第11話VS高齢者
「ワシ、これが観たい」
「はあ?」
初っ端から戸惑ってすまねえ。俺は
説明
順を追って話せば今朝の出来事から始まる。
突然俺の父方の曽祖父が家にやってきて「映画に行きたい」と俺を誘い出してきたのだ。毎度ながら妙なタイミングで俺の家に来るひいジジイであるが、最近公開したばかりの海洋ドキュメンタリー映画『
『洋海ウォッチ』とは海の生き物に焦点を当てた映画シリーズのことをいう。2時間半ぶっ通しで大スクリーンに映し出される海洋生物を拝み倒すのが特徴的で…… まぁ、これだけ聞くとかなりつまんなそうに思えるが、これが見るとなかなか面白い。前作の『タコ回』もそこそこ見応えがあったしな。
今回はどうやら『クラゲ回』のようで、ひいジジイも「絶対面白いから観るぞひ孫よ! 帰ったらクラゲを買うぞ!」と意気込んでいたあたり相当楽しみにしていたようだ。昨日は夜も寝れなかったらしい。
ということでひいジジイの付き添いで、ここ『ゐをんシネマ』にさっき着いたのだが……
「こっちの方が面白そうじゃ」
「はあ!?」
着いて早々ひいジジイが映画の変更を提案してきた。
着いてすぐだぞ、着いてすぐ。ゐをんシネマについたらひいジジイの目にとある映画のポスターが留まったのか知らねえが着いてすぐにこんなこと言われたんだぞ。流石の俺でもびっくりだぞ。
「こっちって…… まさか……」
俺は恐る恐るひいジジイが指差すポスターまで視線を移し、作品を確認してみる。
映画ポスターの中には傘をさした高校生と思われる男女が捨て猫を囲んでおり、これは確か……
今高校生で話題急上昇中の『相思相愛アイ傘』じゃねえか!
『相思相愛アイ傘』…… 通称『アイ傘』は高校生の男女が梅雨の日にいちゃいちゃするといった超人気俳優とアイドルが織りなすweb小説原作の恋愛映画のことである。その甘いストーリーは歯もとろけてしまうと言われるほどに激甘らしい。
しかしながらその激甘ストーリーがとことんティーンエイジャーの心を鷲掴みにしており、ここ最近テレビでも特集が絶えない超話題作となっている作品だ。映画に疎い俺でも知っている程の知名度となっている。
「おい、『洋海ウォッチ』観るんじゃねーのかよ!?」
「さっきまでそうじゃったが…… 気が変わった。ワシも恋愛映画が観たくなってきての……」
意味が分からねえぞ。海洋ドキュメンタリーと糖度マシマシ恋愛映画じゃ全然テイストがちげえじゃねえか! たくあん食おうとしたらケーキが出てきたみたいな気持ちだぞ……
どこをどう気が変われば海洋ドキュメンタリーから恋愛映画に気持ちが移るんだよ。
しかも年寄りが急に「恋愛映画が見たい」だなんて……しかもティーン向けのやつ…… 歳を考えろよ。
「じゃあ『洋海ウォッチ』どーすんだよ!?」
俺が向こうに貼ってある『洋海ウォッチ』のポスターを指差す。青い海の中、クラゲが1匹気ままに揺れておりとても
『洋海ウォッチ』の口でゐをんシネマまで来たのにここにきて観る映画変えられたらたまったもんじゃない。
「……そんなクラゲしか出ない映画…… 絶対つまんないじゃろ」
「そっちが誘って来たんだろーが!」
クラゲしか出ないって言われても『洋海ウォッチ』はそういう映画なんだから仕方ねえよ。それにその『洋海ウォッチ』を視聴しにここまで時間かけて俺たちはゐをんシネマまで来たんだろうが。今更そんなこと言われてもどうしようもねえだろ。
俺的にこんな虫歯になりそうな映画よりも俺は海に揺れるクラゲを眺めていた方がよっぽどいいと思っている。
なんならひいジジイの奴も、ここに来るまでずっとクラゲについて語り散らかしていたのに唐突に態度変えてきたんだぞ。困惑不可避だろ。
「売木の倅よ、こっちを観るぞ。最前列でドキドキしたいわい」
「嫌だぞ、なんで俺がひいジジイと恋愛映画観ねえといけねえんだよ!!」
ひいジジイと一緒に恋愛映画を劇場で見るなんて、親と観るより苦痛だろ。どんな気持ちで映画を視聴することになるか俺ですら想像つかねえ。
しかも最前列とか俺の首を
「大体、周りみてみろよ。カップルだらけじゃねえか! しかも若いカップル! 何が楽しくて俺はひいジジイと一緒に『アイ傘』観ねえといけねえんだよ。当初の予定通り『洋海ウォッチ』にするぞ」
「嫌じゃ! 嫌じゃ! ワシは『アイ傘』観ると心に決めたんじゃ!!」
なんでダダこね始めるんだよ! あの映画は高齢者の心まで掴むというのか!? そんな馬鹿な……
ただ向こうで上映している『洋海ウォッチ』の列に並んでいる連中を確認すると年配層が多く、特殊なのは俺のひいジジイだけのようである。まぁ、そうだよな。
「いやきついだろ。あの映画は高校生の恋愛模様を描いているんだぞ。周り見てみろよ、高校生ばっかりじゃねえか! この中で一人年寄り入ってみろ、浮くぞ!」
「恋愛映画に年齢は関係ないじゃろ。好きなものは好きで何が悪い! ワシは己を貫き通すのみ、はよ行くぞひ孫よ」
