第二話 マジック・プリンセス
「何か言ったか」
フィトはヤケだった。そもそも、相手は勇者を倒した魔王軍のエリートだ。
「『このブタ野郎』って言ったのよ、ブタ野郎」
フィトはそう言うとローブを着始めた。
そのオークは、また眉を上げた。
「……おまえの仲間は死んだ」
「おまえの仲間もね」
「おまえは完全に武装解除されている」
「わかってるわよ。全裸だもの。ほかに何かした?」
「さあな」
「ふん。おまえたち汚らわしいオークが戦場で女たちにすることなんて決まってるわ」
フィトは睨んだ。魔王軍に襲われた町や村で女たちを襲った出来事をフィトはよく知っていた。だが、フィトの体には、極度の疲労と魔力の枯渇以外に目立ったダメージはなかった。
「仲間が死んだってのに、考えるのは自分のことか」
「おまえが殺したのよ」
フィトはそのオークを睨みつけた。
「人間の王女さまってのは命知らずだな。すぐにでも転移魔法を使えばいいのに、おれと世間話をしてやがる」
そのオークは、呆れたような顔をした。フィトはそのオークのことばに違和感を感じた。
「どうしておれがおまえをコイツで撃たないって思うんだ?」
「そうしたいならもうそうしてるでしょ」
そのオークは、怒るでもなく肩をすくめた。
「確かにな」
フィトは、ようやくどこかおかしいことに気が付いた。このオークは自分が王女であることも、転移魔法を使えることも知っている。
「どうしてわたしのことを知っているの」
「当たり前だろ。おまえら全員、知ってるぜ」
そう言うと、そのオークは勇者のパーティの全員の名前と主要な戦歴をすらすらと言ってのけた。
「……ま、そういうわけで、だ。トリナを速攻で無力化できた時点でおれたちの勝だったってことだ」
そのオークはフィトが気を失っていたあいだのことを語って聞かせた。回復役をまず倒すことで短期決戦に持ち込んだこと。相討ち覚悟で前衛に攻撃を集中させたこと。
「まさか、オークにそれだけの知能があるなんて」
「あいにくな」
そのオークは苦笑した。
「それがおまえらの負けた理由だよ。敵のことを調べて対策する。そんな変わり者がおれらの中にもいたってことがな」
そのオークは横たわっている自分の仲間たちを見て、今度は寂しげにつぶやいた。
「ともあれ、もう戦いは終わった。とっととお仲間連れて帰れよ」
そう言われて、フィトは目の前のオークをあらためて怪しいと感じた。なぜ、このオークは自分の命を助け、城に帰そうとするのだろう。
「あんた、わたしの体に何かした?」
「してねえって言ってるだろ」
「城に帰ると爆発する呪いとか、悪魔が自動召喚されたりとか」
「疑うんだったら城じゃねえところに行って隠れてろよ。うるせえなあ」
オークは呆れた顔をした。確かに、疑えばキリがない。フィトは今度は別の脅威に注意をそそぐことにした。
「女神の加護」を得るという任務に失敗し、パーティは全滅した。仲間の死体とともに帰れば、王位継承を争う姉たちに自分を追放する格好の口実を与えてしまう。
「女神の加護」
フィトはつぶやいた。せめて「女神の加護」を持ち帰らなければ、自分の命の危機は去らない。
「そうよ、『女神の加護』。おまえ、『女神の加護』を知らない?」
そのオークの様子が少し変わった。フィトは、不思議に思った。なぜか、困惑しているようだった。それまでそのオークは冷静沈着だったのに、だ。
「あー、おまえらが狙ってたアレな。おれらの任務はおまえらにアレを渡さないことだったから、おれらの任務はめでたく完了。それでいいだろ」
何かを隠している、フィトは直感した。
「まさか……あんたが『女神の加護』を?」
フィトは慄然とした。
「知らねえよ」
オークは手で頭を掻いた。
「まあ、『女神の加護』のことは心配することねえよ」
そう言うと、オークは床に座り、クロスボウを横に置いた。
「おれはもう、戦いにはこりごりなんだよ。魔王軍は抜ける。そうだな、森で木でも切って暮らすわ」
フィトは、オークが「森で木でも切って暮らす」と言ったことに思わず吹き出してしまった。それまでの緊張の糸がついに切れてしまったのだ。
「やけに平和ね」
「別にいいだろ」
フィトに光明が見えてきた。もしこのオークが「女神の加護」をもっているのなら、手ぶらで帰らなくても済むかもしれない。
「あんた、名前は?」
オークは少し考えるようなそぶりをしていたが、やがて言った。
「そうだな、おれだけおまえの名前を知っているのは、そうだな。無礼だよな」
「今更無礼?」
フィトはまた噴き出した。仲間の仇なのに、調子を狂わされる。
「おれはコブタだ」
「わたしと一緒に城へ来ない?」
このブタ野郎、とそのプリンセスは言った。 rinaken @rinaken
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