四つ身の花婿
増田朋美
四つ身の花婿
今日も梅雨らしく、雨が降って、やっぱり梅雨だなと思われる日であった。どこか、東北の方で、大地震があったらしく、テレビは、そればかり騒いでいて、面白い番組はすべて中止になってしまっていた。それでは、また、政治団体が騒ぐのかなと、杉ちゃんたちは、嫌な顔をするのだった。
「あ、もう二時ですか。今日はお客さんが来るんでしたね。なんでも大事な人を連れてくるって言うことですから、ちょっと部屋をきれいにしておかなくちゃな。」
ジョチさんは、急いで応接室にモップをかけ始めた。
「あれ。誰か来るの?」
と、杉ちゃんが聞くと、
「ええ。かつて短期間だけここを利用していた、木下真苗さんという女性です。」
と、ジョチさんは答えた。
「木下真苗、、、。どんな人物だったっけ?」
杉ちゃんがすぐに聞いた。確かに、製鉄所には色んな人が来る。いろんな過去を持って、重大な過去を持っている人も入れば、そうではない人もいる。中には、自分ではとても解決できないのではないかと思われる過去を持っている人も少なくなく、そんな女性であれば、必ずなにか印象に残していく。でも、その中でも、あまり印象に残らず、忘れられてしまう人もいる。その中でも、木下真苗は後者の方だった。
「ええ、あまり印象に残っていない女性ですが、時々、僕のところに手紙を残してくれるので、なんとなく顔は覚えています。彼女は、最近、保育士の資格をとったそうですが、保育園という施設内容が、性に合わなくて、何でも今は、障害児施設にいるとか。そのほうがずっと働きがいがあるって、手紙には書いてありました。」
ジョチさんは、モップをかけながら、そういうことを言った。
「はあ、保育士か。看護師と同様、女の職場だから、感情でぶつけ合うこともあるんだろうね。それで、病気にもなるやつもいるよなあ。」
杉ちゃんがそう言うと、
「こんにちは。木下です。二時半に伺うということで、ちょっと早く来てしまいましたが、上がらせてください。」
と、若い女性の声が聞こえてきた。
「ああ、もう来たんですか。どうぞ、お上がりください。」
と、ジョチさんがそう言うと、
「お邪魔します。」
と、若い男女の声が聞こえてきた。男性のほうが、ちょっと、発音が不明瞭なところもあるので、もしかしたら、外国人なのかなと思われた。
「どうぞ、応接室へお入りください。」
ジョチさんがそう言うと、二人は、急いで応接室に入ってきた。やってきたのは、製鉄所を利用していた木下真苗さんであるけれど、ちょっと、園となりにいる人物は、とても背が小さくて、なんだか五歳くらいの少年と言う感じがする。肌の色は浅黒くて、日本人では無いなと思われるのだが、ちょっと、大人にしては背が小さすぎた。それを見て杉ちゃんが、
「あの、木下さん、誰か孤児院から子供を引き取って里親でも始めたのか?」
と、聞いてしまうほどである。
「いいえ、違います。私の主人のナンです。」
木下さんは、そう言って、彼を紹介した。
「主人って、こいつは五歳の男の子でしょ?身長が、四尺くらいしか無いじゃない。」
杉ちゃんがそう言うと、
「いいえ。主人ですよ。そうよね、ナン。今いくつだったっけ?」
木下さんがそう話すと、ナンと言われた人物は、
「はい。33歳です。」
と、にこやかに笑っていった。
「私が、30歳になったばかりなので、ナンのほうが、3つ歳上なんです。でも、彼はさんづけで呼ばれるのが嫌いのなので、呼び捨てで呼んでいます。」
真苗さんもそういうのであった。とりあえず二人には応接室に座ってもらい、ジョチさんはお茶を出した。ナンが持った湯呑が、ものすごく大きなものに見える。
「それにしても、随分小さいやつと結婚したもんだな。まるでドワーフじゃないか。最もひげなんか生えていないけどさ。」
杉ちゃんが驚いてそう言うと、
「いいえ、身長が五尺に満たない部族は結構います。フィリピンのネグリトを始め、オンガン族や、ジャラワ族などいます。アフリカのルワンダやタンザニアなどにもピグミーと呼ばれる小さな人がおりますよ。あなたもその出身なんですか?まあ、日本もインターナショナルになりましたから、アフリカから、小さな方が来訪するのも、不思議ではありませんよね。」
と、ジョチさんが言った。
「最も、ピグミーという言い方は差別用語に当たりますね。そうではなく、アカやバカ、トゥワなどの部族名がありますよね。まあ、あまり部族名は、名乗りたくありませんよね。トゥワだからといって、大変ひどいことにあった部族もありますよね。」
