Outro(また別の日の話)
「お蝶さんっていろんなお酒飲むけど、苦手なものはないの?」
「苦手なお酒ですの? そうですわね……お酒を初めて飲んだのがフランスでのことでしたわ。そのせいか大吟醸みたいに甘い日本酒は苦手ですわね」
「あー日本はワインもシードルも甘くしちゃうことが多いからね」
「ですわ。“果実味の豊かなワイン”というのは普通、香りが摘みたてのブドウを感じさせるという意味ですの。“ブドウの味がする”という意味ではありませんわ。カルヴァドスは“リンゴの香り”というより“リンゴ由来の香り”ですし」
「じゃあリモンチェッロもダメ?」
「シチリアのレモン酒ですわね、食前酒ならともかく、普段飲むには甘すぎますわ。あとペルノーのようなアニス系も、甘くはありませんが……」
「日本で言うところの薬草系だね。その割に甘いカクテルは飲むよね、すだち酒も気に入ったみたいだし」
「甘いなら酸味とのバランスですわね。日本酒だと『plus1984』というお酒は甘酸っぱくておいしかったですわ」
「古酒をブレンドした三芳菊らしい特徴的なお酒だね。甘いものに酸味を求めるタイプなら、日本酒の選択肢は少ないわけだ。そっかー、意外と苦手なお酒ってあるもんだね」
「ナツさんこそいかがですの? お店に置いてる以上のお酒を飲んできたのでしょう?」
「ん~? わたしは梅酒とかレモンサワーが一番だよ。コンビニでもコストコでも買えるし」
「えっ?」
「え?」
「え、じゃないですわ。あなたバーのマスターですのよ? お酒に一家言ございませんの!?」
「いや、わたし。お酒飲んで酔っ払うのは好きだけど、おいしいとかよくわからないし。飲んだ味は忘れないけどね」
「えぇっ!?」
「お酒の味、わっかんない!」
「かわいく言い直してもダメですわよ、それはっ!?」
「そうは言うけどさぁ、アードベッグとか何がおいしいの? 煙臭いし薬臭いし、コーラでも飲も?」
「バーのマスターとして最大の暴言ですわね……」
「お客さんが好きだっていうなら否定はしないけどね。グリーンピースの炊き込みご飯が好きな人もいるだろうし」
「最大の暴言が短時間で上塗りされましたわ……」
「ウィスキー自体、ハードルのあるお酒じゃない。アルコール抜きならオレンジジュースの方がいいでしょ?」
「たしかに……その辺りはより刺激を求めて奥地へ分け入る探検家の如しですわ」
「わたしも飲めはするけど、飲みやすいかどうかくらいしかわかんないよ。お蝶さんが苦手なアニスとか大吟醸にしても、そういう奥地の沼地のひとつ、だとわたしは思ってる」
「ならナツさんはどうやって仕入れるお酒を選んでいるのですわ? お客さんにお勧めすることもありますわね?」
「仕入れはねぇ、ボトル見てジャケ買い。あとお客さんの要望で増えてったね、アードベッグもそう」
「飲みたいお酒を入れていただけるのは嬉しいですわね。ジャケ買いで失敗はありませんでしたの?」
「あるある、バーボンなんかジャックダニエルくらいしか出なくてね」
「それは客層ですわね。確かにこのお店はバーボンのイメージがありませんわ。ではおすすめを聞かれたら、売れ筋を出しているだけですの?」
「んーん。お客さんの知識をパクったり、売れ残ったバーボンをそれとなく推してたよ。腐るもんじゃないから置いておいてもよかったけど」
「最大の暴言がまた更新を……」
「お互いに損をしたわけじゃないし……許して?」
「まぁその通りですわね。ならナツさんは、どうして好きでもないバーを始めたのですわ?」
「それはねぇ、わたしはお酒飲むの好きだし、お酒飲んでる人を見るのも好き、だからだよ」
「うふふ……なら、ナツさんには向いてるお仕事ですわね」
「お蝶さんの笑い方って、『おほほ』じゃないんだね」
「どういう偏見ですの!?」
(完)
常連にならなくてもできる! バーよもやま話 筋肉痛隊長 @muscularpain
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