ノリさんとおれ

南沼

おれとノリさん

 一緒に住みませんかとその時のおれは確かに訊こうとしたのだが出てきた台詞は歯ぁ立てんでくださいよだった。そこはノリさんの部屋で台所に所狭しと並べられた自治体のゴミ袋はどれもパンパンに膨れ上がってリビングまではみ出し生活空間を侵食している。線の細いノリさんはその外見から容易に想像の付く如く毎食インスタントで済ませるものだから生ゴミなんて殆ど出ないことをおれは知っているのだがそれでもこれだけ溜め込めば臭うものは臭う訳でそれを誤魔化すために頻繁に焚くホワイトムスクのお香のざらっとした甘い香りが部屋中に充満していた。ローテーブルの上で光るのは円錐形のリングスタンドに差し込まれたシルバーアクセの数々とおれが今日飲み終えた安物のストロング系チューハイの空き缶だ。どちらの数が多いのかぱっと見で分からないのはもう酔いが随分と回っているせいかもしれない。おれはアクセの良し悪しどころか種類の別も付かないような有様でノリさんによく馬鹿にされるけどノリさんだって群雄割拠する国内飲料メーカーがこぞって出すストロング系チューハイの熾烈な覇権争いを知らないのでおれはよくそれを揶揄して笑う。ノリさんはそんな時いつも呆れたような顔で笑うしおれはその顔が見たくてそんな馬鹿なことを言うのだ。そんなノリさんは今おれの股間に顔を埋めていてハーフアップにした黒髪がシーリングライトの下で艶を放っている。おれは下半身すっ裸でノリさんのベッドに腰かけて今日何本目かも忘れた缶チューハイをちびちびと飲んでいる。ノリさんの頭が上下する度に頭の後ろのお団子もひょこひょこ動くのが見てて飽きない。ノリさんの口内がもごっと動いたのをおれは自身のちんぽで感じる。しゃぶりながらもおれの言葉に返事を返したのかもしれなかった。泥酔してなおおれの真ん中あたりを図太く貫く快楽におれはううともああともつかない吐息を漏らす。ノリさんはフェラが上手い。舌の使い方が抜群なのもそうだが一番良いのはおれが感じてるかどうか覗う時の上目遣いだ。この顔を見れるのがおれだけだと考えるだけで最高の気分になる。でももう今日は駄目だ。酔っ払い過ぎてもう勃起が維持できない。折角のノリさんの愛撫なのにちんぽはもう硬度を半ばまで落としている。黙っていればノリさんはいつまでも奉仕してくれるけど勃ちもしないのにしゃぶらせ続けるのは流石に誠意に欠ける振る舞いなんじゃないかとおれは思う。

 もういいっすよ。今日はもう駄目みたい。

 そうは言ったがノリさんは聞こえない振りで続ける。頭を前後に振り口内で舌を躍らせる。意地になっているのかそれとも意地悪をしているのか。

 もういいって。疲れたでしょ。

 やっぱり止めない。おれはちょっとイラっとしたのでノリさんの頭の後ろのお団子の辺りを右手で掴んで頭部ごと思い切り股間に押し付けた。半勃起でも大きさは失っていないちんぽがノリさんの喉の奥を刺激してノリさんはうぐっと餌付く。餌付くだけじゃすまなくてちょっと引き攣るように痙攣してからごぼっという音が聞こえる。慌てて顔を離すノリさんは口を覆い隠すけど黄色とピンクが斑になった吐瀉物が隙間から覗いていた。

 あーゆすいで来なさいな。

 意地悪しちゃってごめんねと心の中だけで付け加えるおれをノリさんはちょっと流し目で睨んでからトイレだかキッチンだかの方に向かう。ドアの開け閉めの音と流す音が奥の方で聞こえたから多分トイレの方で出掛かったのを全部出してるんだろう。最初に水を流すのはきっと音を聞かれたくないからだ。乙女か。可愛いか。キッチンでもう一度水を流す音がしてからノリさんは戻ってきた。

 お前な。いきなり何すんだ。

 ごめんね。

 あれ、もういいのか。

 ノリさんの視線はおれの下半身に注がれている。おれが何事も無かったかのようにパンツとズボンを履き終えてるからだ。

 まだいってないだろ。

 いやもういいっす。勃たなくなっちゃったもん。

 飲みすぎだぞ。

 へいへい。

 へらりと笑うがノリさんがソファに座った隙を逃さずおれは素早く隣に座り身体を捩じって覆いかぶさるようにキスをした。ノリさんがちょっと嫌がる素振りをしたのは口の臭いを気にしたからだと思う。でもおれはそんな事には構わず舌で唇をこじ開けて口内の酒を注ぎこんでやる。ノリさんがおれの肩の辺りをぐっと掴むがおれは動じない。ごくりと嚥下するのを確認してから身体を離すとノリさんは強く睨んできた。

 怒るぞ。

 ごめんって。

 態度が謝ってねえ。

 あんたがあんまり可愛いから悪戯したくなるんすよと言うともっと怒らせるのは目に見えてるのでおれは黙って笑うだけにした。ノリさんがおれを見てまた呆れたような顔をする。

 お前のせいで晩飯全部出ちまった。

 だからお酒あげたっしょ。

 馬鹿すきっ腹に酒だぞ。死ぬぞ。

 ノリさんは酒が弱くてすぐに顔を真っ赤にするのだがそれもまたプリチーポイントなのだ。

 ねえノリさん。

 ん?

 ノリさんって兄弟いましたっけ。

 姉貴がいるけどどしたん急に。

 一緒に住もうって訊くんじゃなかったのかよ腰抜けがとおれはおれを罵りながらそれでも会話を続けるしかない。

 いや何となく。お姉さんいくつっすか。

 35とかだったと思う。もう大分前に結婚して家出たけど。

 あそうなんだ。子供は?