「そうなんです。コンゴから来ました。」
ナンは、ちょっと照れくさそうに言った。
「はああ、なるほど。そうなると、ドワーフはお話の世界にしかいないと思ったけど、近いやつは結構いるんだね。それで、今日はどうしたの?なにか用があったの?」
杉ちゃんがそう言うと、
「あの、こういう相談は、着物にくわしい方じゃないとできないと思うんですが。」
と、木下真苗さんは話を始めた。
「私達、結婚はして、身長差のある、夫婦として話題になりましたが、でも、式をちゃんとあげてないものですから、その時の、衣装といいますかなんといいますか。ナンが、せっかく日本に来たんだから、ここの衣装を着たいと言うんですけど、小さいサイズの着物を見つけられなくて。」
「それで、杉ちゃんという方が、着物を縫えると聞いたものですから、ぜひ、作っていただきたいんです。」
真苗さんがそう言うと、ナンも話を続けた。
「ああ、そういうことか。確かに、そのくらいの身長なら、33歳といくら名乗っても、わかってもらえないことも多いでしょうしね。子供服では、33歳のお前さんには、似合わないだろう。それなら、四つ身のサイズで仕立てたほうがいいかな。」
杉ちゃんは、ナンの全身を見て、そういうことを言った。
「四つ身ってなんですか?」
真苗さんが聞くと、
「四つ身は、五歳から、15歳位までの子供が着る、着物のサイズだ。身長は、三尺から、五尺くらいまでのやつが着る。今だったら、七五三から13参りまで着るかな。それ以上にでかくなったら、大人サイズで本裁って言うサイズになるんだけどね。本裁で仕立てるには大きすぎるから、それなら四つ身で仕立てよう。」
と、杉ちゃんは言った。
「じゃあ仕立ててくれるんですか?」
と、真苗さんは嬉しそうに言うと、
「いいよ。それでは、仕立てるためには布がいる。それでは、四つ身用の反物を持ってきてくれ。多分、オークションとか、メルカリですぐ手に入ると思う。」
杉ちゃんが、すぐに言った。
「わかりました。今すぐにここで注文しちゃいます。えーと、四つ身用の反物と検索すればいいんですね?」
真苗さんは、急いでタブレットを取り出して、フリマサイトを調べ始めた。杉ちゃんがそうそうできれば、礼装用の、羽二重ってやつねと口をはさむ。その間にジョチさんは、四尺の身長しか無い花婿にこう話しかけてみた。
「コンゴからお見えになったと言いますが、日本に永住するつもりですか?」
「ええ。そうです。木下さん、ああ、真苗さんがとても優しいので、こちらのほうが、いやすいです。あちらに帰っても、どうせ、いじめられるだけです。だったら、こっちにいたほうが、ずっと楽です。」
そう答える、ナンは、ちゃんと自分のことを考えているような感じだった。
「ご両親とか、いらっしゃらないんですか?」
「ええ、みんななくなってしまいました。よくコンゴでは、暴動が起きるので、すぐ巻き込まれて。」
ということは、日常的に、暴動があるのだということがすぐわかった。まだまだ、安定した国家ではないということだろう。
「日本語、お上手ですね。覚えるのもかなり苦労したでしょう。」
ジョチさんがそう言うと、
「ええまあ確かに、難しいなと思いましたが、コンゴに帰るよりずっと楽です。」
と、彼は答えた。
「日本では何をされているんですか?」
ジョチさんはまた聞くと、
「ええ、うなぎの養殖を手伝っています。時々、子供さんたちにお話の読み聞かせもしています。真苗さんが、子供の世話をするお仕事をされているので、それを手伝ったりすることもあります。」
と、ナンは答えた。
「でも、日本人の子供さんは、みんな体が大きいですね。すぐに僕の背丈を超えちゃいますね。それだけは、どうしても変えられないことかな。」
「まあ確かにそうですね。それは仕方ありません。それにしても、日本式の結婚式をあげたいなんて、よく思いましたね。最近では、日本式の結婚式は不人気と言われていますが、外国の方には意外に人気があるみたいですね。でも、そうなると、あなたのような民族性を理解してくれる結婚式場を探さなければなりませんね。」
それと同時に、応接室のドアが三度なった。
「はいはいどうぞ。」
とジョチさんが言うと、
「あの理事長さんお電話です。」
