けんもほろろ

ばーとる

本文

「仮面ライダーとショッカーって、どっちが正義だと思う?」


 本当に最悪だ。朝から頭が痛くなる。どうしてオタクというのはいきなり意味のわからない話をってくるのだろう。しかも、わたしたちが会話を交わすのは、これがほとんど初めてと言っていい。この、駅のホームから転落したと最近うわさの鉄道オタク女は、わたしとの初めての話題として仮面ライダーを選んだ。センスがないどころの話ではない。オタクはこれだから友達ができないのだ。


 とはいえ、不幸にもわたしにはこの質問に答える義務が生じている。なぜなら、わたしからこの女に声をかけてしまったから。いつものように「おはよう!」と言って教室に入ったら、中に居たのはオタク女ただ一人だけだったのだ。かのじょひかえめながらも「おはよう」と返した。二人きりの教室は居心地の悪いせいじゃくに包まれる。


 そして、例の質問がオタクの口から出てきて、現在に至る。


 ダルいダルいダルいダルい。あそこで会話が終わってくれていたらどんなによかったか。こんなことになるなら、お母さんとけんしてご飯を抜いて家を出るべきではなかった。お腹は空くし、オタクにはからまれるしで、一石マイナス二鳥だ。


 さっさと答えて、この意味の分からない会話にしゅうを打とう。わたしは仮面ライダーをほとんど観たことがないから、当たり障りのないことしか言えない。それでも、ショッカーが悪役であることは知識として知っている。


「ショッカーじゃないの?」


 だから、知っていることを答えた。


 さて、これでわたしは会話と言う名のバスに乗ったことになる。運転しているのがこのオタク女で、行先表示が読めないという二つの欠点を持ったバスだ。早く次の停留所に止まってくれないだろうか。


「そうなんだ」


 その一言だけつぶやくと、かのじょかばんから文庫本を取り出した。こちらに見せるのかと思ったが、何のことはない。そのまま自分だけで読んでいる。


 はぁ? 何? それだけ? 終わり?


 会話の急ブレーキにおどろく間もなく、わたしは前の座席に頭をぶつけた。最初から期待はしていなかったが、それにしても話し相手のあつかいが雑すぎる。


「ねえオタク、わたしのことバカにしてる?」


 ああああああああああ!


 言ってしまってから気づいた。そのままバスを降りてしまえばよかったのだ。絶好のチャンスをのがしてしまった。


「別に。あと、私の名前ははる


 オタク女は開いたばかりの本を閉じてそう言った。


 どうしよう。まさか自分で会話が続く流れを作ってしまうとは……。なんだかいろいろと腹が立つ。朝ご飯を食べていないせいだろうか。今日はなんだか調子が悪い。


 もういい。こうかい先に立たずだ。会話を続けるのなら、私がハンドルを握ったほうがマシだ。


「じゃあはる、今の質問は何だったの?」


たかさんが、私のことを理解してくれそうな人なのか、そうじゃないのかを確かめた。そのための質問」


 どう考えてもはるはわたしのことを上から目線で見ている。確かめたというよりは試したと言う方が正しいと思う。そして、質問をした結果、わたしはかのじょのお眼鏡に適わなかった。だから興味を無くして本を開いたということだろう。


 ムカつく。とてもムカつく。


「何? それで、わたしにはあなたのことが理解できないと判断したわけ? 話をっておいてひどくない?」


「それはごめん。これ以上話が発展しなさそうだったし、たかさんの時間をにしてしまいそうな気がしたから……」


 そういうことを平気で言うから友達がいないのだ、こいつは。


 のどもとまで出かかった言葉を、き上がってきたいかりと共に、すんでのところでむ。これを言ってしまうと負けのような気がする。かのじょはわたしをみした。つまり、自分の時間を割いて友達付き合いをするだけの価値がわたしにあるのかを見ようとした。でも、そうやって作った友達は、きっと友達ではない。友達と言うラベルをった、いっしょに居るだけの何かだ。そんなものの候補に自分がなったというのは、なんだか認めたくない。


「私のことをあまり知らないくせに、勝手に私の考えを決めつけないでよ」


「それもごめん」


 ……………………。


 わたし、なんでこの人に謝らせているのだろう。はるのことがわからなくて、自分の考えもまとまらなくなってきた。


「ねえ、はるはどう思うの? 仮面ライダーとショッカーはどっちが正義なの?」


 このままだまってしまうのも気まずいから、テキトーな質問をしてお茶をにごす。


「私はどっちが正義でもいいと思う。ショッカー10人の中に仮面ライダーが1人居たら、悪いのは仮面ライダーの方になる。人数が逆ならせいじゃも逆転する。多数決よ多数決。どっち側に着きたいかと聞かれたら、私はショッカーを選ぶ。たぶん、そっちの方が福利厚生がしっかりしているから」


 急に難しいことを言い出すからおどろいた。しかも、質問をしてすぐに自分の考えを話し始めたから、答えはすでに用意していたのだろう。まあ、それもそうか。先にこの質問をしたのはかのじょの方なのだから。


