修行

「もう無理…」


 何度全力疾走を繰り返したことだろうか、僕は地面に両腕をつけてべちゃりと倒れ込んだ。


「ん?まだ終わっとらんぞ」


 うるせぇ終わらせたいんだよ!


「何回走ればいいのさ!足取れるわ!」


「体力がつくまでと言っとるだろう」


「この空間って成長しないんでしょ?筋肉痛とかないんじゃないの?」


「あるが?」


 なに言ってんの?当然じゃんみたいな顔するなよ。

 終わらない連続ダッシュで何回吐いたかわからない、そして吐き出したものは床に付いた瞬間消える。マジで何だここは…



「とりあえず最初の3年は走り込みだ」


「3年も続けんのこれ?!」


「3年しかしないんだから良心的だろ」


 サボっていると爺さんから蹴りが飛んでくる、これがめちゃくちゃ痛いのだが傷は一瞬で消えるのだ。もう拷問だよ。


「全力疾走で6時間続けられれば次に行くぞ」


「人間の限界超えてるよ!」


「やればできるから大丈夫だ」


 なにが大丈夫だ?

 僕は一心不乱に走り続けた。





 〜3年後〜




「そろそろ最低限の体力も付いたな、徒手空拳をやるか」


「ヒュー……ヒュー……」


 6時間全力で走り切った、もう呼吸もままならないほどだ。喉が切れて血の味がした。

 途中から時間感覚なんて無くなった、この空間にいると睡眠や食事の時間は必要ないのだ。

 僕はただひたすら走るだけのマシーンと化していた。

 だが、ようやくこの地獄も終わったようだ。

 仰向けに倒れてガルド爺さんの言葉を聞いていた。


「徒手空拳には流派によって型や技が多数存在するが、お前にはあえてなにも教えない」


「ヒュー……ど、どうすんのさ」


「実戦で覚えた方が圧倒的に早い、そして自分に合った型を見つけやすい。つまり儂が満足するまで戦う事になる」


「……それ死ぬのでは?」


「ここで死ぬことはない、安心して儂に殺されろ。初めは死んでばかりだと思うがな」


 ガハハと気前よく笑いながら拳を振り上げてくる。

 爺さんの拳は目で追えなかった。


 パンっ!と心地の良い音が響いたと思ったら、視界がぐらりと揺れる。

 そして地面に倒れ込んだ、少し離れた場所には僕の下半身がゴミのように置かれていた。

 爺さんの拳が僕の腹を打ち抜いて消滅させたらしい。

 痛みを感じる間も無く僕は死んだ。


 目を覚ますと万全の状態に戻っていた、まるでゲームのリスポーンみたいだなぁ。


 お腹はまだジンジンと痛むが動けないほどではない。


「わかったか?安心して突っ込んでこい」


 爺さんの笑顔がこれほど怖いと思ったことはなかった。



 〜??年後〜



 僕は徒手空拳、短剣、片手剣、槍で爺さんと渡り合う。


 徒手空拳は何度も死に物狂いになりながら自分なりの型を習得できた。

 最初は爺さんの真似をしていたが体格の違いはもちろん、筋肉のクセ、重心の動かし方、腰の捻り方、力の伝達が僕とは全く違うと理解できた。

 全部殺される前の走馬灯で気が付いたことだ。


 僕はここでひとつのスキルを覚えていた。

 その名も『走馬灯学習法』

 死ぬ前に予習復習することで次の命を少しでも長く繋げることができる。

 僕の未来は常に死の先にある。


 最適化された動きで爺さんの腹に一発ぶち込んで合格をもらえた。

 ただの掌底だが身体中の内臓を微塵にする程度の弱い衝撃は伝えられた。

 目、口、鼻から血を噴き出している爺さんを見て数年ぶりに心から笑った気がする。

 もう少し腰を入れて打ちたかった。


 短剣と片手剣の剣術と槍は基礎だけを教わった。

 爺さん曰く、どんな奥義を持っていても究極の基礎には敵わないらしい。


 数年間ひたすら素振りをする、基礎が完璧になるまで爺さん監視の元、合格をもらうまで振りまくる。

 その後は実戦で相変わらず殺されまくるのだ。


 爺さんは容赦なく絡め手やら技やらをバンバン使うし、僕は走馬灯学習法で身体に技を刻み込んでいく。

 手から武器を離されたり、腕が落とされた後は余った拳で襲い掛かる。

 結局最後は拳が解決するよね。


 爺さんも体術は武器が無くなった時に必要だと言っていた、剣術を使う人は体術を極めてから始めるのだろうかと聞いたら目を逸らされたが、まぁ学んでおけば損はないからと宥められた。

