夜釣り

赤城ハル

第1話

 昨今、キャンプブームのせいか板垣と西野から2泊3日のキャンプに誘われた。

 私個人は特にキャンプには興味はなかったが、「お前はついてくるだけでいい。車も道具もこっちで用意する。だからな?」としつこく誘われたのだ。

 まあその頃、私はインカレのサークルでゴタゴタがあってサークルから身を引き、後の者に引き継ぎを終えたところで、暇ではあった。

「わかったよ。行くよ」

「おう。用意はこっちに任せな」

 と言っても本当に何もしないのは悪いと思ったのでバーベキュー用の肉は用意した。


 そして当日。

「あれ? 山じゃないの?」

 着いたのは海だった。真っ青な海、白い砂浜、ねっとりとした潮の香り。

「ああ、海だよ」

 西野は当たり前のように言う。

「海でキャンプって珍しくない?」

「そうか? 普通だろ」

 私の中ではキャンプと言えば山だった。

「水着どないしよ」

 山と思ってたから用意していなかった。

「どっか店に売ってるだろ」


  ◯


 1日目は少し泳いでバーベキュー。私が用意した肉は好評だったようで良かった。

 2日目の今日は少し泳いだのちに地元の観光巡り。夕食は居酒屋で地元の海鮮料理。

 キャンプはトラブルもなく普通に終わろうとしていた。

 明日の昼に出発と言っていた。今日は疲れたからぐっすり寝ていたところを西野に釣りに行くぞと言われて起こされた。

「夜だぞ? 時刻は深夜1時」

「釣りに行くと言ってただろ?」

「言ったっけ?」

 記憶を手繰たぐり寄せると……言っていたようだ。

「夜とは聞いてない」

「いいから」

 と西野は俺の腕を引っ張り、無理矢理起こさせる。

「板垣は?」

「先に行ってるよ」

 そして私はふと不思議なことにテント内の荷物が少ないことに気づいた。

「あれ? 荷物は?」

「車に運んどいた」

「なんで?」

「朝に出発だからな。先にやっといた方が良いだろ?」

「ん? そうか?」

 私が寝ている間にやったのか?

 テントを出ると満月と星の光が目に入った。

「すごいな。これってミルキーウェイって言うんだっけ? それに満月か。良い夜空だ」

「ああ。絶好の機会だ」

 機会?

 釣り日和ではなく? いや、釣り日和もおかしいか。

 西野は釣り竿とバケツ、ゴム手袋、長靴、帽子、マスクそして傘を私に手渡す。備え終わると「虫除けに」と西野が俺の手足に虫除けスプレーを噴射する。最近の虫除けスプレーはヒンヤリしているんだな。なんかスースーする。それにミントの香りも。

「この帽子は?」

「なりきりセットだ?」

 いや、答えになってないぞ。

「……そうか。で、この傘は?」

「雨降るかもしれないだろ?」

 私は夜空を見上げる。

 雲は一つもなかった。

「降らないと思うが?」

「念のためにだ」

 山の天気ではないんだからと思いつつも、一応受け取る。

 随分用心深いんだな。

 バケツの中を見ると釣り道具と餌が入っている。

「餌釣りか?」

「ああ。ここは餌釣りさ」

「ここは? 来たことあるのか?」

「いや、初めだ。行くぞ」

 と西野は傘をさして歩き始める。

「何で傘を?」

「念のため。お前も傘をさせよ」

 仕方ないので私は傘をさす。

 持っている竿に傘が当たるので傘をずらさないといけない。

 ……これ傘をさす必要ある?


 満月と星空のおかげで多少は辺りが見えるとしても、ライトがないのはどうだろうか。少し心細い気がする。私はその件を西野に聞くと、「懐中電灯忘れた。あと、光は使うなよ」と言われた。あんなに色々と用意しておいて懐中電灯を忘れるか?

