第3話 そのとき彼は彼女のために

「そっかあ。じゃあ……アルバイトに遅れそうになっていたというのは、どうかしら。ほら、往来にサンタ姿で立って、呼び込みをする。バイトに入る時間に遅れそうな事態だと考えれば、急いでいたことにもつながるわ」

「おお、結構辻褄が合ってきたように見える。しかし、家からバイトの服を着てバイトの店に行くのはなかなかないと思うけど。地味めな制服ならぎりぎり許せるとしても、サンタクロースの衣装となるとね。店に着いてから着替えるもんでしょ」

「はあ。もう、他に思い付かないー。クリスマスイブにサンタに扮するなんて、本物のサンタクロースか、恋人をびっくりさせたい男の人ぐらいしかいないんじゃあ……あっ、そうだわ」

「まさか」

「ええ。そのまさかだったんじゃない? バイクのサンタさんは、恋人のところに急いでいたとすれば、辻褄が合ってくる。すべてはサプライズのため。愛する彼女さんをびっくりさせようと、サンタの衣装一式をどこかから調達――それこそアルバイト先から借りるとかしてね。前の晩に、『これで準備万端。明日は彼女を驚かすぞ』って興奮しちゃって、満足に眠れなかった。おかげで当日は寝坊。飛び起きた彼氏は、約束には何とか間に合いそうだけど、現地に着いてからサンタの衣装に着替える余裕がない。そこで自宅からサンタの格好になることを思い付き、実行したのよ。これなら焦って急いでいたのにも、ぴったり」

「彼女の前に現れたときは、恐らく汗だくだね。冬なのに」

「いいじゃない。そういう努力に感激するわ」

「でもさ、そのあとどうするの?」

「何よ、そのあとって」

「待ち合わせ場所にサンタの姿で現れ、恋人をびっくりさせる。そしてプレゼントを渡す。ここまではいいよ。だけど、そのあとは?」

「そりゃあ、映画とか食事とか」

「サンタの格好で、かい?」

「あ」

「どこかで着替えなければいけないよね。彼氏さんは自分の服ぐらいは、用意していたんだろうか。プレゼントの大きな袋にでも入れて」

「うん、きっとそれよ」

「風に煽られる袋に、服を入れていても、皺だらけになるのがオチかも」

「別に、袋に入れなくてもいいんだわ。えっと、バイクのサドルの下に入れるとか。ほら、あそこって、開くと物入れになっているんでしょう?」

「今のカブはどうなのか知らないけれど、旧タイプのカブはサドルの下は燃料タンクになっているのがほとんどらしいよ。山多がサンタクロースを目撃した頃の時代なら、旧式のカブで間違いないと思う」

「ほんとに? だったら着替えを運べないなぁ……。それにちょっと考えたらクリスマスイブのデートって、とびきりのものでしょうから、着ていく服にもかなり気を遣うものだという気がしてきたわ」

「一張羅を着た上から、サンタの衣装を着た方がましだね」

「重ね着をすると、さっき言ってたように汗が……。いくら真冬でも」

「まあ、着替えるという説はこのくらいにしていいんじゃないか。いざとなったら、新しい服を街で買ってから着替えた、なんてことも言えるわけだし、あらゆる可能性を追おうとするときりがない」

「そんなことを言うからには、あなたが用意した答は、また別の形なのね?」

「うーん、どうだろう。別の形と呼べるほど、君が今言った説と大差ないと言えるかもしれない。――おっと。いつの間にかマンションに着いてた。エントランスがすぐ目の前だ。思った以上に長話になってしまっていたね」

「そう? 私は別に長く感じなかったわ。楽しいせいかな、なんてね」

「僕も。あっという間だった。暇つぶしのためと言うのがもったいないくらい。じゃあ、そろそろ……」

「えっ。もしかして、ここで話をやめるつもり?」

「僕はそれでもかまわないよ。帰り着くまで、君の声を聞いていたかっただけなので。はは」

「そんなあ。相羽君がよくても、私はどうなるの。こんないいところでやめられたら、気になって眠れなくなる!」

「ふうん、どうしようかな~」

「もうっ、意地悪。――あ、もしかして!」

「な何。いい案が思い浮かんだ?」

「ううん、違う。さっき、『君の声を聞いていたかっただけなので』なんて気取った台詞をさらっと言って、終わりにしようとしたでしょ。そこがかえって怪しく感じられてきたわ。実はたいした答を用意できていないから、話さずにすむよう、ごまかしたんじゃないかしらって」

「ひどいなあ。そんなことしないって」

「だったら話そうよー。聞きたい。聞かなくちゃあ、正真正銘、寝不足になって、明日のクリスマスをひどい顔で迎えることになりかねないわ。目の下に濃い隈ができていたら、あなたのせいだからねっ」

「分かりました。寝不足にしたくない。えっと、僕の説は、これまでに挙がった様々な説の中では、君がさっき唱えた説が最も近い、恋人に会いに急ぐっていう点が共通している。その一方で、サンタの格好をする理由が異なるんだ」

「他に考えられる?」

「少なくとも一つは。否応なく、着なければならない状況だったとすればね」

「否応なく……ちょっと待ってよ、考えるから。……彼氏さんは、サンタの衣装しか着る物がない状況だった? そんなことって」

「たとえば入浴中に、着替えも元々着ていた服も隠され、代わりにサンタの衣装しかない。しかも、人を呼んでも誰も来てくれない。こうなったら、とりあえずサンタの衣装を身に着けるんじゃないかな」

「普通、そうなるわよね。でも、十二月下旬、お風呂上がりにサンタの衣装だけを着てバイクで飛ばしたら、寒くてたまらない。デートの前に、病院に行く羽目になりそう」

「風呂は物のたとえ。僕がこの話を聞いて、考え付いたのは……あ、想像に過ぎないことを予め断っておくよ。――問題の山道の一帯には、別荘がいくつかあると言ったよね。その別荘の一つで、二十三日から行われていたパーティに、バイクのサンタもいたんだ。ただし、このときはまだサンタの格好ではなく、普段着だったろうけど」

「パーティって、クリスマスパーティ?」


 つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る