と、受話器を持って、マネさんこと、白石萌子さんが入ってきた。ジョチさんは、ありがとうございますと言って、それを受け取った。マネさんは、身長が4尺しか無いナンを見て、
「あら、子供さんがいらしたんですか?」
と、聞いてしまった。
「いいえ、僕は、33歳ですよ。時々、そう言われてしまうんですけど、もう立派な中年のおじさんです。」
ナンがそう答えるのを見て、マネさんは驚いてしまう。
「そうなんですか。それはごめんなさい。私が、何も知らなかった。確かに侏儒症とか、そういう症状もありますものね。」
「まあ、そうなんだけど、ドワーフによくにた部族が、コンゴというところにいるらしいよ。今日は日本人とドワーフの異類婚姻譚ということになるらしい。」
杉ちゃんが口を挟んだ。
「そうなんですか!それはおめでとうございます。いいなあ、結婚できるなんて。私はとうの昔に諦めちゃったわ。」
マネさんはそう羨ましそうに言った。
「そうですか。もし、どうしても結婚したいんだったら、ナンみたいなワケアリの人でもいいと思って見ると、素敵な人に出会えるかもしれませんよ。」
真苗さんが、マネさんに言った。
「そうなんですね。それも私、考えようと思います。今日はどうしてこちらに?」
「ああ、何でも、結婚式の衣装を作ってほしいんだって。それで、身長が四尺しか無いから、子供用の四つ身で大丈夫だなと言ってたところ。今、フリマサイトで、反物を注文したよ。」
と、杉ちゃんは言った。
「そうなんですか。イイなあ、結婚かあ。私も、してみたいけど、まだ無理かなあ。まずはじめに相手になれそうな人がいないし。」
マネさんがそういうと、ジョチさんが電話を切って、
「ちょっと僕は、養護施設に行ってきます。なんでも、久保夢路くんという少年が、問題ばかり起こして大変だそうですから。」
と、出かける支度を始めてしまった。
「何だ、夢路くんは、施設に入ったの?誰かに、引き取ってもらうとか、そういう事しないのか?」
杉ちゃんが、急いでそうきくと、
「ええ。なんでも、職員さんの言うことを聞かないで困っているそうです。」
ジョチさんは、そういった。
「夢路くんってあのときの虐待事件の被害者ですよね。あたしたちのところは、障害の有る子ばっかりだから、夢路くんのような子は、預かれないんだけど、なんだか体に障害のある子よりも、もっとひどいことされたような気がするわ。」
それを聞いていた、真苗さんが口を挟んだ。
「できることなら、誰か、そばにいてやれるような存在がいてくれたらいいんですけどね。施設となると、そうは行かないんでしょう。逆に集団で暮らしているから、愛情を求めるのも難しいのでは無いでしょうか。傷ついた子供さんというのは、一生懸命そばについていてくれる存在があって、回復するものですけれども。日本の施設は、それはできませんね。」
「あの、理事長さん。こういうことはできませんか?」
不意に、マネさんが、なにかいい出した。
「誰でもいいですから、一人か二人定期的に、夢路くんのそばにいて上げる時間を作って上げるんです。そうすれば、決まった時間内だけですけど、彼は、その時間だけでも、他人と話すきっかけが作れるでしょ。」
「つまり、訪問ということか。」
杉ちゃんが、マネさんの言葉を要約する様に言った。
「まあ、だけどねえ、なかなか特定の子供一人に、ついていてあげることは、ああいう施設では難しいんじゃないの?それに、一人の子供のために、時間を割いてあげられるような、そういう人材を確保するのも難しいでしょう。」
杉ちゃんに言われて、マネさんは、でも、夢路くんという可哀想な子供のために、なにかしてあげたいと思った。あのときの虐待事件は、センセーショナルに報道されたから、マネさんも知っている。それによると、夢路くんのお母さんは、夢路くんが道路でころんだだけでも、彼に暴力を振るったという。それでは、大人を信じることなどできないに違いない。それをしないで、大人はもっと優しい存在だということを、示してあげる存在が今必要と言うことだと思うのだ。
「なら、私が夢路くんのところに行きますよ。あたしだって、一時期大人なんて信じてあげないっておもった時期はありましたもの。それで私は、心の病気と診断されたこともあるから。だったら私が行きます。」
マネさんがそう言うと、ジョチさんは、じゃあ来てくださいといった。夢路くんのそばに付いていられる存在は、必ず必要になるからと言うことだった。
「僕も行きます。」