「なあ、どこで釣るんだ?」

「まあ、黙ってついてきな」

 と言われ、私は西野の後に続く。

 西野は初めて来たにしては思えないくらい、迷うことなく進んでいく。

 随分な下準備をしたのだろうか。

 進んでいくとこれまた傘をさした板垣が私達を待っていた。そしてなぜか板垣はスポーツバックを担いでいた。

「じゃあ、行こうか」

 と板垣は先頭を歩き、私達は続く。

 板垣から少し香水の匂いが。

「香水?」

「ああ、魚の匂いがついたら嫌だからな。お前も香水をつけるか?」

「……後でいいや」

「色々あるぞ」

 と板垣はどこか面白そうに言う。

「こっから浅橋だから気をつけろよ」

 前を歩く板垣が私達に注意を言う。

「だったらライト点けたら?」

 懐中電灯を忘れてもスマホのライトがある。

「ライトなんか点けたら魚が逃げるだろ」

「そうか。……あれ? 逃げるのか?」

「逃げる逃げる」

 と西野も同意する。なんか適当じゃない?

 仕方ないので私は足下に注意しながら歩く。

 ライトがないせいか、私達はかなりゆっくり進んでいる。それはまるで足を引きずっているかのように。

 そして板垣が止まり、後続の私達も止まった。

「ここだ」


 釣りは未経験というわけではないが、かなりのご無沙汰。私達は浅橋に座り、釣りの準備をする。

 餌はいくらのような丸い形のものだった。

 それを釣り糸の先に括られた小さい穴の空いたカゴに捻り込む。

 餌が生き餌でなくて良かった。ミミズのようなウネウネした生き物だったら西野か板垣に入れてもらっていただろう。

 もし「生き餌なんて触れないから」と頼んだら馬鹿にされていただろう。

 私は竿をよく握り、餌を入れたカゴをゆっくりと沈める。

「!」

 なんといきなりヒットした。餌の入った小さいカゴを沈めただけなのに。

 竿を上げると魚が針に引っかかっている。

「おっ、いきなりか。獲った魚はバケツにな」

 と西野に言われ、私はバケツに海水を入れて、獲った魚を入れた。

 しかし、この魚はなんて魚だろうか。

 暗くて魚がよくわからない。いや、明るくてもわからないかも。

「この魚は何かわかるか?」

「……なんか稚魚だろ?」

「稚魚?」

 稚魚にしては大きくないか?

 このサイズで稚魚から育ったらどれくらいの大きさになるのか?


