婚約

 12月初旬。王女一行が王都に帰還した。

 レイシアは早々に王宮に呼ばれ、魔石を献上することになった。


「今は箱に入れております。お見せすることはできませんが必ず渡しますよ」

「そう。本当にあったのね。ありがとうレイシア」


 ここには王女とレイシアとサチしかいない。公的な謁見の前のレイシアの控室。打ち合わせをしないと大変なことになると誰もが思った結果の特別待遇だった。


「レイシアとサチが倒したの?」

「まあ、基本は師匠の料理長が指示して止めを刺したのですが」


「え? 料理長? 冒険者じゃなくて?」

「はい。狩猟も料理のうちですので」


 にこにこと話すレイシアをよく分からない動物を見るような目で見つめる王女。


「……他にAランクの魔石とかはないわよね。さすがに」

「え? ありますよ。いろいろ」


「あるの⁉」

「はい。いろいろと狩りましたので」


 Aランクの土の魔石を一つ出して王女に見せた。


「まあ、わけ合って今は市場に出せないやつですね。Bランク以下は適当に間隔を開けながら冒険者ギルドに販売しています。冒険者として活動している証拠としてですね。たまにボア丸ごととかも提出していますね。新鮮な肉は王都でなかなかないらしいので喜ばれるの」


「肉はいいの! 魔石、そんなにあるの? レイシア、その魔石、後々私が買うから他に見せないで欲しいの。特に帝国の関係者には」

「それは、婚約者のライオット様にもですか?」

「まだ婚約は成立していないわ。そのクラーケンの魔石と引き換えに婚約が成立する予定なのよ」


 平然としているが声と表情に待ち切れなさが混ざっている。

 レイシアはちょっと困ったような顔をしたが、そんな嬉しそうな王女に新しい魔道具を見せた。


「これは?」

「私の先輩が開発した魔道具。お風呂上りに髪を乾かすためのものです」


 レバーを倒すと、ブワ~、と温かい空気が出てきた。レイシアはその風を王女の手のひらに当てた。


「温かい。あ、お茶会の時あなたが髪を乾かした魔法のようね」

「はい。学園祭の時に試作品はできていたのですが、安全性を確認するために時間が必要でした。熱風を一か所に長く当てないように、動かしながら使うのがいいみたいです」


 王女は興奮気味に言った。


「それも売り出すの?」

「はい。この頭髪乾燥機はご婚約祝いの品として王家に献上することになっていますが、商会ができれば売り出すことになるでしょう」


「献上⁈ そ、そうね。魔道具の事も帝国にまだ知られたくないわ。今回はその話はしないでちょうだい」

「はい。ではクラーケンの魔石を献上するという形でいいのですね」


「そう。あなた達がクラーケンを倒したとか、そういったことは伏せて。領地の冒険者が領主に渡したことにして!」


 そうは言うものの、目の前にある頭髪乾燥機という魔道具に目が釘付けになってしまうのは、年頃の女性としては仕方がない。


「お祖父様からの献上品としてこっそり紛れ込ませましょうか?」


 魅力的な提案をしてみたレイシア。


「そ……そうね。それは良いかもしれませんね」


 欲望に引っ張られる王女。


「ではお祖父様にも伝えなくては。今回は魔石と魔道具、それを献上するという形でいいのですね」


「そうしてもらえるかしら。ああ、でもライオット様にまで秘密にしないと。そうよ。かまどもお風呂も……、ま、まあお風呂は沸かしたお湯を注ぎ入れたことにすれば……」


 一度手に入れた便利道具は手放すことなどできなくなる。しかし、婚姻が終わるまでは隠し通しておきたいのがレイシアとその道具たち。


「もう、こうなったら早く結婚したい!」


 王女の欲に塗れた言葉は、レイシアとサチには、


(そんなに帝国の皇子様の事が好きなのね)


 と変換されて聞こえていた。



 王家の執事に導かれて、レイシアとオズワルド、そしてサチが王宮のホールに入ってきた。


 王と王妃、王女と第三皇子、王子、王国の宰相と、帝国の宰相、その他王国と帝国の主要人物、護衛の者達など、たくさんの高位の者たちに囲まれる中、三人は跪き頭を下げた。


 「レイシア・ターナー及びオズワルド・ザイム。謁見の時間である。礼を解け」


 進行役の役人が声をかける。お祖父様は離婚が一応成立しているため旧姓のザイムという名で呼ばれた。

 レイシアとお祖父様が顔を上げて、少し遅れてサチも顔を上げた。


 聞いていない! いや聞いていたけど、レイシアはここまで孤立無援の状況だなんて思ってもいなかった。


 レイシアの想像を超えた人の多さ。それほどクラーケンの魔石の外交的な意味が大きすぎた。王女に慣れ過ぎていた弊害でもあるのだが。


 たかが大きな魔石を渡すだけ。そんなちょっとした遠足みたいなイベントこなしで考えていたレイシアにとって普段と違う警備等の威圧感と重々しさ。


(でも、サチと二人なら全員倒せそうね。そう考えれば怯む必要はないわ)


