第五章 新年はターナーで

報告することだらけです!

 成り行きで役者デビューを成功させた翌日、レイシアとサチは急いでターナー領に向かった。


「早く帰っていろいろ報告をして、問題点を共有したら取り合えず仕事を終えて、新年はゆっくりとクリシュと過ごすのよ」


 レイシアが走りながらサチに宣言する。


「できるの?レイ。問題っていうか報告ありすぎでしょ。領主様倒れなきゃいいけど」


 今は仕事上でなく友人として対応しているサチは、レイシアの置かれた状況を話した後の周囲の者たちのドン引きが見えてしまっていた。


「魔道具だけでも大変なのに、レイは王子様からの結婚申込み案件まであるのよ」

「言わないで! 忘れようとしているのに」


「大体どうなの? 嬉しいの? 嫌なの?」

「そうね、どうだろう。そうねぇ」


 少しばかり考えた後レイシアはきっぱりと答えた。


「メンドクサイかな」

「何ですと!」


 好きでも嫌いでもなく、嬉しいでも困っているでもない。女子としてあるまじき回答にサチは突っ込まざるを得なかった。


「指輪、貰ったんでしょ! 告白されたんでしょ! 王子だよ! レイの周りの男性と比べても性格もまともだし、常識もわきまえているし、顔立ちも整っているし、努力家だし、体も鍛えられているし、金と権力持っている、っていうか王子だし!」


