第10話Part9

 私は分厚いレインコートを羽織って、雨の中を走り抜ける。とにかく相手に追いつくことしか考えていなかった。

 ざあざあとうるさく、足元では大きな音を立てて、雨水が跳ねていた。

 夕方頃から勢いを増した雨が私を直撃する。


 郊外の自然が多くなる場所。森の木々を抜けた先にある開けた場所。

 そう、ここは。洲波家の屋敷へ続く場所。明菜と私が出会った場所へ差し掛かった。

 開けた場所で、大木が立つ場所。

 息が上がる。心臓の鼓動がとてもうるさい。アドレナリンが私の意識をはっきりさせる。

 頭に被っていたフードを被り直し、私は前方をはっきり見据える。雨で視界が煙っている。

 ふと、視線を下げてみると、ぬかるんだ地面に足跡がついていた。

 それには五本の指の跡がはっきり見えた。裸足?


 耳をつんざくような悲鳴が聞こえてきた。何か硬いものを裂いて破くような音と、甲高い音が響いてくる。走り出してから、それが人の叫び声であると気づいた。とても人の言語の体をなしていないそれは、怒りをまき散らすかのように空気を振るわせる。

 

 屋敷にたどり着き、思わず息を呑む。


 資料で見た通りの屋敷が正面玄関を破壊されて建っていた。左右対称に作られた、和洋折衷の屋敷。木製の頑丈な扉が粉々になっている。そこへ続く石段にはヒビが入っていた。

 雨に紛れて、怒号が聞こえる。そして下卑たしわがれた笑い声が後に続いた。

 怒号はまるで泣いているかのように、切なさを孕んでいた。屋敷の外からだろうか。

 走って裏口に回ると、二回の窓ガラスが割れている。そして、その真下にはやはり足跡がくっきりと刻まれていた。それを辿って、木々が生い茂る裏庭を私は呪符とナイフを取り出して突っ切った。


 「どうして……返して!返して返して返して返して!」

 『もっと時間をかけろ!もっと苦しむのが見てみたい!すぐに殺したら頭蓋を内側から食い破ってくれるぞ!お前も苦しめ!』

 「ふざけるな!痛い痛い痛い、私の頭だ私の頭なんだ!おまえのじゃない」


 ひどく舌足らずな声と、しわがれた声。交互に聞こえてくるその声は声音がよく似ていた。

 木々の間を通り抜け、草地へ出た。


 視界が広がる。大量の雨粒が木々から降り注いだ。裏庭の木々に囲まれた場所で、ぼろぼろのフード付きの服を着た少女が立っている。

 長い淡い栗色の髪の頭を激しく搔きむしり、体中を激しく震わせている。その小さな手が近くの木を殴りつけた。雨粒が、その白い顔から跳んだ。

 表面が砕け、木全体は激しく揺れた。ズウン、と鈍い音が鳴り響き、それがまぎれもなく憑依型に取り憑かれていることを証明していた。取り憑いた者に負のエネルギーを原動力としたブーストをかけるのは、憑依型の常套手段だ。


 「殺す、今すぐ殺す、おねえちゃん、どこ、かえせかえせかえせ殺す、いますぐ殺してやる!」

 『時間をかけろ、時間をかけて殺すんだそうすれば私達も楽しめる! そちらの方がずっと愉快だぞ!』


 少女の口から、よく似ているが二人分の声音があふれ出している。

 片方は憑依型のものだろう。彼女の口を借りて、憎悪と破壊の願望を表に出している。

 憑依型と意志が一体化してしまう者もいるが、今回は辛うじてまだ分離できる状態らしい。


 「まだ、間に合うかも……」


 誰かが悲鳴を上げる声がする。なおも怒りの声を上げ続ける少女から七メートルほど離れたところに、地面に倒れ伏した女性の姿が見えた。苦しげに呻いている。それはすぐに、写真資料で見た洲波春江であると私は気が付いた。写真で見た力強さはもう無い。眼は光を失い、髪が乱れて顔に張り付いている。体つきもやや衰えたように感じられる。恐怖に支配される日々が、彼女をここまでみじめにさせたのだろうか。右手と両足が変な角度に曲がっている。おそらく、逃げないように折られたのだ。投げ飛ばされたのかもしれない。


「どこだあ!おねえちゃん、どこに隠した!きっと苦しがってる、早くしないと、早くしないとお!」


 少女は顔じゅうから水滴を垂らして吠えている。乱暴に裸足で歩み寄ろうとする。

 まったく彼女は喋れないわけではないようだった。明菜と接しているうちに言葉を覚えたのだろうか?それとも、不便だったから誰かが教えた?

