第9話Part8

 ……長い時間をかけて、私は自分のことを話し終えた。

 どうしようもなくて、私がどうしようもできなかった話。未熟な私がなにもできなかった話だった。

 小夜香も明菜も沈黙している。事実は全て話した。凄惨な場面はもちろん省略したのだけれど、それでも私は話してしまった。どんな対応をされるだろう。それだけが不安だった。


 「そう、なんだ」


 しばらくして明菜が口を開いた。いたわるような声だった。私はやはり自分のことを話すべきではなかったのかもしれないと悔しくなった。私は今関わっている事件を解決しようとしている。それなのにも関わらず、私のミスについて聞かせてしまったのだ。不安になるのも当然なのに。それでも、私に気遣ってくれている。私はこんなに情けない。


 「オカルトがこんなに身近にいた……」


 小夜香はため息をつきながらそう呟く。

 しばし、首を捻り、視線を落とした。私は部屋の真ん中に置いた小さなテーブルの前に座り、話をしていた。目の前には明菜が、私のベッドの上に小夜香は座っている。


 「でも雛ちゃんは……結局今回の仕事を受けることにしたのよねえ」

 「うん」

 「それはどうして?」

 「いや…………だったから。また何もできないのも、私には関係ないって思えなかったから。それに今回は、明菜さんの友達も関わってる。その子も助けてあげたいの」


 私の全てだった。この仕事は。それだけじゃない。自分の本能を無視することはできなかった。勝手に化物に誰かが殺されてしまえ、とは思えなかった。

 そして、憑依型ひょういがたの仕業かもしれないと思ってからは今度こそ、取り憑かれた人まで救ってあげたかった。私は本当は、あの時殺すべきじゃなかったのに。蒼乃も取り憑かれた人も、どちらも救わなければならなかった。

 今回こそ、まさに救わなければならなかった。


「そっかあ。それなら私と同じねぇ。私はオカルトが好きで、きっと興味を持つことはやめられないの。雛ちゃんだってそうでしょう?やめられないことだってあるのよ。難しく考える必要なんてないわ」


 そういうものなのだろうか。

 明菜が頷いている。


「うそついてごめんね」

「いいよ。この仕事のことは言いにくいわ。それで、今回の事件さ、どういうことか教えてくれる?あの子が何か関係してるの?」


 私は先ほど送られてきたPDFと、メモ代わりの大学ノートを広げて説明を始めた。


 明菜はさすがに困惑していた。


「よ、ようは不破さんの話にも出てきたその悪い霊がその子に取り憑いて、悪さっていうか一族の人を殺させてるっていうの?どうして?」

「それについては、さっき送ってもらった資料なんだけど……その子はいわゆる『忌み子』なの」

「なかったことにしたい子ってこと?」

「そう。というよりは、隠されてたって感じだけど……でも、役割としては座敷童に近い」


 紫乃からの資料によれば、洲波の家はごくまれに、遺伝的な影響なのか、色素の薄い双子の女の子が生まれてくる。一族が繫栄した当時は、当主の娘が双子だった。そして、双子が生まれるたびに一族は景気が良くなっている。しかし、今から百年ほど前、双子の体調が悪化し、亡くなってしまった時、一族は急に経済的に打撃を受けた。が、その当時の当主の孫に双子が生まれると、また持ち直した。これらは迷信かもしれない。けれど私の憶測と組み合わせると……


「おそらく憑依型に取り憑かれているのは、双子の片割れなんだと思う。双子を一族の繁栄のために産ませるという儀式は現代までずっと行われてきたんだ。で、事故とかで死んでしまわないように、本家の屋敷の中に幽閉されているんだと思う。その双子が誰の子かは分からないけど、一族の中の誰かなんじゃないかな?」

「で、でもわたし、遊んでた子は一人しかいなかったよ?」


 慌てたように明菜が言う。


「たぶんもう片方の子は出歩けない事情があったんじゃないかな?」


 例えば病気がちだとか。足が悪いとか。


「で、その子は何とかして外に出た。どこに閉じ込められていたかは知らないけど、築年数から考えて、屋敷は相当古いってことがわかってる。だから抜け穴が出来ていたのかも。それで偶然明菜さんに出会って、遊ぶことになった。その前からちょくちょく抜け出してたのかもしれない。他の子と違って、状況的にも明菜さんはその子にとっては遊びやすかっただろうから」

「……その子はなんで取り憑かれたの? ずっと閉じ込められてきたから? その復讐?」


 小夜香が尋ねてきた。


「これは憶測だけど、片割れ、つまり明菜さんと遊んでいなかった子に何かあったんだと思う。だって、無事なら連れて逃げているはずだから」


 明菜が息を呑む。良くない想像をしたのだろう。


「どんな不幸があったんだろう?」

「わからない。それはこれから探すしか。けど、動機は分かってる。小夜香が言ったように復讐だよ。自分の片割れに何かあった。それは洲波一族のせい。だから復讐しようとしている。自分たちを辛い目に遭わせた一族が自分たちの恩恵を受けて生きているのが許せない。だからかたっぱしから殺してる……それで、調べた所、洲波の家は経営状態がかなり悪化している。明菜さんも何か感じるところはなかった?」

「確かにそういう話は聞こえてきてるよ。昔、親戚をよく招いていたけど、今はやってないし。羽振り良くないから顔を合わせづらいのかもね」


 犯人の目的は復讐だ。いたぶっているのだ。

 諸悪の権化である当主の春江がまだ無事でいられるのは、苦しめるためだ。

 一族は、過去の伝説の再来をチャンスととらえた。けれど、なんらかのトラブルが起こった。双子の姉に。生まれてこの方、お互いしか寄るべのない二人。そのうちの一人に起こった出来事は、残された片割れの心を砕いた。そのせいで、片方は強い負の感情を放ち、憑依型に取り憑かれた。

