ルート2 乙女ゲーを知らない野心家の攻略


 私の人生は勝利が確定している。


 何故なら、私の愛は誰よりも優れているからだ。

 

 そして、私はこの世界の仕組みを知っているからである。



 私の名前はアンゼリカ。

 この世界の主人公です。


 待ってください! イタくないです!!


 実は私には前世の記憶があるんです。


 待ってください! イタくないです!!

 最後まで聞いてください!


 ふぅ……。

 前世の私は、凡才どころか、はっきり言えばバカだった。


 日本という国で生まれ、普通の家庭で育った。


 両親から英才教育など受けておらず、特に期待もされていませんでした。


 そんな私には好きな人がいました。


 出会いは小学校の時です。

 最初は、何だこの人はと若干、引いたことを覚えています。


 その人の名前は梅子さんと言います。


 彼女はものすごい頭が良い人でした。

 テストの点数で99点を取り、泣き出したこともあります。

 そのことにクラス中から顰蹙ひんしゅくを買っていましたが、彼女がそのまま救急車に運ばれたのを見て、クラス全員がドン引きしました。


 彼女はそのまま1週間、入院しました。

 皆でお見舞いに行った時、彼女は看護師の静止を振り切り、勉強してました。


 必死に止める看護師、教科書を取り上げる両親、そして、その教科書を奪い返す梅子さん。


 その場はカオスでした。


 皆は引いていましたが、私はすごいと思いました。

 そして、カッコイイ人だと思いました。

 今、思えば、私が彼女を好きになったのは、この時だったと思います。 


 彼女はいつも堂々としており、自分に絶対の自信を持っていました。


 私は小学校の時の卒業アルバムを今でも持っています。


 皆さんも書いたかもしれませんが、将来の自分を書くコーナーがあるじゃないですか?


 私のページには、お嫁さんと書いてあります。

 えへへ、ちょっと恥ずかしいですね。


 彼女は、ただ一文字で”王”と書いてあります。


 すごいですよね?


 前に”王”って何と聞いたことがあります。


 返ってきた言葉は…………


『貴様はバカか?』


 酷いですよね。

 あと、貴様って……。


 これだけ言うと、彼女はさぞ、皆に嫌われているだろうと思うかもしれません。


 しかし、彼女は人気者でした。

 それは小学校、中学、高校でも変わりませんでした。


 そんな彼女は中学から高校までの6年間で6回生徒会長を務めました。


 普通は無理です。


 どうやったのか聞いたことがあります。


 ただ、ニヤッと笑い、教えてくれませんでした。

 おそらく、悪いことをしたのでしょう。

 彼女は自分に逆らう人間には容赦しませんでした。


 高校の時、彼女はイジメられていたことがあります。

 

 生意気、ウザい、調子に乗っている。

 まあ、彼女をイジメようと思う理由はいっぱいあります。


 私は思っていませんよ!

 一般論です!


 その時はクラスが別だったので、大丈夫かなと心配していました。


 そして、1ヶ月後には、イジメはなくなりました。

 イジメていた人は、彼女を崇拝していました。


 意味がわかりませんよね?

 私もです。


 そんな彼女は本当に王になるかもしれません。

 ちなみに、王とは、世界の支配者だそうです。


 意味がわかりませんよね?

 私もです。


 私はそんな彼女のことがずっと好きでした。

 ライクじゃなくてラブの方です。


 彼女は世界を支配したいようですが、私はそんな梅子さんを支配したいのです。


 私は梅子さんのすべてが欲しいのです。


 梅子さんのカラダ

 梅子さんのココロ

 梅子さんの美しい髪の毛

 梅子さんの素敵な爪

 そして、梅子さんの巨大な野心


 梅子さんのすべてが私のものなのです。


 しかし、この願いはかなえられそうにないです。


 あんな規格外の彼女を凡才の私がどうやって支配すればいいのかわかりません。

 間違いなく、返り討ちです。


 私は彼女に告白する勇気もありません。

 彼女を捕え、監禁する勇気もありません。


 何故なら成功するビジョンがまったく見えないからです。

 失敗すれば、彼女を崇めるだけのモブの仲間入りです。


 私は彼女の信者にはなりたくありません。

 彼女を私の信者にしたいのです。


 私は、そんなささやかな願いもかなえられない小心者なのです。


 でも、私は幸せでした。

 彼女のそばに居られたからです。


 頭の良い彼女は常に地元で一番の学校に入りました。

 バカな私は必死です。

 なんとか彼女と同じ学校に行くために、死ぬ気で勉強しました。


 しかし、大学は厳しいです。

 彼女の志望大学は、私には到底無理でした。

 それでも努力しました。


 …………無理でした。


 私はショックで入院しました。

 両親が心配していましたが、私の心には響きませんでした。


 私の心にいるのは梅子さんだけなのです。


 もしかしたら、梅子さんは大学で彼氏を作るかもしれません。

 もしかしたら、梅子さんはその彼氏と✕✕✕するかもしれません。

 もしかしたら、梅子さんはその彼氏と結婚するかもしれません。


 発狂しそうです。


 私は今まで、彼女に近づく悪い虫を退治してきました。

 しかし、学校が別では、それも難しいです。


 私は決めました。


 告白しよう!!

