第4話 真っ赤な嘘は優しさでできている
「うーん、それも兼ねたお祝い――たとえばサンタ男の婚約または結婚を祝っていたとすれば、ぴたりと来る。男友達ばかりが集まって、うらやましいぞこの野郎ってわけ」
「婚約? 男の人同士でも婚約を祝うって、聞いたことないなあ」
「日本ではまだ少ないかもしれない。でも、アメリカなどでは割とポピュラーな習慣らしいね。独身最後の夜を、花婿は男友達とだけ、花嫁は女友達とだけ集まって、それぞれ馬鹿騒ぎをするんだ」
「それにしたって」
「ここを認めてもらえないと話が進まない」
「分かった。続きを話してみて」
「別荘はサンタ男の持ち物ではなく、友人の一人、多分裕福な育ちの男の物だろう。だが、そんな裕福な男でさえ、サンタ男の婚約を羨む。と言うことは、婚約相手の女性は、お嬢様か何かだろうね」
「サンタが逆玉の輿に乗ったってこと? 呆れた」
「ははは、別にサンタがってわけじゃないんだから。お嬢様を想定した方がしっくり来るんだ。どこかのお嬢様を射止めたサンタ男は、友人らに祝福され、しこたまお酒を飲み、泥酔した」
「あっ、何となく分かってきたわ。サンタ男を妬んでる人がいるのね。想像を逞しくすると……恐らく、別荘の持ち主の、金持ちの男が当てはまりそう。『俺があのお嬢様をものにするはずだったのに、こんな奴に横取りされるなんてあり得ない!』と逆恨みした」
「いいね。続きは君に喋ってもらおうかな」
「ええ、いいわよ。金持ち男は、他の男友達も仲間に引き込んだのかもしれない。大した害のないいたずらだから、みんな気楽に計画に乗る。その計画とは……酔っ払ったサンタ男を、その、裸にしちゃって別荘に残し、全員で引き揚げちゃうのよ」
「服を持ち去るのを忘れずに」
「それで、サンタ男が目覚めたのが二十四日の昼過ぎ。ひょっとしたら、眠り薬を盛られたのかも」
「薬じゃなければ、玩具の手錠で手足を拘束されたのかもね。それを外すのに時間が掛かったってわけ。でもまあ、時間が掛かった理由は、この際二の次でいいと思う」
「そうね。それで二十四日の昼頃、どうにか自由の身になれたサンタ男は、自の姿に気付いてとにかく服を着ようとするも、見当たらない。他の服もない。唯一あったのがサンタの衣装。……あれ? 何でサンタの衣装があるの?」
「金持ち男の温情か、それともクリスマスパーティの余興にでも使ったのが置いてあったのか。どちらかだろうね」
「うん、そういう見方ができるのね。それを着込んで、サンタ男はいよいよサンタになったと。別荘を出てみると、交通手段はカブが一台あるだけ。これも金持ち男の温情? 仕方なくこれに乗って、別荘を出る」
「そうする前に、電話で金持ち男に抗議するんじゃないか?」
「そっか。電話で助けを求めて、普通に服を着て車で帰りましたじゃ、金持ち男もいたずらした甲斐がないものね。電話線は切られていたのよ。この話の当時、携帯電話は普及してた?」
「普及し始めた頃じゃないかな。多分」
「微妙ね。携帯電話があったなら、それも持ち去るか壊すか、電池切れにするか、とにかく使えなくする必要があった、と」
「電話が掛からない。となると、サンタ男は腹の虫が治まらなくて、別荘に火を着けようとするかもね」
「ええーっ? 放火はだめ。特に、結婚を控えた人が、そんなこと考えるもんですか。第一、自分がやったのがばればれの状況じゃないの」
「となると、サンタ姿のまま、バイクで急ぐしかない。放火はしなかったが、免許不携帯だったかもしれないね」
「それぐらいは大目に見てあげないと。えっと、緊急避難?」
「ちょっと違う。いや、だいぶ違うぞ」
「いいの! 婚約者とのデートに間に合わせるために、直接駆け付けるか、自宅に寄って着替えるかは知らないけど、とにかく急がなくちゃいけないのよ」
「全部喋られてしまった。僕も同じ意見だよ。どう思う?」
「うーん、そうねえ。彼女を喜ばせるためにサンタに扮したという説よりも、男友達に意地悪されたという方が面白い。惜しいのは、どっちにしても証拠がないこと」
「別荘を当たれば、何か手がかりが掴めるかも」
「まさか、今から調べる?」
「冗談。そこまでする気はないよ」
「知り合いに名探偵がいたら、依頼してみたら? あは。――あ、ちょっとごめんね。誰か来たみたい。チャイムの音がした」
「今、家に一人なんだっけ?」
「うん」
「だったら念のため、気を付けて。よく確かめてから、出るように。覗き窓から見えるよね?」
「はいはい。心配性なんだから。そんなに心配だったら、電話、切らないでいるわ。もしものときは、悲鳴が聞こえると思うから、すぐに一一〇番してね」
「そうならないことを切に祈るよ」
「ありがと。じゃ、待ってて。はーい。今行きます。そんなに続けざまに鳴らさなくても。――はい、お待たせしましたっと。覗き窓、今から見るからね。聞こえてる、相羽君? ……うん? あれ? 何か赤い服を着た人がいるわ。ねえ、相羽君てば!」
「……」
「来客だから気を遣ってるの? まだ出てないのよ。それよりも、ほんとにおかしな人かも。何だかサンタクロースみたいな格好で」
「クリスマスにサンタクロースが来たのなら、入れてあげなよ」
「な、何で。急に冷たい」
「いや。僕は冷たいというか、寒いんですが……」
「え? 何のこと?」
「覗き窓から、そのサンタをようく見てほしい」
「一体何を……あああ!」
「早く開けてよ。純子ちゃん」
「――な、な、何で相羽君が!」
「とりあえず……携帯電話は切ろう。直接、声が届く距離に来たんだから」
「あ、そう、そうね。で、でも、どういうこと……」
「さっき、あんな話をしたから、サンタクロースの格好で現れても、驚いてくれないかな」
「驚いたわよ。サンタの格好もだけど、家に帰ったはずじゃあ……」
「帰ったふりをして、公園に向かったんだ。そこの遊具の一つに、この衣装を前もって隠しておいてね。それを上から着込んで、また引き返してきた。サンタになる際の音を聞かれないように、苦労したけど。これが種明かしの全てだよ」
「……私のために?」
「ん。まあ。君を驚かせるためというか、喜んでもらうためというか。それともう一つ。君についた嘘を取り消すために」
「嘘って?」
「プレゼントを忘れたっていうの、嘘なんだ」
「え?」
「では、改めてこれを。メリークリスマス」
「――ありがとう!」
「うわっと! 前々から言っているように、中身を確かめない内からそこまで喜ばれると、何でもいい気がしてくるよ」
――おわり
そのサンタ、トナカイに逃げられた? 小石原淳 @koIshiara-Jun
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