2章第1話 異世界猟兵、家を買う

 異世界で家を買おう。


 そう決めて俺が向かったのは、王都でも評判の不動産屋だった。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 手ぐすね引いて、俺を出迎えたその店主に俺もにこりと笑いながら答える。


「家が欲しい。できれば、いろいろと手を加えても問題ない場所が」


 はたして、そんなことを言ってしまったのが悪かったのか。


 この後、俺はとんでもないことに巻き込まれることとなるのだった──



     ☆



 少しだけ、時間を戻そう。


「──しかし、ミコト。家を探すと言ってもどうするつもりなんですか」


「……いや、ほんとどうしよう?」


 そんな風に隣から声をかけてくるディアに、俺は困り顔でそう答えた。


 あのグラムとの一戦から数日たった今日。


 アイウィック氏からのお叱りを受け、そしてなんだかんだと一級冒険者に昇進した俺──ミコト・ディゼルは、一級冒険者特典である王都の市民権を得たこともあって、さっそくとばかりに俺自身がゆっくりできる家を買うため街へと繰り出した。


 なお、俺以外に同行者としてディアともう一人──獣人の剣士であるハウルも付き添っており、そんなハウルも腕を組みながら俺を見やる。


「そもそもミコトはどのような家が欲しいのだ?」


「そりゃあ、まず広い家がいいな。それといろいろ手を加えられるのなら、なおいい。俺としてものんびりだらだら過ごすためには環境を整えないといけないからな」


 特に食事事情は急務だ。


 現状この世界では家畜肉を食肉としており、俺はその生臭さに耐えられない。


 元の世界では培養肉が当たり前で、人工ゆえに生臭さが一切ない肉へと慣れ親しんだ俺からすれば、この世界の人間はほとんど珍味を好んで食べているようなものだ。


 幸いにして培養肉を創るための術式は俺の加護機に収めてあるから、それをうまく利用すれば魔道具を作ることも不可能ではないだろう。


 あとはまあ、住環境を整えたりだとか、いろいろやることもあるし、そういう意味でも俺自身が日曜大工で作り変えられるような家がいい。


「……だとすると、500万コールは必要になりますね」


 ディアがポツリとそう呟き返すので、俺はなるほど、と頷いて、


「それぐらいだったら大丈夫だな。冒険者ギルドの銀行口座に、そのぐらいの金額が入っていたはずだし」


「……なぜそんなに稼いでいるんですか?」


 顔を引きつらせてそう問いかけてくるディアに、俺はしかし呆れた表情を彼女に向けた。


「んなの決まってんだろ。先日の〝黒き森〟の件やこの前のグラムのこととかもあって、それで大金が転がり込んできたんだよ」


「そうだな、俺の口座にも多くの金が入っていた。というかディアもそうじゃないのか?」


「……まあ、そうなんですけどね」


 お金のことになると目の色を変える彼女にしては珍しく嘆息を漏らすので、どうしたんだ? と俺はディアを見やる。


「珍しいな、ディア。守銭奴のお前が、お金の話でそんな顔をするなんて」


「守銭奴とは言わないでくださいッ! たしかに私はお金に執着していますが、そこまでお金好きというわけでもありません。ただ、前回のようなことがあったので、また同じようなことがあるのではないか、と危惧していただけなんです」


「ああ、なるほど。確かに二度あることは三度あるというからな」


「ちょっと待てや。どうして俺が二度なにかをやらかしたことになってんだよ⁉」


 たまらずそう俺が抗議すると、しかし返ってきたのは二人からの冷たい眼差しで。


「一度目は王都南の森における雷騒ぎ」


「二度目は、まさにグラムの件だな」


「そして、その件に関してグラムがどうしてああなったのかはまったく解決していません」


 つまり、と声をそろえてディアとハウルが言う。


「「またミコトがないかに巻き込まれるに違いない(ありません)」」


「断言っ⁉ 断言されただと……⁉」


 さすがにそんなことはないと願いたい。


 ……ない、よな?


 ちょっと自信がないのがあれだが、まあそうなっても相手をぶっ飛ばせばいい。


 こちとら、これからのんびりだらだらとした生活を送るつもりなのだ。


 そのためには邪魔する奴はどんな奴だろうとぶっ飛ばす。


 そう決めているので俺は意気揚々と不動産屋に向かって歩き出した。


「……いま、絶対ミコトが物騒なこと考えましたよね?」


「……そうだな。できれば、次も無事に済むといいんだが……」


 ちょっとそこの二人、聞こえているからな⁉


 そんな風に俺達はやり取りしつつ、不動産屋の前に立つ。


 ここはハウルの紹介だ。


 なんでも冒険者相手でも、その種族がどんな奴でも丁寧な仕事をしてくれると評判の不動産屋らしく、ハウルもそれで賃貸を借りているとか。


「んじゃ、入るか」


「はい、入りましょう」


 カランコロンと扉につけられた鐘を鳴りしつつ入る俺達一向。


 すると、すぐさま店員が駆け付けてきた。


「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 言いながら手ぐすね引くのは、やや小太り気味な恰幅のいい紳士だ。