 彼女に告白し、彼女を手に入れよう!!

 失敗したら、一緒に死んでもらおう!!


 私は彼女の家に向かった。


 しかし……


 彼女の家は暗かった。

 ヒトがいっぱいいた。

 みな、黒いふくを着ていた。

 みな、ないていた。

 かのじょはシんだ。


 そして、ワタシの意識はナクナッタ。



 私の死因は心臓麻痺らしい。


 何故、死因を知っているかって?


 自称神様のお爺さんが教えてくれたからです。


 どうやら私は梅子さんが死んだことへのショックで死んだようです。


 私は自分の死よりも梅子さんが本当に死んだのかを聞きたかった。


 私はお爺さんに詰め寄った。


 梅子さんは?

 私の梅子さんは?

 どこにいるの?


 お爺さんが言うには、梅子さんは不幸な事故により、心臓麻痺で死んだらしいです。


 想定外の死であったため、梅子さんは別の世界に意識を持ったまま、転生したらしい。


 異世界転生だ!!


 私はアニメを嗜むため、知っている。


 梅子さんは異世界転生したんだ!

 きっと、魔王になって、世界を支配するんだ!!


 お爺さんに話を聞くと、梅子さんが転生したのは、乙女ゲームの世界らしい。



 …………なぜ?


 私は梅子さんのことを梅子さん以上に知っている。

 ストーカーだからだ。


 あ、私の部屋の梅子さんコレクションどうしよう?

 ……まあ、いいか。


 梅子さんに詳しい私は、梅子さんが乙女ゲームの世界に行くとは思えない。

 梅子さんはもっと殺伐した弱肉強食な世界が好みだろう。


 お爺さんに詳しく話を聞くと、梅子さんはそもそも異世界転生を知らなかったようだ。

 お爺さんにおすすめされた世界にそのまま行ったらしい。


 まあ、彼女はどんな世界だろうと、目指す先は同じだから、どこでも良かったんだろうな。


 逆に考えれば、そんな危ない世界に私が行ってもすぐに死ぬだろう。

 割かし平和な世界に転生できると思えば、ラッキーだ。



 …………………………。



 は?

 なにをいってるの?

 殺すぞ!! 



 …………………………。



 私は普通に死んだので異世界転生が出来ないようだ。


 おじいちゃん、ちょっとこっち来てー。



 …………………………。



 私は梅子さんを追うことにした。

 お爺さんも私の健気な心に泣いて感動し、特別に許可をくれたのだ。


 しかし、問題がある。

 今度こそ、梅子さんを手に入れようと思うが、どうやる?

 彼女は怪物だ。

 凡人の私では対処できない。


 おじいちゃん、ちょっとこっち来てー。



 …………………………。



 お爺さんは私を乙女ゲームの主人公に転生してくれると約束してくれた。


 どうやら梅子さんは主人公を嫌がったようだ。

 

 おそらく、身分だろう。

 梅子さんは平民を嫌がり、貴族か王族に転生したんだろう。


 おじいちゃん、梅子さんは誰に転生したんですか~?


 …………………………。


 ん?

 なにをいってるの?

 へー、この世に神様って必要かな~?

 ……死にたいの?


 …………………………。


 無理なものは無理らしい。


 まあ、梅子さんが誰に転生しようが、彼女は目立つからすぐにわかるか……。

 

 ところで、おじいちゃん、何で泣いてるの?


 え?

 私の愛に感動しただけ?

 ふふ、当たり前でしょ。

 それで?

 チートは?

 梅子さんを手に入れるためのチートは何!?


 …………………………。


 ねえ、おじいちゃん?

 あなたは私に何度、同じことを言わせるの?

 学習してください。

 それとも、自殺願望でもあるの?

 呪い殺すわよ!!