 と不埒なことを考えながら、小さくすーはーと息を整えた。


 


「では、魔石を献上することを許す。ここへ」


 レイシアはサチに魔石の入った箱を持たせて、先導するように役人の前に移動した。


「ご検分を」


 箱を開けると柔らかな布に包まれた、水の魔石と火の魔石が出てきた。


「これは……。クラーケンの魔石だけではないのか」


 会場が騒めいた。これほどの立派な魔石は滅多に出てこないもの。それが属性違いで二つも。

 予定外の魔石の出現は王女すらも驚きを隠せなかった。


「ご依頼のクラーケンの魔石を王女殿下に、こちらの熊から取れた火の魔石を帝国の皇子殿下に献上致します。哺乳類は火の魔石が多いのですが、寒い地方ですとより色の強い火の魔石がとれます。寒さ対策なのでしょうか」


 クマデのホワイトベアから取れた魔石はかなり色の強く大きな火の属性を強く持った魔石だった。からだのおおきさに比例していたのかもしれない。ヤバすぎるものはどさくさに紛れて王家に押し付けてしまった方がいい、という元黄昏の旅団のギルド職員ゴードの提案にカミヤとオズワルドが乗って来た成果だ。


「このような上質の魔石を王女様が送るとなれば、帝国の皇子殿下も同様の魔石を送らねば帝国としてメンツが立ちませんよね。王国のしきたりとして、瞳か髪の色に似た宝石を送るというのが婚約を申し込む貴族のしきたりとなっております。帝国の儀礼は不勉強で存じませんが。ご自身の瞳の瞳の色の魔石を送られた王女殿下に対して、皇子殿下の赤い髪に寄せた火の魔石を贈ることでつり合いが取れるのではないでしょうか」


 レイシアは、魔力を取る魔石として使用されるということを知らない振りをするために、あくまで宝石としての贈り物を必要としている事しか理解していないという体を取った。


 役人が検分した後、王女と皇子の下に魔石を持っていった。魔力を多量に含んだ魔石は、ただの宝石とは違い内部からキラキラと光を発していた。


「凄いですね」

「これが未使用の魔石か……」


 王女が先程見たAランクの魔石とはレベルが違う輝きを放つクラーケンの魔石。それにはやや劣るが、ほんのりとした温かさが付加された火の魔石。


「どこでこれほどの魔石を手に入れたんだ! 王国はこのような魔石が普通にあるのか?」


 皇子が興奮気味に聞いた。


「いえ、珍しいからこその献上品になります。そうですよね」


 レイシアが役人に確認を取るように言った。役人は困って宰相を見ると、それを受けるように宰相が答えた。


「確かに、クラーケンなど数十年に一度出るかでないかの災害級の魔物でございます。この火の魔石も、このレベルのものはオークションにも滅多に出ることのない公爵家の家宝クラスのものでございます」


「失礼だが子爵であったよな。なぜそのような魔石を持っている?」


 皇子が訝し気に聞く。


「クラーケンは、我が領民の冒険者が討ち取りました。それを領主が預かっているものです。領主の名でオークションに出した方が信用が上がりますし、値も高くつきます。そうなると領に入る税金も手数料も多くなりますから。この度は王家に献上ということで、冒険者たちに了承を取ったうえでこうしてお持ちいたしました」


「なるほど。その冒険者を紹介してはもらえないか」

「冒険者とは気ままなもの。彼らがそれを望むなら」


「そうだな。聞いてみてくれ。それで火の魔石は?」

「もともとはクマデという子爵領の家宝であったと聞いております。災害にあった時支援をした礼として頂きました。私の領も災害でひどい目にあったことがありましたので、災害の辛さは他人ごとではなかったのです。よろしければ、クマデの村にも何か慈悲をかけて頂ければ幸いに存じます」


 しれっとクマデにも金を出せと要求するレイシア。


「そうか。これほどの品、我が帝国では見たことがない。古い魔石は光を失うからな。帝国からそなたと元の持ち主クマデの領主に十分な礼をさせてもらおう。いいな」


 皇子が宰相に命ずると「はい」と宰相は頷くしかなかった。


 王女は魔石の乗った盆を大切に持ち、王子に捧げた。


「この魔石を帝国に捧げます。ライオット殿下、私の婿として王国を一緒に発展させることをお願いいたします」


 皇子は魔石を受け取り執事に渡すと、王女に火の魔石を捧げた。


「私からもお願いする。愛しいキャロライナ王女。俺と結婚してください。君となら、いや、君としか幸せになれない。俺と生涯を歩んでくれ。必ず楽しい人生にさせてやるから!」


 王族らしくない婚姻申し込みの言葉。しかしキャロライナの心のど真ん中にヒットした。


「はい!」


 こうして、帝国の第三皇子ライオットと王国王女キャロライナは婚約者として認められることとなった。

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貧乏奨学生の子爵令嬢は、特許で稼ぐ夢を見る 〜レイシアは、今日も我が道つき進む!〜 みちのあかり @kuroneko-kanmidou

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