とがった考え方をしているのね」


穿うがった考え方をしているだけ」


 はるは文庫本をかばんってこちらに向き直った。そしてまっすぐにわたしの目を見る。真実を見通すようなするどい視線がさる。


とがった考え方ってどんな考え方?」


 聞かれて、困ってしまった。とがっているかどうかなんていうのは、生活をしていると勝手に身につく感覚だ。友達とはそういう感覚が共有できているから、説明をしたことがない。


「少数派ってことかな?」


 なんとかひねり出した答えがこれだった。


「じゃあ多数決には勝てないね」


 はるは、でんたくたたいたように素早く返した。


 多数決。正義と悪。この言い方だと、少数派であることが悪いことであるように聞こえる。考えてみると、多数派の悪なんて聞いたことがない。そうか。多くの人が正義だと認めてしまったらそれは正義になってしまうのか。


「少数派であることって悪いことなのかな?」


「私はそうは思わない」


 その場しのぎの返事ではなく、はっきりとした主張だ。


「悪者っていうのは、多数派が共通の敵を作るために勝手に仕立て上げるもの。全部プロパガンダと同じ。日本だって、戦争中はだいとうきょうえいけんちく米英だって言っていたけど、連合軍から見ると日本は頭のおかしい極東のジャップだった。戦争は数が多いほうが勝つってランチェスターの法則にもあるから、結局は多数決。日本国内で見ると、日本が正義だと思っている人が多数派だった。世界レベルで見ると、日本を悪だと思っている人のほうが多数派だった。それだけの話。単純なこと。ここで質問。日本とアメリカはどっちのほうが悪かった?」


 単純と言いつつ、話がいちいち難しい。ランチェスターの法則なんて初めて聞いた。でも、言いたいことはなんとなく伝わった……と思う。


「それは答える人によってちがうでしょ。それぞれの人がどう感じたかじゃない?」


「そう。別に客観的なひょうじくがあるわけではない。だから、人に正義だ悪だというレッテルをるのは、感情にり回された人間がすることだと思う。正義はともかく、感覚で人を悪だと決めつけるのはいいことではないはず」


 今までわたしはこの人をおかしい人だと思っていたけど、話を聞いてみるとおかしな点は一つもない。むしろ、おかしいのは視野がせまかったわたしの方だと気付かされた。しかも考え方がしんせんだから、少しだけ話が面白い気がする。少しだけだけど。


「今のは国と国の話だけどさ。学校の中でも同じことが言えると思う。善悪じゃなくても、少数派と多数派に別れることはよくある。友達関係がその例」


「確かに」


 ここで言う多数派は、いわゆるいっぱんじん。そして少数派はいわゆる変人。そして、一般人は変人を見下し、がいし、けいべつする。自分が多数派に属していることにあぐらをかいて、平気で少数派の心をみにじっている。


 ……私もみにじる側の人だ。


たかさんは、鉄道ファンが駅のホームから落ちたってニュースは聞いた?」


「うん」


「落ちた人が私のことだってうわさが流れているでしょ?」


 新学期が始まってすぐのころは、みんなこの話で持ちきりだった。あいつは鉄オタだ。あいつはおかしい。ホームから落ちた。人にめいわくをかけたヤバいやつだ。いろいろなことを聞いた。わたしも話を盛り上げた人のうちの一人だ。


 はるは再び私の目を見た。さっきよりも視線がさらにするどくなっている。


「それ、プロパガンダだから」


 ここに来て全てがつながった。なぜはるが仮面ライダーの話をしたのか。誤解をときたかったからだ。思い返すと、かのじょは筋を立てて話をつとめていた。そのちゅうで理解をあきらめていたのはわたしの方だ。


「わかった。信じる」


 そう言うと、はるの口角が小さく上がった。かのじょのこのような顔を見るのは、これが初めてだ。私はこの人とまともに話もせずに、他の人の評価、それもへんけんに満ちた評価だけを聞いて、変な人だとみなしてしまっていた。全然そんなことはないではないか。この顔を見ると、そう思えた。


「ありがとう」


 かのじょはこれまで、どれだけ苦しんできたのだろうか。話したこともない多くの人が、自分に関する事実無根のうわさを流し続けている。自分の評価がその噂をもとにくだされている。それは私ではないとずっと思っていたはず。わたしはなんてひどいことをしてしまったのだろうか。わざとではないし、罪の意識すらなかった。だけど、これはきつすぎる。


「ごめん。わたし、多数派の意見にまわされてしまっていた。はるのことを知ろうともせずに、いろいろと決めつけてた」


「いや、いいよ。自分の誤解を解くのは私自身の責任だから」


 そういうかのじょは、なんだかあきらめることに慣れている人のように見えた。つらいことがあっても、だれにも打ち明けずに自分だけで処理してしまう。したたかといえば聞こえはいいかもしれないけど、とてもさみしいことだと思う。その寂しさを、少しでもめてあげたい。いや、そんなこととは関係なしに、彼女のことをもっと知りたい。わたしはそう思った。

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