 …………………………。


 

 チートはないらしい。

 その代わりに乙女ゲ―の攻略本を貸してくれた。


 ふむふむ、攻略対象は全員男か……。

 気持ち悪い……。


 梅子さんが男に転生するとは考えづらい。

 彼女はノーマルなのだ。


 となれば、狙うはこの”百合ルート”かな。


 攻略対象とイベントをこなさなければ、最後の舞踏会で百合ルートに入れるらしい。


 告白成功率は100%!

 すばらしい!!

 これならあの梅子さんが手に入る!!


 よし!!

 さあ、お爺さん!!

 早く、私を梅子さんの元に連れて行って!!


 ああ、梅子さん……。

 今度は必ずあなたを幸せにしてみせます!!




 こうして転生した私は幼少期から極貧生活を送っていた。


 中世の時代の庶民はこんな感じのようだ。

 ゲームなんだからもう少し緩くても良いと思うけど。


 キツい。

 お腹が空いた。

 梅子さんはどこ?


 攻略本によると、主人公であるアンゼリカは、幼少期に苦労したらしい。

 両親は火事で死に、一人ぼっちでも、なんとか生きたそうだ。

 そして、魔法の才能が開花し、学園に入学するらしい。



 …………両親、生きてますけど?


 何、これ?

 いきなり違うじゃない!

 このままでは百合ルートに入れない!!

 

 仕方がないなー。



 ……………………ふふ。




 私はアンゼリカ。

 昨日、火事で家と両親を失った。

 しかし、その時、魔法に目覚めたのだ。

 それは火魔法……じゃない、水魔法だ。


 火事になったが、私の水魔法でなんとか鎮火した。

 私は天涯孤独になったが、問題ない。

 この魔法の力でお金を稼ぎ、予定通り、学園に入学しよう!!



 私はその後、魔法でお金を稼ぎながら、梅子さん対策のために、ありとあらゆる魔法を学んだ。


 中には禁断の魔法もあるが、仕方がない。

 ふふ。



 そして、数年後、乙女ゲームの舞台となる学園への入学が決まった。



 私は未だに梅子さんを見つけることができていない。

 この学園でも見つからなかったら、かなり厳しいことになる。

 私は今まで以上に集中して梅子さんを探すことにした。


 しかし、それは杞憂に終わった。


「おい、貴様! 今、私を凝視したな!? 不敬であろう!! 私を誰だと思っている!?」


 私が考え事していると、後ろから声が聞こえてきた。


 無理があるよね?

 明らかに、私、見てないよね?


 しかし、そんなアホを見て、気づいた。


 梅子さんだ!!

 このアホは梅子さんだ!!


 ……なるほど。

 主人公である私を排除するつもりだ。

 梅子さんは私にイチャモンをつけ、始末するつもりなんだろう。

 自分が王になるために邪魔な私を殺すつもりなんだろうな。

 ………………ふふ。


「も、申し訳ございません! 貴女様があまりにも美しすぎたため、感動して体が動きませんでした」

「ほう、貴様、見る目があるな。 名は何というのだ?」


 完璧超人な梅子さんにも弱点がいくつかある。

 

 まず、自分が大好きな梅子さんは褒められることに弱い。

 チョロインなのだ。


「私はアンゼリカと言います。今日からこの学園でお世話になるものです」

「アンゼリカ? ふん、庶民の分際で大層な名前だな」

「申し訳ございません。私も過ぎた名だと感じております。失礼ですが、貴女様の名前を教えていただけないでしょうか? 一生の宝にします」

「私? 私は公爵家のエリザベスである」


 梅子さん、悪役令嬢に転生してるよ……。

 大丈夫?


「な、なんと美しいお名前でしょう!! 私、感動しました!!」

「ほ、ほう」


 すごい嬉しそうだ。


 名前を褒められてそんなに嬉しいかな?

 本当に自分が大好きなんだな、この人。


「はい。本当に素晴らしいです!! お名前も、家柄も、容姿も!! 私、貴女様のような完璧な人を見たのは初めてです」


 結婚詐欺師の気分だ。


「何!? 名前も家柄も顔も完璧だと!? 貴様、やるな? よし、そこまで言うなら、貴様を私の下僕にしてやろう。 嬉しいだろう?」


 あなた、私を殺しにきたんだよね?

 自分の懐に入れてもいいの?

 ふふ。


「わ、私なんかをエリザベス様の下僕にしていただけるなんて!! ありがとうございます!! 身命を賭してお仕えします!」

「そうか、そうか。そんなに嬉しいか」


 嬉しそうなのはあなたですよ?

 本当にちょろい人だなー。


 よし!!

 もう少し、踏み込もう!!

 我慢できない!!