 その後、なんともまあ釣れるってもので、餌を入れた小さいカゴを沈めるだけで良いのだからバケツの中はすごいことに。


「馬鹿みたいに釣れるな」

「こっちも釣れるぞ」

 と西野達もたくさん釣っているらしい。


 そしてすぐにバケツ一杯になったので私は休憩することにした。西野と板垣も休憩中。時折、西野は暇つぶしに干し椎茸のようなものを千切っては海へと投げている。

「その干し椎茸みたいなのは?」

「魚の餌」

 板垣の方はというと白い錠剤のようなものを投げていた。

「板垣、それは?」

「魚の栄養剤」


 魚も警戒したのか、はたまた魚群が去ったのか、なかなか釣れなくなった頃。

「遠大の奴等、本当にムカつよな」

 急に板垣が釣りをしながら、そんなことを言ってきた。

 遠大は遠野川大学のことで略して遠大。読みは『とおだい』ではなく『えんだい』。どうしてかと言うと『とおだい』だと東大に間違えられてしまうからだとか。

 でも中にはそれを利用して『えんだい』ではなく『とおだい』と言う輩もいる。

 その遠大とは私達の通う大学と近いのでよく交流をしている。

「あいつら置き引きしているだろ? 最低だよな」

 少し前に遠大の学生がクラブで置き引きをしているというニュースがあった。

「なんか万引き代わりらしいぞ。度胸試しってやつ? 何で犯罪が度胸試しなんだろうな?」

 と西野が呆れたように言う。

「それにあいつらクラブのVIPルームで酔い潰れた女をまわしているらしいな」

「ああ。しかもヤク絡みだろ」と西野がすぐ相槌を打つ。

「最低だよな」

「ヤクって?」

 私が聞くと、

「マジックマッシュルームとMDMAだよ」

「へえ」

「この前までインカレサークルに居たんだろ? 聞いてない?」

「さあ? でも、遠大は良いイメージはないよね」

「なんかあったか?」

 板垣が手を止めて聞く。

「なんかというか。その、インカレサークルの仕事で遠大に行った時かな、道の途中でいきなり車から『うるさくねーわー!』なんて怒鳴どなられた」

「は? 何それ?」

「……うるさくねーわ? お前、うるさいわーではなく?」

「うん。いきなり。意味わかんないよね。うるさいのそっちなのに」

「で?」

「車はそのまま走って行ったから何も」

「うわー。何それ意味不明。うるさいのはそっちだろっつうのに」

「そうそう」

「それ遠大の奴らか?」

「たぶん」


  ◯


「そろそろ帰るか」

 スマホで時間を確認した西野が言いました。

 私もそろそろ飽きてきたので文句はありません。

「魚どうしようか……あ!?」

 バケツを見ると魚が横向きに浮かんでいました。

「うわー。これ全部死んでない?」

「ま、いいじゃん。どうせ捨てるんだし」

 その板垣の言葉に私は驚き、

「捨てるのか?」

「持って帰ってどうするんだ? 食うのか? クーラーボックスないから帰りはずっと腐った魚の臭いぞ」

「なんでクーラーボックス持ってきてないんだよ」

「元から持って帰る予定はなかったからな。キャッチアンドリリースだ」

 と言って板垣はバケツの魚を海へと捨てました。

 しかし、死んだ魚はぷかりと浮きます。橋の近くを漂います。

「お前も死んだ魚は捨てた方が良いぞ。寄生虫って死んだ後、内臓から身の方に移動するって言うしな」

「そうか」

 なんか勿体ない気がするけど私はバケツの魚を全部捨てました。


 なぜか帰りもまた傘をさして帰ることになった。

「傘必要なくね?」

「念のためにだよ」

 ふと私は板垣がついてこないことに気付きました。

「板垣は?」

「残って後片付けだとよ」

「そっか」

 しかし、後片付けとは? 何を片付けるのか?

 ちらりと後ろを見ると板垣がスポーツバッグを開いている。そしてそこから数枚のプリントを取り出した。

「どうした?」

 前を歩いていた西野が振り返って私に聞く。

「いや板垣が何かプリントを取り出したけど」

「あいつにだって捨てたいものはあるさ」

「だからって海に捨てるなよ」

「紙はプラじゃないんだから平気だろ」

 平気? 平気だっけ?

「……でもさ、紙でも海に捨てたら駄目だろ。たぶん」

「大丈夫。捨てないよ。ほら」

 確かに西野の言う通り、板垣はプリントを捨てずに瓶を重し代わりにして橋の上にプリントを置きます。

「行くぞ」

「ああ」


 私と西野は板垣を置いて先にキャンプ場へと戻りました。板垣はというと少ししてから戻ってきました。

「なんか疲れたな」

 と言い、私は横になります。

 横になって私は誰ともなしに言いました。

 釣りってこんなんだっけ?

 比較しようにと釣りの経験が浅いことと、前の釣りが昔ということもあり、わかりません。

「本当。疲れたな」

「ああ。……おやすみ」

 西野と板垣もそう言って横になり、寝始めめした。


  ◯


『今朝、和歌山県にある遠野川大学の生け簀に異変があるとの通報を受け警察が向かったところ、どうやら何者かが昨夜から今朝までの間に養殖場に侵入して、生け簀に何かを放り捨てた模様であることが判明。関係者の話によると生け簀内の魚は大量に死滅しているとのことです』


  ◯


「ねえ、の事件聞いた?」

「聞いた聞いた。全滅でしょ」

「あれね。前にクラブでトラブルあったでしょ。エルピースていうインカレサークルがやらかしたアレ」

「本当に?」

「それでウチに恨みを持っている被害者が犯人だって噂」

「でもウチの大学を恨んでる奴ら山ほどいるでしょ? エルピースの件もほんの一角でしょ?」

「そうそう。叩くと埃がいっぱいあって警察も困ってるっぽいね。あ! 香水から女説って噂もあるよ」

「香水?」

「現場から香水の成分があったとか」

「本当?」

「他にも証拠としてマジックマッシュルームとMDMA、そして購入者の名簿があったらしいよ」

「うへー。あれ? それってウチの大学やばくね?」

「マジヤバだよ。だから大学からも大規模な粛清があるって噂だよ」

「怖ーい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夜釣り 赤城ハル @akagi-haru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説

座布団

★3 現代ドラマ 完結済 1話