 

 「そこまで!」


 私は怪異と戦うために加工されたナイフを構えたまま、前に進み出た。


 「だれ、だあ……おまえ…………」


 ギラギラ光る眼でこちらを見据えてくる。私は真正面から睨み返す。


 「洲波明菜!」


 私が名を叫ぶと、少女が一瞬棒立ちになった。反応あり。


 「私は明菜の使いだよ。彼女はあなたを止めたいって言ってる。もうやめて。あなたは体を乗っ取られて良いようにされているだけ。じゃないと、あなたを助けられなくなる」

 「助け……………………? 助けなんていらない。もう遅いんだ!わたしはおねえちゃんを取り返すんだ!こいつを殺せば、わたしは力が手に入るんだ! お姉ちゃんが生き返る!」


 違う、と私は思った。取り憑かれた人間がどれだけ人を殺しても強くなることは無いし、魔法のようなことができるようにはならない。


「あなたは騙されてるの!あなたに取り憑いたやつがそういったんでしょ!」


 図星のようだった。少女の顔が怒りに染まった。


「騙されてない! だってあいつらがおねえちゃんを殺したんだ!あいつらがとった命なんだから取り返せる。そうに決まってるんだからぁ!」 

『そうだ、そうだ。騙されるな。殺すんだ、なるべく苦しめてやつも殺すんだぞ。おまえの姉が生き返るぞ、殺すんだろう?』


「黙ってよ、化物。私は今その子と話してる。私はその子を生かさなきゃいけないんだ。聞いて、あなたは騙されてる。それで、明菜があなたと遊びたがってる。あなたが明菜と遊んだ子なんでしょう?お姉ちゃんじゃなくて」


「あき、なは。でも、わたしは、そうだ、違うもん。おねえちゃんが生き返ったら三人で遊ぶんだあ」


 泣き笑いのような表情で少女が言った。


「邪魔するなら、死んじゃえ」


 急に風が吹いた。いや、違う。一秒後、目の前に少女の姿が現れた。咄嗟にナイフを振ってガードする。金属がぶつかる打撃音がして私は足に力を入れた。

 一瞬で全身に妖力を漲らせ、肉体を強化する。吹き飛ばされるのを踏ん張る力でこらえた。


 少女の両手には、鈍色の扇状の刃物がいつの間にか握られていた。

 少女が続けて、口を開く。口内が瞬いたかと思うと、光球が飛び出し、近くの木にぶつかり、表面を焼け焦げさせた。

 少女が叫びながら、口から光球を何発も放ち、それを私が反復横跳びでかわすと、逃げた先へ立ち塞がるように扇状の刃物を振り回して追撃してくる。私は、それをナイフで片っ端から弾いた。

 ポーチから呪符を四枚取り出し、投擲する。空中で炎の渦となったそれは、少女に襲いかかった。身をひねってそれをかわす少女。


 「うう、うううううあっ!」


 少女が苦し気な声を上げながらその場から飛び退き、炎の渦に光球を何発もぶつけて逃れようとする。周りの空気が一気に熱を持った。

 飛び散った火の粉が芝生に飛び散った。

 雨の中、術で作った炎は燃え続ける。

 相手が威嚇するように扇状の刃物を広げ、三発の光球を素早く放ってきた。

 私が呪符を構える。その瞬間、相手が光球の後に続くようにこちらに走ってくるのが見えた。

 私は、呪符の一枚を目の前の地面に叩きつけた。パシッと小気味いい音がして、妖力の塊が盾の形となり、光球を防いだ。爆発音が響き渡る。芝生と水滴が目の前を散った。

 近くに怪異の気配を感じ、私は左に飛んで、ナイフを取り出した。

 空を切り裂く音と共に、扇状の刃物が突き出された。私の首がさっきまであった場所だ。


 「しいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 癇癪を起こしたように、少女が両手の刃物を振り回した。