不意に、ナンが言った。
「やっぱり、男性がついていったほうがいいと思います。」
「一緒にいらしてください。」
ジョチさんは、ナンも、訪問者の一人に加えた。三人は、小薗さんの運転する車に乗って、養護施設へ向かう。到着すると、施設の施設長がやってきて、また夢路くんが、周りの子に乱暴をするとか、施設の職員の言うことを聞かないとか、そのような愚痴を言い始めた。それが出るとなると、夢路くんは、大変な問題を抱えていることになる。まあ確かに、あのくらいひどいことをされていれば致し方ないと、マネさんも思った。ナンも、この事件のことは報道で知っているといった。なんでも、テレビを通して知ってしまえるのが今の世の中でもあった。ジョチさんと施設長が、夢路くんの処置について、話し合っている間、マネさんとナンは、夢路くんと話していてくれと頼まれた。二人は、そのとおりに、遊戯室へ行った。夢路くんは、遊戯室で一人で遊んでいた。
「こんにちは。私、白石萌子です。マネと呼んでください。」
マネさんがそう言っても、夢路くんは、そちらを向かなかった。もう大人なんて信じてやるもんかと思っているのだろうか?もう一度、マネさんが声をかけても返事をしないのだった。しかし、彼と同じくらいの身長がある、ナンが、夢路くんおじさんと遊ぼうかと声をかけると、親近感があると思ったのだろうか、ナンの手を引っ張って、一緒に遊ぼうといった。こういうときに、身長が低いというのは、役に立つものだ。ナンと夢路くんが、お手玉をして遊んでいるのを眺めながら、こういう特殊な事情を持った大人というものが、以下に役に立つか。マネさんはそれを知ったような気がした。
「それでさあ、お前さんの馴れ初めってのは何なの?」
一方製鉄所では、杉ちゃんが、真苗さんにそんな事を聞いていた。
「お前さん、自分では一生結婚は無理だって、言ってたくせに、なんであの、ドワーフと一緒になろうと思った?」
「ええ、知り合ったのは、スーパーマーケットで知り合ったのよ。」
と、真苗さんが言った。
「スーパーマーケットで、自分は、高いところにある商品に手が届かないから、ちょっととってくれませんかって、彼が声をかけてきたのよ。」
「はあ、それで、結婚にいたろうと思ったのか。」
「ええ、彼のほうが、ものすごく丁寧で、お礼をしたいので連絡先を教えてくれって言うもんだから、私、渋々住所を教えたのね。それで、何も無いかなと思ったんだけど、一週間したら、可愛い婦人服が送られてきて。あたし、びっくりしちゃった。日本人男性は、絶対そういう事しないじゃない。」
確かに、真苗さんは、ひどい男性不信でもあった。いや、人間不信といったほうがいいのかもしれない。彼女は、小学校あたりでいじめにあっており、人に裏切られたこともあると聞いている。そんな彼女のことだから、ナンからお礼をもらったときの驚きというのは、大いに驚いただろう。
「それで私、この人は、普通の人間とちょっと違うなと思ったの。それで、お付き合いを始めたんだけど、すごく丁寧に、私の話も聞いてくれたし、自分が出身国で暴動にあったことも話してくれて、この人なら、結婚してもいいなって思ったのよ。指輪も何ももらってないけど、そういう人だったら、私、一緒に暮らしてもいいなって。」
「はあ、それで、結婚式をやろうと思ったのは誰なの?」
杉ちゃんに言われて、真苗さんは恥ずかしそうな顔をした。
「実は私なのよ。私が、こうして、こちらに来られるようになったのも、あの人のおかげだしね。私、本当に人が怖いと思っていたから。それなのにあの人、一生懸命私を外へ出そうとしてくれた。いろんなところに連れてってくれたり、食べさせてくれたりしてくれたわ。だから、今度は私の番だと思って。私が、あの人に、感謝の意を込めて、結婚式をあげようって思ったのよ。」
「そうなのか。それなら恥ずかしがる必要もないぜ。お前さんたちは、第一歩を踏み出したんだ。それなら、堂々と式を上げればいいさ。僕も頑張って、四つ身の、男性用の長着と袴を仕立てるよ。」
杉ちゃんがそう言うと真苗さんは、この上なく嬉しそうな顔をした。そして、
「杉ちゃんありがとう、ぜひ、お願いしますね。あたしたちの門出の衣装を、しっかり仕立ててね。」
と言った。
四つ身の花婿 増田朋美 @masubuchi4996
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