Pair.6

【幕間】ペロネコ

 お茶会の直前。


 新人メイドのペロネコは、先輩メイドから押し付けられた仕事をしていた。


 ようやくのことで小庭園のテーブルセッティングを終えた彼女は息をつく。


 そして宮殿へ踵を返した時、彼女は呼び止められた。



「ねぇ、これはセットしなくても大丈夫なのかな?」



 ペロネコが振り返ると、薄布ヴェールで顔を覆い隠す助祭服の少年がいた。


 彼は、ワゴンに残された一組の金製のティーセットを手で示していた。


(? 人数分は配置したはずだけど……? それになんで大教会の人が此処に?)


 ペロネコは疑問に思い、助祭服の少年をまじまじと見た。


 きっと十六歳の自分より年下の少年だ。彼女はそう直感した。


 なぜなら彼の声は、声変わり前の幼さを残していたから。


 また、マディル公爵領で細工師をしている幼馴染の声と比較して、高音に思えたので、彼女は自身の判断に確信を持った。


「指示をいただいていないので、私には判断致しかねます」


 職階持ちの聖職者とメイドになったばかりの商家の娘。


 地位は少年の方が上だ。彼女の地元なら対等かもしれないが、皇都の大教会の聖職者は将来有望な幹部候補だ。ペロネコは遠回しな拒否を慇懃に返した。


 しかしながら、そんな遠慮を助祭服の少年は気にも留めない。


「そうですか? 女官のギルデッド男爵夫人はあちらで作業されていますよ」


 中央のテーブル付近で、あの特徴的な巻き髪を結わえたギルデッド男爵夫人が立っていた。


 助祭服の少年は手で遠くを見るような仕草をして言う。


「準備に熱が入っているようだ」

「中央の二席は、皇太子妃殿下とクェス公爵令嬢のお席になる予定ですから」


 もし、お茶会の場で失態を犯せば、事前準備の統括を任せられたギルデッド男爵夫人自身や、ひいては主催のクェス公爵令嬢の責任が問われるだろう。それで、普段から神経質な夫人が余念なく最終チェックをするのは不思議ではない。


 ペロネコにとっての問題は、この少年の言う通り、ワゴンに残されていた一組の金製のティーセットを準備するかどうか。


 今回のお茶会で用意されたテーブルウェアや椅子の類は、席によって種類が異なる。


 簡潔に言えば、中央それ以外


 中央の席において、たとえばティースプーンやシュガートングは金製、ティーカップの白磁にも金箔が多用され、素材の色を保つのはテーブルクロスとシュガーポットの角砂糖ぐらいのもの。椅子は背もたれと座面を飾る張地の刺繍が金糸であった。


 それ以外の席は銀で統一されている。


 つまり、金に代わり銀器が、銀色の糸が席を飾る。


 それでも庶民意識の強いペロネコにとっては、どれもお高い金銀財宝。


 万が一にでも、これらのテーブルウェアに傷を付けるようなことがあれば解雇は免れない。それどころか、弁償代で一年間タダ働き間違いなしだ。そう思うと、陶器はもちろん壊れにくい匙でさえも運悪く紛失してしまいそうで触りたくないのが彼女の本音だった。


「私は手伝った方が良いと思いますよ?」

「そんなこと、訊くまでは誰も分かりません。……ギルデッド男爵夫人!」


 中央のテーブルから離れるギルデッド男爵夫人に、ペロネコは声をかけた。


 しかし、夫人は落ち着きのない様子で去り、彼女の声は無視されてしまった。


(忙しいからって、無視しなくても良いと思いますけど……)


「ほら、ペロネコさん。ここに椅子もありますよ」


 助祭の少年は、一脚の、中央のテーブルと同じ様式の椅子を指し示す。


 会場近くまで運んでおきながら、誰かが忘れて配置されなかった椅子。


 これ見よがしに置いてあるものを見逃してしまった責任を、彼女は想像する。


 その責任は当然、最後まで残っていたペロネコに押し付けられるだろう。


 先程までの仕事テーブルセッティングが彼女の担当となった流れを思い出せば、容易に想像できた。


「……分かりました。準備致します」

「中央に追加される一席は誰が座るのかな。皇后陛下かな?」

「私は存じませんから……!」


 彼の能天気さに嫌気がさす。仕事を押し付けてきた彼にペロネコはむかついた。


 皇太子妃殿下とクェス公爵令嬢と同格の令嬢なんていない。


 次点である元皇太子妃候補達ですら銀の席に配される予定なのだから。




 こうしてペロネコは予期せず陰謀に巻き込まれることとなった。


 そしてまた、見知らぬ助祭から一方的に名前を知られていることに彼女は気づかない。

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罪人は今世を復讐に、前世と来世を彼に捧ぐ 宮枝ゆいり @yuiri_ito

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