は、確かにこの場所でよどんだ魔力の流れを知覚していた。
おそらくは、いるんだろうなあ、となんと無しに思いながら呟いたその言葉に、しかし最も強く反応したのはディアだった。
「い、いる、ってなにがでしょうか……⁉」
「ん? だから、幽霊」
言いながら俺はとりあえず少しだけ魔力を熾すと、適当な方角に向かって魔力を固めたものを照射してみる。
──KYYIIIIIIIIYYAYAAAAAAAAAAAAAA‼‼‼
すると、その先に集っていた魔力の集合物に激突して、同時に人の叫び声じみた音が鳴り響くに及んで、俺を除く三人はそれに負けず劣らず大声で悲鳴を上げた。
「な、ななななななななな──⁉」
「お、おい! ミコト、いまのはなんだ⁉」
「わ、わわわ私はこれで失礼させていただきます! 物件契約の書類作成がありますので⁉」
「あ、ちょっと待ってくれ店主」
俺が慌てて呼び止めると、ギクリとした動作で不動産屋の店主は立ち止まり、
「な、なんでしょうか……?」
「ちょっとこの中を荒らすことになるかもしれないけど、構わないか?」
俺の言葉に果たして店主はコクコクと頷き返してきて、
「え、ええ。構いませんとも、その代わり何が起こっても我が社では責任は負えませんからね!」
「ああ、それでいい。じゃあ好きにやらせてもらうから」
俺の言葉が終わるのを待たずしてすさまじい速さで走り去っていく店主。
たいして残された形となったハウルは顔を引きつらせ、ディアに至っては、ほとんど失神寸前の表情で呆然としており、俺はそんな二人の反応に思わず苦笑してしまう。
「だから、大袈裟だって二人とも」
「い、いや、だがな、ミコト……⁉」
「だめだめだめだめだめだめ」
ハウルはその巨体に見合わず顔を青ざめさせ、ディアに至ってはもうなんかよくわからない単語をずっと繰り返し呟いていた。
そんな二人にやれやれ、と俺は肩をすくめながら一度顔を上げると、さて、と呟き
「やるか」
「……やる、とはなにをだ、ミコト」
恐る恐るという体でこちらへと話しかけてきたハウルに、俺はにやっと笑ってこう告げる。
「幽霊退治を、だよ」
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試験的にではありますが、異世界猟兵〈ブラッシュアップ版〉の投稿も始めました。
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一応は旧版の連載も続けるつもりですが、もし〈ブラッシュアップ版〉の感触がよかったら、旧版であるこちらを削除して、そちらに注力いたしたいと思います。
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