もっともらしくまとめやがったけど、現実そうじゃねえだろ! 関係ないにしても限度がある。相手は歯の浮くような激甘ストーリーなんだぞ、年寄りの思想が耐えられるワケねえだろ。
しかし困ったぞ。ここに来てこうも強く主張されちゃ本当に『アイ傘』になってしまう。これだけは避けてえなあ…… 俺も彼女いねえからなんとも言えねえけど、こういう映画は友達か付き合っている彼女彼氏と観るもんだろ…… 少なくとも小汚い年寄りと一緒に観るような映画ではねえぞ。
ひいジジイと一緒に『アイ傘』…… 絵面もかなり
「考え直せひいジジイ。こんな映画より絶対『洋海ウォッチ』の方が面白いぞ! こういう華やかなポスターに騙されがちだけど、案外ストーリーに歯ごたえがなかったりするもんだぜ」
「クラゲしか出ない映画にストーリーもへちまもないじゃろ」
それは…… そう…… かも…… しれねえけど! その映画を観に行こうと言い出して朝から俺を引っ張り出したのはひいジジイの方じゃねーかよ! 多少は誘った側としての責任を持てよ。自分で推薦した作品を論破しようとするんじゃねえよ。
「やはり映画というのはこういうプリチーなアイドルがヒロインでなきゃつまんないじゃろ」
ひいジジイが更に続いて最もらしいことをぬかし出す。んなこと言われんでも分かってる。クラゲかアイドルかと言われたらアイドルの方が世間の目を引くのは明白だ。
俺は再度ポスターを見上げる。『アイ傘』のポスターには『この二人、梅雨でも曇らない』とお決まりのキャッチコピーまで掲げられており…… なんだか見ていて腹が立ってきたぞ。
そりゃ作品に罪が無いのは俺でも理解しているが、なんというか……坊主が憎けりゃ袈裟まで憎い理論よろしく『ひいジジイが憎けりゃ彼の愛する映画も憎い』と言ったものだ。
何が『この二人、梅雨でも曇らない』だ。臭いキャッチコピーだな。二人の仲に天気関係ねえだろ、とっとと曇って雨でも降ってくれって感じだ。
あぁ〜 ムカムカしてきたぞ。
「なんじゃ売木の倅よそんな梅干しみたいな顔をして…… もしかして、あれか…… お前さん、彼女がおらんからこういう映画に耐性がなくて悔しくなっているんじゃろ?」
「こんなタイミングで煽るんじゃねえよ! 言われもないことで当て擦ろうとするな! 『洋海ウォッチ』が観てえから主張してるんだよ」
俺が困惑している間に調子に乗りやがって…… こんな年寄りの相手をするひ孫たちは皆注意しろよ。突然こんなことを言い出すんだからな。
「ワシは…… この映画を観ないと死んでも死にきれん! 頼む売木の倅よ、ワシと一緒に『アイ傘』を観ようぞ」
んでもってこの辺りで頼み込むという手法にシフトチェンジしてくるんだよな。付き合ってらんねえぞ。来た当初はこんなに意向が高かったわけでも無いのにこの有様だぞ。気が変わりすぎだろ。山の天気じゃねえんだから……
「はーあ? マジかよ、俺ひいジジイとラブストーリー観るのかよ……」
「そうじゃよ。悪くないじゃろ」
悪いに決まってるだろ。良いことなんて一つもねえよ。リスクしかねえよ。
「ほらはよ行くぞ。急がんと最前列が取れんくなるぞぉ!」
「うっげ……」
ひいジジイに無理やりチケット売り場まで連れ込まれてしまった。
結局激しい抵抗空しく、俺とひいジジイは超激甘高校生ラブストーリー『相思相愛アイ傘』を最前列で観ることになった。若いカップル達に囲まれて高齢者と高校生のカップル…… 異様な目で見られたのは言うまでもねえだろ。
いや、それ以前に受付の姉ちゃんから3回ぐらい聞き返されたぞ。挙句の果てに「本当に『アイ傘』なんですね!? おじいちゃんと『アイ傘』観るんですね!? 後悔しないですか!?」って確認までさせられたぞ。そこまで確認するんなら最初から高齢者出禁にぐらいしておけや。それだったら俺のひいジジイも諦めがついて『洋海ウォッチ』ルートを辿れたはずだったのによ。
映画の中身はそれはもう…… 事前情報に一切の偽りなく、血圧が上がりそうな程の甘々ストーリーであった。物語に関しては素晴らしい作品であったのだが……
マジできつかった……
本当にきつかったぞ。
あんな甘い映画なのにひいジジイが『いちご味ポップコーン』と『ホイップクリームの乗ったアイスココア』を買ってきたから、くどすぎてガチで苦しかった。
加えてあのストーリーだぞ。俺の血糖値は過去になくバカ上がりしたんじゃねえかってくらい糖分に侵されてしまったぞ。
ひいジジイ? 俺の隣で元気よくポップコーンと頬張りながらココア流し込んでいたぞ。明日死ぬんじゃねえか? もう知らねえよ。
それで、なんやかんやあって映画が終わっての帰り際…ひいジジイの奴なんて言ったと思う?
「ワシも猫飼いたい」だとよ。
勝手にしろって話だろ。俺の体調をぶっ壊す気か。クラゲでも飼っとけ。
戦う高校生『売木』、例の如く現代社会の敵に立ち向かう 一木 川臣 @hitotuski
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