 最後に会った時は2人だったかな。今はもっと増えてるかも。

 あれ帰ってないの?

 帰ってない。

 何で?

 いい歳した男が一人で帰省したら嫁はまだか孫はまだかってせっつかれるもんなの。面倒くせえんだよな。そういうタケはどうなんだよ。

 おれ?

 お前。

 おれは一人っ子すよ。帰省もしてませーん。

 ええ、親御さん心配してるんじゃないか。

 心配っておれもう成人ですけど。

 そうじゃなくて結婚とか。

 おれはそれに何も答えない。ノリさんもしまったと思ったんだろう。何だか気まずくなっておれはずびびと缶の中身を啜る。甘ったるいリンゴの香りが今は物凄く白々しい。

 もしかしてノリさん酔ってる?

 そうかもしんねえ。

 あははとおれは笑う。勿論おれも酔ってるしそれなら今が口にするチャンスに違いない。えい言うぞ。

 ねえノリさん。

 なんだよ。

 ノリさんってクリスチャン?

 いやもうほんとおれはくそばかのばかだ。いっそ死ねよもう。なんで一緒に住もうの一言が言えねえんだよとおれは激しくおれを責める。

 違うけど。だからどしたんだよ急に。

 いやいっつもそれ着けてるじゃないすか。

 おれが指さすそれはノリさんが好んでつける十字架のチャームがついたネックレスでちょっとぼてっとしててそういう加工なのか襞の奥まった部分は黒ずんでいて素人目にもカッコいい。

 なんだてっきりそれ握りしめてミサでアーメンとか言うのかと。

 お前おれがそんなん言ってるとこ見た事あるかと笑いながらノリさんはネックレスをすらっと長くて綺麗な指先で弄ぶ。確かに見た事はないけどノリさんがそうしてる姿は結構絵になるんじゃないかとおれは思う。

 そういやアーメンとかラーメンとか言うけどどういう意味なんすかね。魔除け?

 馬鹿とノリさんは笑う。またおれの好きな顔だ。

 アーメンってのはかくあれかしって意味だよ。

 かくあれかし?

 どうかそのようでありますようにって事。お祈りの言葉の後に付け足すだろ。

 なるほどノリさんは物知りだなあとおれは感心しきりだった。おれも大学には通ってるけどちゃらんぽらんな駄目学生だから豊富な語彙とかいうやつとはとんとご縁が無い。知ってる事だってあるにはあるがそれも定期試験の前後に詰め込むばっかりだからその期間が過ぎればすぐに忘れる。アルコールは一般的にはエタノールの事で化学式はC2H5OH。大脳皮質の機能を低下させて多幸感と感覚の鈍麻をもたらし恒常的な飲酒は脳細胞を壊すだか委縮だかさせるってのは最近大学の講義で聞いた事だけどこれもまあじきに頭からぽかんと抜け落ちるに違いない。今日ノリさんと喋った事だってそう。何もかも酒が悪い。妙に反応が無いなと思ってノリさんの方を見やるとノリさんはにやけた笑みを浮かべたような妙ちきりんな顔で目を瞑っていた。勿論寝てる。なんだこの人。


 目を開けると窓の外はもう大分明るい頃合いでどうやらおれもソファで寝入っていたようだった。ノリさんはいつの間にかベッドの上に移動して横向きに寝ていた。

 ほらノリさん朝だよ。

 ゴミの日だよ起きなよと言って身体を軽く揺するがノリさんはすやぴぴぴとアラサーのおっさんにあるまじき可愛い寝息を絶やす事は無い。酒を馬鹿みたいに飲んだ時に襲い掛かる酩酊感とはまた別のぐらぐらとした現実を半ばから否定するような感覚はもうどこかに行ってしまった。だから今ここにあるのは逃げようもないカスみたいな現実でしかない。おれは溜息をついてキッチンに雑然と並ぶゴミ袋を手に取り玄関に向かう。両手に4つもの袋を下げ足でドアを押し開けて外に出ると朝の清廉でひやっとした空気がおれの首筋のあたりを洗った。階下に降りてゴミ捨てボックスの蓋を蹴り開け袋を適当にぶち込んでやった戻り際余りに空気が軽やかで冷ややかさが気持ちいいもんだからアパートの入口にある植え込みのとこに腰かけて適当に部屋からくすねてきた煙草に火を点けた。ちょっとおれには刺激の強すぎる煙が喉を焼きそうになって慌てて濃い煙を吐き出す。もう一服をすこしだけ肺に吸い込んでから上を向いて煙突みたいに煙を吹いた。空には薄く雲がたなびいていて朝焼けの色に照らされている。遠くの方でカラスが鳴いていた。視線を落として路肩を見ればおれのではないチューハイの空き缶がぺしゃんこになってアスファルトに貼りついている。なぜおれのではないと断言できるかと言えば潰れた缶の口にストローが刺さっているからだ。手元も定まらない末期のアル中が残したものだろう。でもおれもそうならないと断言することはできない。酒で壊れてく脳細胞は元に戻らないけどおれはそうやって失いながらでないとおれを維持できない。

 ねえノリさんやっぱり一緒に住もうよとおれは一人ごちる。ゴミ捨てぐらい全部やったげるからさ。

 おれはおれとノリさんだけの手に届く範囲の心地よさを維持する為に全力を尽くせると思う。でも逆に言えばそれだけでそこまでしかおれの手は届かない。半径数メートルの都内の安アパートぐらいの範囲。時間にしても今日とか明日とかどれだけ奮発しても精々が1週間とかそこらぐらいだろうけどそれぐらいの間だけおれとノリさんが健やかであればよい。かくあれかし。

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ノリさんとおれ 南沼 @Numa_ebi

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