ある日の金曜日
すでに夏休みに入ったある日のことだった。
僕はいつものように小銭を持って家を出て、自転車を漕ぎ、大きな坂を登って駄菓子屋へとたどり着いた。
「いらっしゃい」
山田さんもいつものように声をかけてくれる。
だが、僕を出迎えたのはいつもの山田さんではなかった。
山田さんはいつも薄い無地のシャツを着ているのだが、その日は花柄のワンピースを着ていた。
髪型や雰囲気も、何だか普段とは違うように見えた。
「今日もバニラアイスかな?」
「はい」
「じゃあ三十円ね」
そう言って差し出された何度も見たはずの山田さんの手は、全く知らない人のもののように思えた。
僕の返事もどこかぎこちなくなってしまう。
「そこのケースから取っていってね」
山田さんは少し上機嫌だ。
僕はバニラアイスを取り出し、ベンチに座って食べ始める。
けれど、なぜか心が落ち着かなかった。
このまま、山田さんがいなくなってしまうような気がしたからだ。
蝉も扇風機も風鈴も、全部丸ごと駄菓子屋の中に残して――。
そんなことを思いながら、僕はやたらと甘いバニラアイスをほお張り続けた。
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