 その紳士は、しかし俺と続いてハウルを見て、おや、と眉根を上げる。


「これはこれは、ハウル殿ではありませんか」


「久しいな店主。今日はちょっと客の紹介としてきた」


 言いながら視線で俺を見るハウルに、つられて男性──どうやらこの店の店主らしい彼が、俺を見ると、ほう? と顎をさすり、


「こちらの方がお客様で? 失礼、ずいぶんとお若いですが……」


「一応一級冒険者だ。名はミコト・ディゼル」


 言って俺は懐から冒険者タグと呼ばれる認識票を取り出す。


 そこへ確かに印字された一級の文字(ただし俺は読めない)を見せると、それだけで店主は目の色を変え、ふかぶかと頭を下げてきた。


「これはこれは失礼いたしました。確かにそのタグは一級冒険者の証。ならば市民権も得ているのでしょう。どうぞお好きな物件をお選びください」


 そう告げると店主は店の奥にある席を進めてきたので、俺達三人はそこに座りつつ、待つことしばし。そうして店主が持ってきた物件の一覧に目を通す。


「さて、お客様はどのような物件をお探しなのでしょうか?」


「家が欲しい。できれば、いろいろと手を加えても問題ない場所が」


 俺の言葉に、しかし店主は意外だったのか、目を見開いて。


「家のご購入を希望と? それも、手を加えても問題ないという家が……ふうむ。だとするとかなりお値段が張ることになりますが……」


「問題ない。予算だったら、300万コールまで出せる」


 俺の言葉に、しかし怪訝な顔をしたのはディアだ。


「(ちょっとミコト。それでは相場にたいしてあまりにも低すぎませんか?)」


 小声で問いかけてくるディアに、俺は同じく小声で返す。


「(馬鹿野郎。いきなり大金みせたら、そういう系の家ばかり紹介されるだろうが。ここは一度低い金額を見せて、それで紹介される物件からいろいろと探っていくんだよ)」


 相場通りの金額を見せれば、その通りの家を紹介してくれるかもしれないが、逆に言えばその通りの家しか紹介してもらえない。


 この不動産屋が真に信頼できる場所なら、俺のあまりにも過少な金額にたいして、相応の家を紹介するだろう。


 その態度を見ながら、いろいろと吊り上げて行けばいい。


 そんな風に思いながら提案した俺の金額に、案の定店主は難しい表情をして。


「なるほど、300万……だとすると少々訳ありな物件ばかりになりますなあ」


 ほう、ここで訳ありと評するのはなかなか評価が高い。


 相場より低いということを暗に示しつつ、しかしそれでも訳ありというほどに問題のある物件は紹介できる、という風に店主は言ったのだ。


 この手のことは隠しても問題にならないだろうに、正直にそう告げた店主の人柄とこの店の経営方針を垣間見て、俺は内心で満足を得る。


 そのうえで俺は、店主の言葉にあえて乗ることにした。


「訳あり、か。少しでいいから見せてくれるか?」


 頼んだ俺の言葉に、承知しました、と店主は答えて訳ありという物件の一覧を差し出してくるので、俺はディア、ハウルと共にそれを見やって、


「ふ~む……文字が読めん」


 しかし俺がそれを覗き見ても文字が読めないので中に何が書かれているのかわからない。


 ただ、それは俺だって百も承知で、そのために二人を連れてきたのだ。


「そうですね。ほとんどの物件が訳ありというだけあって、いろいろと問題含みです」


「ああ、ミコトの要望にたいして狭かったり、立地が悪かったりする場所ばかりだな」


「条件が比較的いいものも、近所の治安が悪い場所が多いですね。というか、この物件なんてほとんどスラム街と隣接する場所にありますし」


 難しい表情をして、そう告げる二人の言葉通り、あまりよさそうな物件はないようだ。


 ここは金額を吊り上げて、もう一段階ほど上等な物件を見せてもらうか、と俺が思案していると──そこで、あれ? というディアの声が響いた。


「こちらの物件……広さはそこそこありますし、治安もいい場所なのに、すごく安いです」


「本当だな。この立地なら冒険者ギルドにも近いし、人気の物件となるはずだが……」


 怪訝にそう言ってその物件が書かれたチラシを見やる二人に店主が、ああ、と頷いて、


「そこはですね、出るんですよ」


 ポツリ、と呟いた店主の言葉に、ディアとハウル、そして俺が怪訝な表情を浮かべる。


「出るって、なにが?」


 俺の問いかけに、はたして店主はこう告げた。


「──幽霊が、です」

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