「えっ、でもアルフレッド様だよ」


「他の貴族女性から見たら、どこの瑕疵もない超優良物件だからね!」


「そうは言ってもアルフレッド様だし……」


 別に結婚させたいわけではない。ちょっとだけ甘酸っぱいドキドキした胸の高鳴りや恋愛話が聞きたい。それだけだったのに。


 結局サチはレイシアの残念ぐあいを確認することになっただけだった。



「ただいま~! 途中でアリゲーターが出てきたから倒して来たよ。白身で美味しいのよね。新年にでもみんなで食べましょう!」


 元気よく戻ってきたレイシア。もちろんちゃんとしたお土産はもちろんあるのだが、とれたて新鮮食材の興奮にはかなわなかった。


 そこに慌てたように執事とお父様が迎えに出てきた。


「レイシア様!」

「レイシア、どういうことだ! とりあえず挨拶しなさい!」


 わたわたと要領を得ない二人について行くと、そこにはアルフレッドと数人の従者がいた。


「はぁぁ? アルフレッド様⁈ 何でここに」

「婚約の了承を取りに来た。まあ、お前より早く着いたので大体の説明は終わっているから安心して欲しい」

「どういうことなの~!」


「お姉様。これはどういうことなのでしょうか」


 最初からの話し合いに加われなかったクリシュが、無表情でレイシアに聞く。


「ああ、君がレイシア自慢の弟クリシュ君か。俺はこの国の王太子アルフレッド・アール・エルサム。君のお姉さんと同級生でこれから婚約者になる。よろしく」


「王太子? 婚約者? え? どういうことなのですかお姉様!」


「えっ? 私にもさっぱり」


「さっぱりって何?」


 戸惑いを隠せない二人にサチが助け船を出そうとした。


「レイシア様は先日王子様から指輪を贈られたのですよ。瞳の色と同じ色の」

「サチ! いいから」

「指輪着けていないのか? 何故だ? そうだ、それを出すんだ、レイシア!」

「本当なのか? なぜ王子殿下がレイシアに。身分が違い過ぎないでしょうか」

「仕方ないわね。はいこれ」


 レイシアがしぶしぶとカバンからジュエリーケースを出してフタを開けた。

 そこには確かに王子の瞳の色のエメラルドが入っていた。


「お姉様! 婚約を受けたのですか!」

「受けていない! 押し付けられただけ!」

「でも受け取っただろう」

「仕方ないじゃない! あんな状況じゃ!」


 確かな物証が出てきたことによってさらに混迷を深めた。

 かといってレイシアの態度は王家の者に対する礼節がない。


 領主としてこの場を納めなければいけないクリフトは、ゴホンゴホンとわざとらしい咳を二回した。


「先ずは娘も帰って来たことですし、私共は王子はじめ王家の皆様のご来訪に対し誠実な対応を行わなければなりません。一度家族で状況を確認させて頂けないでしょうか。皆様には一旦客間にてお寛ぎ頂きたいと願います。本日のお食事とお泊りに関しましてもご用意させて頂いている最中です。皆様にはしばらくの間休憩いただければ幸いです」


「そうだな。朝一で一報を入れた急な訪問、確かに性急だった。年末年始は忙しく、ここでしか時間が取れなかったのだ。迷惑をかけるが世話になること感謝している」


「ありがたきお言葉。セバスチャン、皆さまを客間に案内しなさい。長旅で疲れていることでしょう。食事前に温泉をお勧めしなさい。温泉周りに警備と人払いを。メイド長はおもてなしを任せる。アルフレッド殿下並びに皆様には、19時より歓迎の食事会を開かせて頂きますのでそれまでお寛ぎ頂ければ幸いにございます」


 アルフレッドは頷き、一同は執事に案内され客室に向かった。


「どういうことなんですか、お姉様!」

「な、何ていうか成り行き?」

「成り行きってなんだ! クリシュ、お前が焦るのは分かるがレイシアも戸惑っているんだろう。こういう時は第三者から事情を聞いてからの方がいい。サチ、説明しなさい」


 頼りなく思えても領主として仕事と判断はきっちりできるお父様。


「はい。では私に分かることだけお話いたします。まずはレイシア様が婚約を申し込まれました。その事は事実です。それから王子様はアリア・グレイ様という男爵令嬢に対しても婚約を申し込んでおります」


「「はぁぁ?」」


 クリフトとクリシュの声が重なった。


「じゃあ、あの人は二股かけているって事? お姉様に対してなにしてんだよ!」

「落ち着けクリシュ。しかし正室と側室をいきなりか。まあ現王が同じようなことをしているから前例はあるよな」

「許せない! バカにされていますよ、お姉様!」

「落ち着け。制度上は問題ないんだ。父親としては許したくもないがな!」


 クリフトも静かに怒っていた。


「続けてよろしいでしょうか」

「「どうぞ!」」


「レイシア様のお話、並びにポエムさんとの情報共有による考察では、レイシア様への婚約は王子殿下の好意によるものだけではなく、極めてセンシティブな機密が絡んだ政治的案件が関わっているようです。言うなれば政略結婚に近い感じですね。アリア様の方は純粋な恋心みたいです」


「どんな問題なのかは、聞かない方がいいんだろうな」


 ガックリと肩を落とすクリフト。


「私の口からは。王子殿下が判断することでしょう」

「レイシアも同じ考えか?」

「そうですね。なんといえばいいのか判断が難しいです」

「お姉様!」

「そうか。ならば聞くまい。クリシュも説明があるまで聞こうとするな」

「……はい」


「婚約の申し込みが行われたのが、12月20日の金曜日の午前。場所は学園内のゼミ教室。私はメイド喫茶での指導を言いつけられておりましたので現場を見ることはかないませんでしたが、休暇中のポエムさんが一部始終を監視していたそうです。それはそれは楽しそうに一部始終を教えてくださいました。本当に惜しい事をしました。そんな面白……いえ、重要な場面を確認できなかったこと、申し訳なく思っております」