 そして、監禁されていた家から脱走し、今に至るというわけだろう。


 真っ先に殺された長男は明らかに深く関わっている。憎悪が抑えられなかったのか真っ先に殺された。

 どうやって自宅を特定したのかは謎だが、おそらく跡をつけたのだろう。

 そして、それ以降の二件について。なぜ自分達を苦しめた元凶、すなわち当主の春江を次に殺さなかったのか。それは複雑な理由があるのだろう。想像するに、犯人は自分達が当主達によって一族のために利用されていることを知っていたのだろう。そのため、報復として、できるだけ一族の人間を殺そうとしている。居場所は長男の冬彦を脅して聞けばいい。三人目の犠牲者の府議会議員は、冬彦と面識があった。そして、「できるだけ」最後に当主を殺す。

 そうすれば、復讐は果たせる。


「できるだけ」というのは現実的な問題から考えて、だ。

 一族全員を根絶やしにするのは当たり前だが容易ではない。

 一族自体が集まりをやめてしまったのも原因の一つだろう。

 集まりをやめたのは当主の信頼が下がったというのも理由にありそうだ。調査によると一族の分家の派閥が強くなりかかっているのもそうだし、明菜が当時集まっていた時は、まだ羽振りが良かったのだろう。

 実際にこの信仰は効果があったのだろうか。双子のマスコット信仰は。

 ただ単に時流に乗ったからうまくいっていただけなのではないだろうか。

 成功した時期がたまたま似通っていたから、それが歴代当主に受け継がれてきた信仰を確かなものにした。時流に乗り、実力に驕った結果、慢心してしまった。だから事業が傾き出した。そして実力のあった者も、ついに一族を見限って他家に嫁いで、そこの事業の方が見込みがあると考えた。これはいろいろ関連企業を調べて得た結論だ。


 そして一族はますます弱体化した。不幸な偶然の連鎖の結果。当主達はますます焦る。

 その後アクシデントが起こり、今回の事件が起こった。こういう流れではないか。断片的に真相らしきものをつなぎ合わせた妄想にすぎない。だが、確かめる方法ならある。私はこれだけ街を回った。犯人が事件を起こしていた街を。警察も犯人を警戒している。

 だが、警察もまだ犯人の潜伏場所を見つけることができていない。つまり、街の中にはおらず、ひとけのない所に隠れながら、郊外を移動しているのではないだろうか。郊外にある、場所。そして潜伏しながらでもいつかは向かわなければならない場所。


 つまり、当主の屋敷へと。

 戻ろうとしているのではないだろうか。

 先ほど、当主を後回しにした理由はできるだけ当主への復讐のために恐怖を煽るためだと考えたが……それが正しかったとすれば、それに時間をかけすぎると当主が逃げ出す可能性がある。それだけは避けたかったはずだ。息子が死んだ時も一見して失踪の可能性もあった。二件目も事故、自殺の可能性も考えられた。


 けれど、三件目は明らかに他殺だった。

 これ以上、事故や失踪に見せかけるのは難しくなってしまったのだろう。あるいは、偽装するだけの理性を失っているか。心を完全に蝕まれてしまっていれば、もう取り憑かれた少女は感情をコントロールできてない。

 そして、偽装の知識はおそらく憑依型の異誕から学んだ。

 人間の強い負の感情から生まれた憑依型は、その感情の持ち主達の知識、いわば悪知恵を引き継ぐこともある。そしてそれを可能にするだけの能力も。

 いずれにしろ、犯人は一連の事件から明らかに当主が逃げ出した自分を恐れ始めている、ということを薄々感じているはずだ。

 となれば、そろそろ決着をつけにくるはずだ。そして私はそれを待ち受けるだけだ。


「たぶん、犯人は近々屋敷を襲うはず。私がそこでその子を捕まえる」


 明菜が少し青ざめ顔で頷く。小夜香は硬い表情で黙っていた。


「助けてあげられるの、あの子を」


 明菜が心配そうに尋ねてくる。


「助けて見せる、絶対に。私はそのための術を持ってる」


「わたし、さ。わたし、この学校に来る前に、「休み時間にあの子がいたならきっと楽しいだろうな」って思ったことあったんだ」


 明菜は顔を上げ、しっかり私を見据えてきた。


「事情があったんなら、なんとかしてあげてほしい。それで、それで。言うんだ。あの時、気づいてあげられなくてごめんね、って。もう一度、遊べたらいいねって」

 言葉を明菜は詰まらせる。

「勝算はあるのね、雛ちゃん?」


 小夜香が念を押す。

 私は力強くうなずいた。あとは待ち構えるだけだ。


 急に。頭の片隅が冷たくなるような感覚が襲ってきた。

 そんな馬鹿な。このタイミングで?

 私は勢いよく頭を上げる。

 小夜香と明菜がぎょっとした様子で私を見つめた。


「きた」

「「え?」」

「絶対についてこないで、明菜の友達が来た!」


 この学校と屋敷は近い、おそらく人目につかない場所を通り抜けて犯人は移動している。この学校と地続きになっている屋敷へ、周囲の自然を利用して進むつもりなのだ。

 それを、私の感覚がとらえた。


「追いつかないと! 」


 私はポーチを取り出し、武器を準備する。


「ちょっと雛ちゃん着替え!どこにしまってんの!部屋着で行くつもり?」


 洋服箪笥を見つけた小夜香がそう叫んだ。


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