 私の怪異用に加工されたナイフがそれを受け止めた。

 ナイフで、刃物ごと弾き、次の攻撃を刃物の腹で押し返すようにして弾く。

 次に突き出された一撃を、ナイフの抜き身で受け止めた。押し返しきれず、パワー負けしそうになる。私は、力づくでそれを防ぎ、勢いよく飛び上がって相手の側頭部に回し蹴りを叩きこんだ。がくんと、相手の頭が下がり、体がよろめく。その喉元に攻撃を加えようと私は距離を詰めていく。

 少女がかっと目を見開いた。


 「キャアああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」


 少女が絶叫した、と思った次の瞬間、私は直感的に呪符を投げつけ、妖力の盾を作った。ガラスが割れるような異音がして、私の視界が大きく動いた。背中に大きな衝撃が加わり、激しい痛みが襲ってきた。背後で轟音がする。

 吹き飛ばされたのだ。そして後ろの木にぶつかって、木が折れた。


 「衝撃波……」


 もしかして、洲波恭司を吹き飛ばしたのは、この攻撃なのだろうか。視界が朦朧とする。これなら、フェンスを突き破って下まで落ちるだろう。

 視界がぼやける。涙がにじみ出る。立たなければ。何本か骨が折れたかもしれない。


「ふゆひこ、あの男がおねえちゃんを殺した。めちゃくちゃにしたんだ。だから死んじゃった。あの男が死んでも生き返らなかった。だからもっと殺さなきゃ。おまえも殺さなきゃ」

『そうだもっと。もっと殺せ。そうすれば、もっとお前の姉は元気になるぞ』


 殺される。立たなければ。もし、私が死ねば。起こるはずもない奇跡が起こらないことを、目の前の少女は知るだろう。そして、心の底から絶望して、少女の精神は崩壊する。そうなれば、取り憑いている憑依型の思うつぼだ。好き勝手に不幸を振りまく怪物に少女はなるだろう。自我が無くなれば、乗っ取るのは容易い。


 「わたしも、ね。生き返ってほしい人がいる」


 私が、言葉を紡いだ。


 「でも、そんなことは起こらないんだ。だから付け込まれるんだ」


 少女が怪訝そうに首をかしげる。


 「だから、私だってできることをやらなくちゃいけなかった」


 分かってる。蒼乃はもう生き返らない。私達はもう分かり合えない。

 でも、何もかも投げ捨てられなかった。だから、私は次の事件を追った。


 「あなたにできることはきっと、なかったんだと思う。そんな怪異の言う事を聞く以外には」

 「わ、た、しは」


 少女が口を開いた。


 「逃げられなかった。…………おねえちゃんが死んだとき、怖かったの、ふゆひこが、逃げたら殺すって、おまえも殺すって。ひどいことをされると思った。おねえちゃん、みたいにわたしもなっちゃうって、怖くて何もできなかった、の…………わたし、なんで、怒るよりも、こわかったの」


 姉が死んだとき。自分が何もできなかった。それが彼女の心を蝕んだのだ。そこを怪異に魅入られた。


 「仕方がないよね。だけどね、あなたは全力で逃げればよかったんだ。誰かに助けを求めるべきだったんだ」

 

 私は顔を上げた。少女の顔が目の前にある。私を見下ろして、泣いていた。


 「あなたは、今取り憑いてるやつから逃げて。私がそいつを祓うから」

 