「今、面白って言った⁈」


「興味深いという意味でございますよレイシア様。従者も連れてきているし、承認されたのでしょうか?」


 クリフトは少し黙って思考を整理した。


「承認はまだなのではないか? 王女殿下のサイン入りの手紙は見せられたが他に書類はなかったし。従者が驚いていたからな」


「じゃあ、なかったことに出来るの?」


 嬉しそうにクリシュが言った。当然クリシュとしては大好きなお姉さまの婚約など、相手が誰であろうが認めたくなかった。

 ましてや二股男になど。


「クリシュ、まだ何も分からないということだ。いいか、うかつに殿下の前で口を挟まないように」

「……はい」


 クリシュの気持ちも分からなくはないが、王子に失礼な態度を取られるのはもっと困るクリフト。それでも娘を心配する親心はあふれている。


「レイシアはどうしたい? 思う所はあるのか」


「婚約話、先延ばしにしたいです。政略結婚としての理由は聞いているから断りづらいけど、今はもっと優先することがありすぎなんです。お祖父様の裁判とか、新商会の準備とか、劇団と執事喫茶の件とか、新商品の開発とか生産ラインの確保とか。婚約とか考えたくない!」


 手に余るほどの仕事を抱え、ホリックワーカの血が騒いでいるレイシア。恋愛や婚約など気にも留めない状況。


 分かりすぎるシンプルな答えに、クリフトもクリシュも微妙な感情になった。


「はぁ。レイシアに何を聞いても答えは同じだろう。レイシア、料理長が急な客人に対応するため材料集めや仕込みに猫の手も借りたいそうだ。手伝いに言ってやれ。食材もそのカバンの中にいくらでもあるんだろう。サチとクリシュは私と情報をまとめよう。誰か神父を呼んできてくれ。バリューも混ぜてしまおう」


 レイシアは、解放されたと大急ぎで料理長の所に行っては食材や出来上がっている料理を出しまくった。そうして、ワニやシルバーウルフの解体を楽しそうに始めた。


 珍しい魔物肉を出されて料理長もテンションが上がった。


 いきなりの王族の来訪に戸惑いや不安や困惑に包まれている屋敷の中で、料理人達だけが嬉々として包丁を振り回し魔物を解体している。そんなホラーな午後はすぐに日が落ち夜を迎えた。


 歓迎の食事会は最高の料理が振舞われ、レイシアの魔道具のおかげで温かいまま食べさせることができた。また、食事前に入った温泉が大評判。


 王子は料理長を王室に迎え入れようとしたが、すげなく断られた。

 最後には「レイシアずるいぞ!」と言い合う始末。


「なんで温泉は温めた風呂とまた違うんだ!」


 そう言われても理由なんて考えたこともなかった。


「神の恵みがあるからでしょうか?」

「それだけではないはずだ! 何か理由があるはず」


 いつまでもブツブツ言っている王子を適当にあしらうレイシア。

 しかし、クリシュの中で王子の言葉が引っかかりを覚えた。


「調べてみましょう」




 後にクリシュは、新しい温泉には重曹の成分が多く含まれていることが判明。さらに、果実やお酢に含まれている成分と合わせると泡が発生することを発見した。


 それにより、レイシアの商会に新商品の『温泉の素』が、喫茶部に『発泡ドリンク』がもたらされ大評判になるのだが、それはまた後のお話。




 クリフトは、食事の間でもなんとか情報を引き出そうと必死だった。


 結局王子の婚約は、王女が賛成をしているがまだ承認されてはおらず、様々な会議と各所の了解を得なければいけないことがわかった。今はそのための既成事実の積み上げをしているだけのようだと理解したクリフト。とりあえず今は肩の荷を半分にしてもいいんだと理解し、ほっと一息をつけることができた。


 まあ、許可は下りないだろう。そんな自分に都合よい解釈をするのは仕方がない。子爵家なのだから無理、と思うのは当然のことだった。


 歓迎会は無事終わりを迎え、王子達は客室に戻された。


 レイシアはクリシュに独占され、夜遅くまで話をしていたのはまた別のお話。

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貧乏奨学生の子爵令嬢は、特許で稼ぐ夢を見る 〜レイシアは、今日も我が道つき進む!〜 みちのあかり @kuroneko-kanmidou

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