「あ、あの、お姉様って呼んでもいいですか?」

「は? お姉様? 別に呼んでもかまわんが、私は貴様の姉ではないぞ」


 ふふ。

 梅子さんはあまり、サブカルチャーに詳しくない。

 美しい女の世界を知らないのだ。


「私、幼いころから両親をなくし、兄弟もいませんでした。一人ぼっちで悲しいです。せめて、呼び方だけでも!!」

「そ。そうか。ならば、好きに呼べばいいぞ。私は寛容だからな」


 完璧超人な梅子さんにも弱点がいくつかある。


 頭が良すぎる梅子さんは変な事を強く言われるとパニックになって思考が停止するのだ。


 ふふ、目が泳いでますよ?


 おや? 可愛らしい手が寂しそうですね?


「おい! 何故、手を繋ぐ!!」


 可愛いからです。

 おや、こんなところに桃が……。


「やめろ! 私の可憐なお尻を触るな!!」


 本当に可憐ですね?

 ダメだ、鼻血出そう……。


 私は梅子さん改めお姉様の下僕になることに成功した。

 

 まあ、1年後は貴女が私の下僕になるんですけどね。

 ふふ。


 お姉様の下僕となった私はお姉様の威光のお陰で何のトラブルもなく、学園生活を送れている。


 しかし、有象無象の貴族令嬢が私とお姉様の関係に嫉妬して忠告をしてきたことがあった。


「貴女、エリザベス様にイジメられてません? 確かにエリザベス様は公爵家の人間ですから、怖いのはわかります。しかし、学園内は身分に関係なく、皆、平等なのですよ?」


 この女は何を言っているの?

 さては、私からお姉様を奪おうとしているな!


「心配してくれてありがとうございます。しかし、エリザベス様はとても良くしてくれていますので大丈夫です」

「そう? ならいいけど」


 ふん、ざまあみろ!

 私からお姉様を奪おうとするなんて最低よ。



 ある日、お姉様にランチに誘われた。


「おい、アン! 食事にするぞ。さっさと私のランチを取ってこい!」

「はい、お姉様! すぐに取ってきます!!」


 私は、お姉様の食事を用意する。


「バカか!? 何故、肉料理なのにナイフがないんだ!? 貴様はノロマな上にアホか?」


 ふふ、ごめんなさい。


「も、申し訳ございません! 私はこのような食事をしたことがないのでわかりませんでした!!」


 本当はわかりますよ?

 バカな私でもステーキには、ナイフとフォークが必要なことくらいはわかります。


「ああん!? 知らないだあ!? そんなんで、この学園で生活できると思っているのか?」

「申し訳ございません! あ、あの、私に貴族の礼儀作法を教えて頂けないでしょうか?」

「ん? まあ、教えてやってもいいが……」


 お姉様は優しいですね。

 ふふ。


「ありがとうございます!! でしたら、今日の放課後、お姉様の部屋に伺ってもよろしいですか?」

「別に来てもいいが、寮にはベッドと机くらいしかないぞ?」


 ベッドがあれば、十分です!!


「ありがとうございます!! でしたら、お泊りセットを取りに帰りますので、その後に伺います」

「はぁ? 何故、泊まる必要がある? 貴様も寮生だろう?」

「お姉様の部屋はきらびやかなんでしょう?」

「そりゃあ、貴様の部屋よりは豪華だろうよ。 私は公爵家だぞ?」

「はい、存じております。私はこの先もお姉様にお仕えしたいと思っております。なので、お姉様の生活を学びたいのです」

「ほう、今のうちの高貴な生活を勉強したいと。なるほど、貴様も私の覇道についてきたいのだな。それは良い心がけだ。ならば、我が部屋で学ぶがいいぞ」


 覇道って……。


 私はお姉様の部屋にお邪魔することになった。


 お泊りだー!!

 ぐへへ。


「おい、アン、貴様はそこのソファーで寝ろよ」

「…………」

「何故、ベッドに入ってくる!? これは1人用だ!」

「まあ、まあ」

「おい! どこを触っている!?」

「いいから、いいから」

「いいから、いいからじゃない!!」


 お姉様、いい匂い。

 そして、やわらかい!!

 ダメだ、鼻血出そう……。


 こんな感じで、私はお姉様と上手くやっていると思う。



 私とお姉様の関係には障害が1つある。

 それは、王子だ。

 


 は?

 性別? 何それ?