「あううううううううううう!」


 少女が低く呻く。

 顔つきが再び憤怒の形相になる。


『ふざけるな!この身体、手放してたまるか、この手で殺せずしてどうする?』


 私は跳ね起きた。


「その子は殺すよりも、助けを求めたかった!それをあんたができなくしたんだ!」

『黙れ黙れ黙れ――――――――――――――――――――――――――――!』


 無茶苦茶に振り回された扇状の刃物をナイフではじき返す。体がバラバラになりそうだ。

 決死の抵抗を続ける。攻防が続いた。

 相手もかなり消耗している。ダメージをこらえ、私はレインコートを脱ぎ、刃物をその上から受け止めた。コートが破かれ、私の腹に刃が食い込んでくる。私はそれをこらえ、相手の顔に頭突きを入れ、両足を激しく蹴り飛ばした。

 もんどりを打って少女が倒れる。草の上に溜まった雨水が激しく跳ねた。

 刃物を突き出そうとした指に頭突きで攻撃する。

 片手を宙にかざす。手に妖力を集中させていく。右手が青白い光を放ち始める。

 まだ憑依型が彼女の精神を完全に乗っ取っていない。いまならこの憑き物を落とせる。


 「憑き物落とし、この怪異を不破の名に基づいて、永久に討ち滅ぼさん」


 私が祝詞を紡ぎ、私は少女の胸元に手のひらを叩きつけた。


 『がああああああああああああああああああああああああああああああああ!』


 少女の中にいる怪異が絶叫する。


 「あなたも頑張って!そんなやつにあなたの体をあげないで!あなたはまだ、お姉さんの代わり生きられる!あなたに乗っ取られてほしいなんて、お姉さんも思わない、だから――――――――――!」

 「おねえ、ちゃ、ん」


 少女の口から、か細い声が漏れる。


 「わたし、外に出れたよ。いっしょに遊びたかった。おねえちゃん」

 「明菜はきっと待っててくれる。だから、もう終わりにしよう」

 『ふざけるんじ……』


 私の作った手刀の先に、どす黒い塊が少女の胸元から這い上がってくる。

 憑依型の魂だ。手の先の光をそれに激しくぶつけた。破裂するような音と共に、光がそれを粉々に粉砕した。光が消失する。

 少女が、軽く痙攣し、ぐったりと動かなくなる。気を失ったらしい。


 「さて……うっ!」


 私は激しく咳き込んだ。身体が今にも崩れそうだ。足を引きずって、私は歩いていく。

 這って逃げ出そうとして力尽きたのか、洲波春江がかなり離れた場所の木にもたれかかっていた。


「あ、ありがとう、助かったわ」

「…………………………」

「あいつが、何かいっていたようだけど。冬彦は人なんて殺せないわ。今まで誰のおかげで食事がとれたと思っているのかしら、とりあえず、あなた、証人になってちょうだい、なんならいくらかお金を――――――――」


 私は、春江の顔を思いっきり張った。

 ぎゃっと悲鳴が上がり、春江が地面に倒れこんだ。私は屈んで相手の胸倉を掴む。相手を睨みながら顔を近づけた。


「死体はどこ?あの子のお姉さんがどこかに埋まってるんでしょう?」


 これだけ敷地が広ければ、隠すのは容易だっただろう。


 「な、なんのことだか」

 「とぼけるなら、あの子の代わりに私があなたを苦しめてもいい。見てたでしょ?私はあの子よりも強い」


 私をおびえた目で見ながらも春江は立ち上がろうとしている。

 私はもう一度頬を張った。


 「さあ、どこ?」


 私は、殴ったのとは反対の手で自分の頭に触れた。ヒナゲシの髪飾りはまだそこにあった。



















 「――――――――――だいたいは間違いなかったわ」


 あの事件の終局から一週間後。私は、病院からの帰り道、松葉杖を突きながら、学校の寮に帰ろうとしていた。白い太陽の光がまぶしく、真上から降り注いでいる。

 事件が終わった後、私は自分で呼んだ救急車に運ばれ、病院で治療を受けた。

 警察も一緒だった。私が春江に死体の場所を案内させたからだ。双子の姉は根本のしっかりした木の下に埋められていた。

 取り調べは今も継続中だ。なかなか認めなかったらしいが、ついに自白したらしい。


 双子の姉は、冬彦が女性とトラブルを起こした日に冬彦に不満のはけ口にするために襲われたのだという。ところが激しく抵抗したため、顔を何度も殴りつけるうちに、当たり所が悪かったのか死んでしまったのだ。冬彦は春江を口止めした。そして、死体を始末したが、数日後、屋敷の地下室に監禁していた妹が施錠された扉を壊し、逃げ出した。この時、すでに妹は憑依型に取り憑かれていた。


