アイスを食べに

 その駄菓子屋さんは、大きな坂の上にある木造のお店だった。


★★★


「じゃあ、また明日!」


 中学校から友達と一緒に下校した後、僕は自分の部屋に直行する。

 制服を脱ぎ捨て、お小遣いの入った財布から小銭を取り出す。


「いってきます!」


 そう言い残して家を出て、はやる気持ちを抑えながら自転車にまたがる。

 家の前の道路をまっすぐ進み、大きな坂を登り切る。

 そして少し大きな木造の駄菓子屋の前で自転車をとめる。


 それがその年の夏のルーティンワークだった。


「いらっしゃい」


 金曜日のこの時間は、きまって山田さんというお姉さんが店番をしていた。


「こ……こんにちは」


 山田さんの前だと何だか緊張して、僕はうまく話せなくなってしまう。

 胸の奥がジリジリするような感覚が気持ち悪くて、あるとき父に相談してみたら笑いながらこう教えてくれた。


「ハハハ、それはシシュンキというやつだな」

?」

「そうだ、誰にでもそういう時期があるんだよ」

「そうなんだ」

「ま、大人に近づいてる証拠だな」


 大人に近づいてる証拠、という父の言葉が嬉しくて、山田さんのいる金曜日に駄菓子屋へ行くことが僕の習慣となった。


「今日もバニラアイス?」

「はい」

「じゃあ三十円ね」


 そう言って山田さんが差し出した手のひらに、僕は十円玉をぴったり三枚乗せる。

 この瞬間も何だかドキドキしてしまう。


「ちょうどだね、ありがとう。そこのケースに入ってるから取っていってね」

「……ありがとうございます」


 僕の心は山田さんと話したいのに、僕の足はそそくさとアイスのケースへ向かってしまう。

 そうしていつも、とてもじれったい気持ちになった。


「いつもみたいに、そこのベンチで食べていっていいからね」


 僕はいつも店内のベンチでアイスを食べることにしている。

 一度家に持ち帰ったこともあるが、案の定アイスがドロドロに溶けてしまったのでその場で食べることにしたのだ。


 山田さんの言葉に甘えて僕がアイスを食べ始めると、駄菓子屋の店内には静寂が訪れる。

 正確には蝉の声と扇風機の音と、時々チリン……と鳴る風鈴の音だけが残るのだ。


 そんな静寂のなか、僕はアイスをほお張り、山田さんは退屈そうに団扇うちわで顔を扇いでいた。

 僕はこの時間が好きだった。


「また来てね」


 アイスを食べ終えて山田さんに一礼した後、僕は自転車に乗って家路につく。

 行きの道の自分よりも少しだけ大人に近づいたような気がして、帰り道はいつも得意げな気持ちで自転車を漕いでいた。

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