 お姉様とこの国の第1王子は婚約しているようだ。

 おそらく、お姉様は第1王子を操り、この国を支配するつもりなんだろう。


 私はこれをぶち壊すことに決めた。

 方法は簡単だ。


 私が王子を操るのだ。


 ふふ、私には禁断の魔法がある。

 これを使い、王子にお姉様に対する不信感を募らせるのだ。

 そして、魅了の魔法をかけ、お姉様との婚約を破棄をしてもらおう。


 私が禁断の魔法を使い、お姉様に対する不信感を募らせると、あからさまにお姉様の態度が変わった。


 お姉様は王子と同じクラスである私に、王子のクラスでの様子を聞いてきた。


 私は、王子はクラスでは気さくな人で平民である私にも話しかけてくれると言った。


 それを聞いたお姉様はその場で悩みだした。


「もしかして、私が美しすぎるから緊張しているのか? そして、そんな高値の花が婚約者であることを意識しているのか? ハァ、美しいことって本当に罪なんだな。アンもそう思うだろ?」


 相変わらず、自分に絶対の自信を持っている。

 すごいな。


「私もそう思います。私が王子様でしたら、お姉様を直視などできません!!」

「うん、うん。そんなに褒めるなよ。お前が私の事を慕っているのは、よくわかっている」


 お姉様は本当に嬉しそうだ。


「しかし、問題だな。……よし! 貴様、王子に私のことを良く言え! 人間というのは本人からアピールされるよりも他者からの評判を信じるものだ」


 相変わらず、人の心を操るのが上手い人だな。

 本当に王者な人。


 まあ、もう少しで貴女は、私に跪いて、奴隷のように乞うんですけどね。

 ダメだ、鼻血出そう……。


 もちろん私は王子にお姉様のことを良く言わなかった。

 

 むしろ、わざとため息を吐いたり、王子をチラチラと見たりした。


 そして、魅了の魔法をかけた。

  

 お姉様に本当にアピールしたのか確認されたが、もちろんですと答えた。

 お姉様は首を傾げていた。

 かわいい。


 ふふ、これで準備は万端だ。

 あと少し、あと少しでお姉様が手に入る。


 お姉様を手に入れたら、まずは私の事をお姉様と呼ばそう。

 ふふ。

 ダメだ、鼻血出そう……。


 私は来週の舞踏会でお姉様のすべてを手に入れることを妄想し、鼻血が噴き出そうになった。





 そして、舞踏会の日、私は笑いを堪えながら王子とお姉様を観察する。


 さあ、歓喜の収穫祭だ!!


 お姉様が王子に近づくと、王子もお姉様の元にやってきた。


 そして、


「エリザベス!! 貴様との婚約は解消してもらう!!」

 

 キターー!!


「殿下! 急に何を言うのですか!?」


 王子のそばにいた大臣が慌てている。

 周りにいる学園の生徒たちもざわめき始めた。


「止めるな、大臣! この性悪女の狼藉はもう耐えられん」

「何を言っているのです! エリザベス嬢は国1番の才女ですぞ!?」


 才女って……。

 どちらかというと傾国である。


「才女? こいつが? 笑わせるな! こいつは人間のクズだ!!」

「何を根拠に言っているのです!?」


 は?

 お姉様がクズなわけないでしょ!?

 王子にはこれが終わったら死んでもらおう。


「こいつは同じ学年の女生徒をイジメている!」

「は?」


 お姉様はポカンとしている。

 かわいい。


「こいつは私のクラスメイトであるアンゼリカ嬢を平民という理由だけで、こき使い、挙句の果ては、夜な夜な部屋に呼びつけ、暴行を働いているのだ」


 お姉様は未だに停止している。

 やはり、頭が良すぎるお姉様は変な事を強く言われるとパニックになるのだ。


「ほ、本当ですか?」

「本当だ! アンゼリカは平民ということで誰かに打ち明けることが出来なかったのだ」


 そうそう(笑)


「何故、殿下はご存じなのですか?」


 まあ、そう思うよね。


「アンゼリカを見ればわかる!! 私はあの娘の心の声が聞こえるのだ!! 誰かこの悪魔から助けてくれとな」


 プークスクス。


「え?」


 お姉様と大臣の目が点になった。


「アンゼリカはどこだ!? アンゼリカに本当の気持ちを聞こう!!」


 そろそろ私の出番かな?


「で、殿下、落ち着いてください」

「落ち着いていられるか。アンゼリカ! アンはどこだ!?」


 アンと呼ぶな!

 そう呼んでいいのはお姉様だけだ!!


「あ、あの、呼びましたか?」


 私、登場。


「おお! アンゼリカ!! 今、お前の悩みであるエリザベスを糾弾しているところだ!」

「はい?」

「もう、隠さなくても大丈夫だ! 私がお前を守ってやる!!」


 近づくな!

