祈らずのタキシム

五目五前

第1話:月照らす 墓地に響いた 破壊音

 夕焼けに照らされた小さな共同墓地に人影一つ。黒いローブを身にまとい、熱心に墓を物色する様から墓荒らしに見えるが、どうやらその性質は真逆の様だ。一つ一つ墓石を確認し、文字が潰れていれば手にした道具で手直しし、大きな破損があれば怪しげな呪文を唱え、鞄から取り出した石をはめ込んで取り繕う。そうした作業を黙々と続けていく。最後の一つを終えて一息つく頃には、すっかり日も暮れて月明りだけがその姿を照らしていた。

「噂が確かならそろそろか....」

 辺りを見回して少年がそう呟いた時...足元で何かを強く殴打したような打撃音が響いた。とっさにその場を離れ何事かと身構える。一度、二度と続けざまに打撃音が響いたかと思うと、唐突に静寂が辺りを包む。終わったのかと油断した時、一際大きな破壊音と共に、墓石が砕け飛んだ。驚く間も無く巨大な板がすぐ傍に突き刺さる。それは棺桶の蓋。それを見て少年は確信した。何ということだろうか!死者が、棺桶の中から、自らの眠る墓ごと、大地を蹴破ったのだ!少年は先ほどまで墓があった場所を見やる、そこにあったのは、スラリと伸びた二本の脚。宙を掻くように前へと倒された勢いのまま、地中に眠っていたその体を起こす。夜風にたなびく泥に汚れた長髪、遠目でも分かるほどの華奢な身体、とてもこの惨事を起こせる程の力があるとは思えないが...不意にその人物が笑い声を上げる、憎悪か狂気かはたまたその両方か、その声に少年は覚悟を決め、人影と距離を詰める。が、まるで糸が切れたかのように人影の体が倒れる。思わず駆け寄って抱きとめ、その軽さに戸惑う。先ほどまでは夜闇で分からなかったが、人影の正体は痩せこけた少女だった。すぅすぅと寝息を立てる様はあどけなさの残る顔立ちも相まって彼女を幼く見せる。....いや、それはおかしい。咄嗟に少女の胸に耳を当てる。弱弱しくはある、しかし確かに心臓の鼓動が聞こえる。その鼓動が聞こえる度に疑念が沸き上がってくる。何故、まだ生きている人間が棺桶の中にいたのか?如何なる力を持って棺桶を蹴破ったのか?疑念を振り払うように立ち上がる少年。とりあえずはこの惨状を何とかしなくてはならない。半分気を紛らわせるような行動だったが、それによって、少年はこの夜一番の驚きを味わう事となってしまった。

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