 春江達は地元の業者に突貫工事で壊れた箇所を補修させ、事情を説明しなかった。業者は春江達の会社の一部だったから、多少の無理が通った。

 しかし、妹は脱走し、一族の中で自分たちの事を知っている人間たちを片っ端から殺した。やはり、関係者の名前と居場所を喋ったのは、冬彦で間違いなさそうだ。春江も同じことを言っていたらしい。

 そして、それからしばらくして冬彦が殺された。事態を重く見た春江は警備会社に護衛を頼もうとしていたという。しかし、それよりも早く、憑依型から「一族の人間をできるだけ殺せば姉の命を取り返せる」と吹き込まれた妹が襲撃した。


「双子に関しては、なにやら一族秘伝の儀式があって、その手順通りに彼女たちを育てていたらしいわ。けれど、双子がいるのに、どんどん経営は悪化した。そこも冬彦が腹を立てた原因。いつしか春江も二人をお荷物よばわりするようになった」

「結局あの二人は座敷童みたいに、運気を上げたりできたの?」

「分からないわ。迷信なのかもしれないわよ?あと考えられるのは、代替わりするうちに力が薄れたか。ついでに、あの双子が一族の誰の子供なのかは分からないまま。子供の作り方なんていくつもあるから、方法は分からないけど、周囲にバレないように作ったのかもね」


 春江はそこは言葉を濁しているらしい。あまり想像したくはなかった。

 地下に監禁するための部屋があるような一族なのだ。


「多分だけど、春江を殺した次は葬儀の会場を狙うつもりだったんじゃないかしら」


 紫乃が続けた。そうすれば一族を根絶やしにできるだろう。もしかしたら、あの憑依型はこの土地で洲波家を恨んでいる者達の意思の集合体だったのかもしれない。


「あの妹の方は?」

「警察病院で治療中。処罰がどうなるかは分からないけど、精神鑑定次第でしょうね。各所に根回しはしておくわ。社会復帰できるかはまだわからないけど」

「そっか」


 それでもいつか信じている。あの子はきっと、明菜と再び出会って、昔のように遊べるのだと。蒼乃あおのと私とは違って。紫乃しのと話すと、あの子のことを思い出してしまう。二人はよく顔が似ていた。私の髪飾りは昔、紫乃が付けていたものと同じものなのだという。きっと蒼乃の方がよく似合った。


「で、あなたはいつ復帰するの?」


 紫乃が尋ねてきた。


「近いうちに。でも、まだここにいたいんだ。友達がいるから」


 私が答えた。


「私は後回し?寂しいわ」

「今回もありがとう、紫乃」


 声が掠れた。なんだか甘えるような声を出した気がして、少し恥ずかしかった。

 くす、っという笑い声とともに電話が切れる。また事件が起こったら連絡してもらえるらしい。期待が嬉しかった。同時に、地元の事務所の依頼を今回横取りしてしまった形になったのを思い出した。もしかしたら、京都の怪異退治の会社に不破怪異対策事務所の実力を誇示できた、と考えているのかもしれない。だとしたら、少しやっかいかもしれない。まだまだやっかいごとは残ってる。けど、今の気分は悪くなかった。



 陽光の下を、私は歩いていく。学園の敷地に入ると、今は昼食時間らしく、多くの生徒が渡り廊下を歩いていくのが目に入った。

 校舎の入口から、敷地内の寮を目指した。やがてたどり着くと、寮の建物の壁に二人の人影が背中をつけて待っていた。切れ長の目がこちらを向いた。小夜香さよかが手を上げた。


「連絡しといたよ」


 そう言うと、隣の明菜あきなが顔を上げた。

 私は手を振って、二人の方に歩いていく。

空には雨雲は一つも無くて、私は思わず太陽に目を細めた。

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ヒナゲシのさまよい スミハリ @saab

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