 気持ち悪い。


「あの、お姉様、これはいったい何ですか? よく事態が呑み込めないのですが」

「殿下はエリザベス嬢があなたをイジメていると言っているのです。アンゼリカ嬢、本当ですか?」


 私はお姉様に聞いている!!

 邪魔するな!!


「イジメですか? 私って、イジメられているのですか?」


 もう少しでお姉様のほうが私にイジメられるんですけどね。

 ダメだ、鼻血出そう……。


「殿下が言うには、夜な夜なアンゼリカ嬢を部屋に呼びつけ、暴行を働いているのだと」

「そんなことはないと思うのですが…………」

「隠さなくてもいい!! エリザベスの隣の部屋の女子からもアンの声で痛いって叫び声が聞こえたと証言している!」


 ああ、あれね?

 お姉様の隣の部屋の人は、私に忠告してきた人だ。

 きっと、告げ口すると思ってましたよ?


 決して、お姉様の裸が見ようとして、殴られたわけではない。


「それだけではない。エリザベスの部屋からアンを罵倒するエリザベスの声が聞こえたとも聞いている」


 あの時は怖かった。

 お姉様って、人にものを教えるときも手加減しない。

 きっと、本人は愛のムチとでも思っているのだろう。


「本当ですか?」

「いえ、その、お姉様は貴族社会を何も知らない私に指導してくださってるだけです。お姉様は学園を卒業したら私を雇ってくれるって言いました」


 あれ、言われたっけ?

 言ってないかもしれない……。


「嘘をつくな、アン! こんなヤツ、庇わなくてもいい!!」

「あの、どうして、私が嘘をつく必要があるのでしょうか?」

「あの、殿下の勘違いと、いうことは……」

「そんなことはない!! アン! お前も私に助けてくれと頼んだではないか!!」


 魅了はかけたが、そんなこと言ってない。


「え? 私、そんなこと言いました? 記憶にないのですが……」


 王子、大丈夫?


「あ、あの、殿下、この話は後日にしませんか?」


 大臣も必死だ。

 周りも何か気まずい雰囲気になっている。


 しかし、一番、気まずいのはお姉様だろう。


 というか、お姉様、これまで一言も喋っていない。



「エリザベス! 貴様を王太子の名のもとにこの国から追放処分とする!」

「殿下!!」


 あ!

 何か攻略本にそんな展開が書いてあった気がする。

 無理やり過ぎない?

 クソゲーだなー。


「本来なら死罪を命じるところだが、貴様の家は公爵家だ。そのことを加味し、追放処分にとどめてやる。実家に感謝するんだな」


 お姉様を死罪にしたら私がお前を呪い殺す。


「お、お姉様は追放処分になるのですか? お姉様、私がついていますから大丈夫です」


 大丈夫ですよ?

 一生、私の元にいてくださいね?

 しかし、王子って、そんな権限あるの?


「何を言っているアン、お前は私の妃になるのだろう?」

「「「は?」」」


 お姉様が喋ったー!


「で、殿下?」

「私って、王妃様になるのですか? ……何故?」


 もうこの場にいる全員がドン引きしていると思う。


「何故って、私のプロポーズを受けてくれただろう?」

「いえ、そもそもプロポーズされたこともないです」

「…………」


 大臣はついに頭を抱え、項垂れてしまった。


「恥ずかしがるな。もしかして、身分差を気にしているのか? それはこれから2人で打ち破ればいい。父上もきっと納得してくれるであろう」


 あ、攻略本に書いてあったセリフだ。

 すげー、キモい。


「あの、身分差とかじゃないです。私は殿下とは結婚できません」


 誰がするか!


「何故だ!?」


 何故だ、じゃないでしょ。


「私はお姉様と結婚するんです!!」

「「「は?」」」


 お姉様、本日、2度目のセリフである。


「お姉様は私とずっといてくれるって言ってくれました」


 嫁としてね。

 まあ、どっちも嫁だけど。


「それに、私は何度もお姉様と寝ました!!」


 キャー!!

 言っちゃった!

 言っちゃった!!

 言っちゃったーー!!!


「そ、そうですか。ま、まあ、人それぞれですからな……」

「…………」


 大臣は復活したが、今度は王子が死んだ。


 もはやこの場はカオスだ。


 お姉様の目が完全に死んでいる。

 こんな大勢の貴族の前でこんなセリフを言われて、恥ずかしいのだろう。


 もう、貴女は私と結婚するしかありませんね?


 もう、完全にそっちの人だと勘違いされていますよ。


 ふふ。


「あ、あの、寝たというのはそういうことではなくて、一緒のベッドで寝たということですよ? 皆さまが思うような関係ではありません」

「でも、私、お姉様のおっぱいを触りました!!」

「貴様、黙れ!!」


 ザワザワ、ヒソヒソ。


 あはは。

 無駄な抵抗ですよ!!


 貴女の覇道はここで終わりです。


 ふふ。


 お姉様は攻略本を取り出した。


 おや? まだ抵抗しますか?


「あの、エリザベス嬢? 何故、この場で本を読み始めるのですか?」


 お姉様は攻略本を読み始めた。


 お姉様の顔がどんどん青くなっていく。

 おそらく百合ルートを知ったのだろうな。


 お姉様がこの次にとる行動は……


 

 ………………逃がさない!!


 お姉様はこの場で逃げようとしが、私の手がお姉様の腕を捕える。


 ふふ。

 絶対に離さない!


「お、お姉様!!」


 キタ、キター!!

 私の夢がー、お姉様のすべてがー。


「初めて会った時から…………」


 言うぞー!!

 神様、ありがとうー!!

 ついに叶う!

 お姉様と結婚できる!!


「好きでした!!」


 キャー!

 言っちゃった!

 でも、まだまだー!


 ん? 魔力!?

 逃がさない! 逃がさない!!


 ディスペル!!


 …………成功。


「ふふ、お姉様、無駄ですよ。私は聖女なんですから魔法をキャンセルする魔法も使えるのです」


 ふふ。

 お姉様の目に不信感がでてきた。

 気づきました?


「お姉様、それ、『恋スキ』の攻略本ですよね?」


 『恋スキ』とは私が転生したこの乙女ゲームの名前だ…………しかし、ダサいな。


「ふふ、私、好きな人がいたんです。その人はすごく頭の良い人で、ずっと憧れてたんです。その人と同じ大学に行くために、頭の悪い私はすごく勉強を頑張りました。でも、ダメでした。私はショックで病みました。でも、さらにショックなことが起きたんです。それはその人が心臓麻痺で死んだことです」


 本当に苦しかった。

 胸が張り裂けそうになった。


「えへへ。彼女は私にとって、すべてだったんです。だから、ショックのあまり、私も心臓麻痺で死んじゃったんですよね」


 ショック過ぎたのだ。

 ただでさえ、弱っていたのに追い打ちをかけられたのだ。


「そしたら、お爺さんが目の前に現れたんですよ」


 ふふ。

 お姉様、目が泳いでいますよ?

 大丈夫ですか?


「お爺さんは私を好きな世界に転生させてくれると言いました」


 お姉様、汗が出てきましたね?


「私は願いました。好きな人と同じ世界に行きたいと! そして、今度こそ結ばれたいと!!」


 願いは必ず叶う!!


「そしたら、お爺さんはこの世界の主人公に転生させてくれました。そして、助言してくれました。男と必要以上に話すなと、そして、舞踏会の場所で告白すれば結ばれると!!」


 おじいちゃん、ありがとう!!

 もう少しです!!


「でも、1つ、問題があったんです」


 1つかな?

 いっぱいあったと思う。


「肝心な梅子さんが誰かわからないことでした」


 とぼけた顔をしないで。

 貴女のことですよ?


「でも、一目見て気づきました!! そして、一緒にいて確信しました!!」


 ふふ。

 お姉様、私は貴女が考えていることが手に取るようにわかりますよ?

 どうせ、他人の空似とか思っているんでしょ?


「いえ、私が梅子さんを間違えるはずがありません!!」


 お姉様の顔が歪む。

 歪んでもかわいい!!


「こんなに頭が良くて、いつも自信満々で野心家なのは、あなただけです!!」


 ふふ。


「私はこの乙女ゲーを、あなたを攻略します!!」


 するぞー!!

 私は貴女のすべてを手に入れる!!


「梅子さん、いえ、お姉様!!」


 やったー!

 セーブ! セーブ!! セーブー! セーーブぅー!

 この瞬間を何度も味わいたい!!

 ダメだ、逝きそう!!


「好きです!! 愛してます!! 必ず幸せにしてみせます!!」

「ま、待ちなさ……」

「私と……」


 キター!!

 ついにお姉様が、梅子さんが私のものにー!!





「そこまでだ!!」


 は?

 誰だ!?


 私は声が聞こえたほうを向くと、そこには第2王子の姿が見えた。


 は?

 何が起きてる!?


 私はそこで意識を失った。



 意識を失う瞬間、口を三日月のように歪ませ、悪魔のような表情を浮かべるお姉様の顔が見えた。




 

 私は寒気を感じて、目が覚めた。


 ここはどこ?


 そこは暗い石積みの部屋であり、目の前には鉄格子が見える。


 え?

 牢獄?

 私が?

 何で!?


「やあ、アン、ごきげんよう」


 鉄格子の前にお姉様が現れた。


「お、お姉様、何故、ここに? そもそも、ここは?」

「ここは地下の牢獄だよ。いやー、私もビックリだ。まさか、平民である貴様が王子を暗殺するなんてな、クク」


 暗殺?

 何を言っているの?


「お姉様、何をおっしゃっているのですか? 意味がわかりません」

「ククク、とぼけるよー。お前が王子を毒殺したんだろう? お前の部屋から使用された毒瓶も見つかったぞ」

「な!? 私はそんなことしていません!!」

「知っているよー。貴様がやったのは王子を操り、私を嵌めることだろ?」


 え?

 バレている!?

 ま、まさか!!


「貴様、私をバカだと思っているのか? 貴様の行動は配下の暗部がちゃんと見張っていたぞ」

「そ、そんな…………」


 お姉様は私を疑っていたのか?

 何故?


「貴様、転生者だな? そして、私を知っている。まあ、貴様の前世など、どうでもよい。問題なのは、私を使って天下を取ろうとしたことだ」


 …………はい?

 天下?


「あ、あの、天下って?」

「とぼけるな。貴様、百合ルートとかいう、よくわからんルートで私を手に入れ、私の力でこの世を支配した後に私を殺す気なのだろう? ククク、『信長からの秀吉作戦』だな?」


 お姉様は何を言っているのだろうか?

 バカな私にはわからない。


「ち、違います!! 私はお姉様ことが好きなんです! あなたと結ばれたかったんです!!」

「何を言っている? 私達は女同士だろ? つまらん嘘で誤魔化すな。まあ、どのみち、貴様は死刑だ。第1王子を始末するのによく働いてくれたな。お礼に貴様の墓はキチンと作ってやるぞ」



 …………そうか。


 お姉様には理解できないのだろう。


 そういう人間がいることを…………私の気持ちも。


「ああ…………私は、あなたが欲しかっただけなのに」

「まだ言うか。まあ、どのみち私には理解できんよ。そもそも私には人を愛する気持ちなんてない。私はすべての人間の頂点に立ちたいのだ! 誰1人として、私の上に立つことは許さん!! 私こそ神なのだ!! クク、ハハハ、ハーハッハッハッハーー!!」


 ダメだ……。

 私はお姉様、いや、梅子さんを見誤った。

 

 梅子さんは自分が好きなんじゃない。


 自分がすべてなんだ。


「お姉様、何でもしますから、私をそばに置いてください。殺せと命じれば、誰であろうと呪い殺します。お願いします。私にとって、貴女がすべてなのです」


 私は泣きながら乞う。


「ほう、この期に及んでまだ命乞いか? 下々の人間の気持ちはわからんな」

「いえ、死ねと命じていただければ、自害します。1分、1秒でもかまいません。そばにいさせてください」



 ……もういい。


 私は貴女のそばに居られただけで満足だ。 


 そして、貴女の役に立って、死のう。


「そうか、そうか。貴様は野心は高いが、忠義者であったのだな。ならば命じてやろう。この国の現国王を殺せ」

「かしこまりました。いつがよろしいでしょうか?」

「そうだなあ。明日の夕方にしろ。その時に第1王子の死を民衆に国王自らが発表するらしい。そこで死んでもらおう。見ものだな。クク、上手くいったら、ここから出してやる。そして、かねてより計画していたこの国乗っ取り作戦を開始する」


 おそらく、国王を殺したら、私はお姉様に殺されるんだろうな。

 そして、自分が英雄になるのだろう。


 悪い魔女から国を救った英雄として第2王子と結婚。

 そして、第2王子を傀儡にし、国を支配する。

 その後は……。


 ふふ。


「かしこまりました。では、明日の夕方に国王を呪い殺します」



 結局、私は梅子さんの信者にしかなれなかった……。

 でも、梅子さんの役に立ち、梅子さんの手で殺されるなら本望だ。






 ああ…………梅子さん、梅子さん、梅子さん、梅子さん、梅子さん、梅子さん、梅子さん、梅子さん、梅子さん、梅子さん、梅子さん、梅子さん、梅子さん、梅子さん、梅子さん、梅子さん、梅子さん、梅子さん、梅子さん、梅子さん、梅子さん、梅子さん、梅子さん、梅子さん、梅子さん、梅子さん…………



 さようなら。



 GAME CLEAR

BAD END~百合ルート~

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乙女ゲーを知らない野心家の野望 出雲大吉 @syokichi

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