 なんだかムカついたので不意打ちで頭をぶっ飛ばしてやった。

 爺さんを初めて殺したけど、すぐ生き返るし罪悪感なんてなかった。


 剣も槍も体術の応用でどうにかなるのは最近理解できた。

 相変わらず油断すると首を刎ねられるし、集中力が続かないと槍で心臓と頭に穴を開けられる。

 その度に走馬灯学習のおかげ少しずつ抵抗出来ている。



 〜???年後〜



「そろそろ気を学んでもいい頃だな」


 爺さんは僕の首を刎ね飛ばしながらそう言った。

 くるくると視界が回って吐きそうになるが、胃は繋がってないのでなにも出ない。

 ……リスポン!

 毎回生き返る時は強制的に身体の電源を入れられたような感覚がする、こればかりは何万回繰り返しても慣れないなぁ…


「気?やっと武器の扱いにも慣れてきたのに新しいことやるの?」


 最近は10回のうち1回程度の頻度で爺さんを切り飛ばせるようになった。そろそろ楽しくなってくる頃だっていうのに…


「体術は最低限付いたな、これだけ鍛えれば外の世界でも死ぬことはあるまい」


「爺さん知らないの?外って平和なんだよ?」


「その平和な世界で死にそうになってた奴がなにを言うか」


「…そうね」


 そういえば満身創痍でここにたどり着いたのを思い出した。


「今更だけど気って何?魔力しか知らないんだけど」


「何と言われると…う~む、気に詳しくなればなるほど説明は難しくてなぁ…」


 うんうんと頭をひねらせて考え込んでしまった、気は前世でも何となく聞いたことがある。

 肩こりを治したり、健康寿命を延ばしたり、テレビで有名整体師が使ってたイメージだ。あとは風水とかだろうか?

 もしかしてこれから風水教えてくれるのかな?僕は風水で戦うの?


「人間は…いや、この世の生物は少なからず気を纏っている」


「ああ、そういう系か」


「ん?知っているのか?」


「知らんけど、ニュアンスでそんな感じかなぁとは思った。もしかして気の根源は生命力とかで、体を鍛えていれば自然と気を使える達人になったりビームにして飛ばしたり、全身に纏って髪の毛が逆立って色が変わったりする?」


 前世の漫画で見たことあるわ、というかそのまま同じか?

 僕も「なんちゃらメハ~っ!」とかできるのかな?


「え?なにそれこわ…」


 爺さんにドン引きされてしまった。

 そんなに突飛な発想だろうか、前世の受け売りなんだけど…


「気という概念はこれだ!と教えると例外やら注釈やらが多くなるのでな…それだけ特殊で多面的な見方ができる」


「そんなに難しいの?」


「難しい、今はふんわりと伝えておこうか」


「一応戦闘技術なんだよね?そんなもんでいいの?」


「魔法も同じようなもんだし良いだろう」


「そうなんだ…」


 僕魔力操作しか出来ないけど…?


「まぁなんだ…気も魔力も根源の力は同じだ」


「え?魔力と気って同じなの?」


「もちろん魔力と気は全く同じではない、むしろ反発して相克の関係にある」


「ええ……元は同じなんでしょ?」


「だからややこしいのだ、小難しいことは追々教えてやるとして、一般的に『気』とは身体能力を飛躍的に向上させる技術のことだ。体術と剣術をある程度習得したお前ならすぐ扱えるようになる」


「そうなんだ」


 爺さんは説明を諦めて簡単に教えてくれた。


「魔力操作は出来るんだろう?一度身体全体に纏わせてみろ」


纏装てんそうのこと?いいよ」


 僕は久々に魔力を捻り出して身体全体に纏わせた。

 何年もやってなかったことだから不安だったけど、以前と同じように使えたみたいだ。

 無意識に力んだせいか少しパチパチと音が鳴る。


「それが纏装てんそうか?やけに不器用だな」


「上手い人はもっと綺麗にできますぅー!不器用で悪かったな!」


「いや、そうではなくて…お前の魔力には気も混ざっているな」


 混ざってるの?パパンから教わった通りにやってるつもりだけど……


「混ざってると言うのも違うか、気と魔力がお前の中で押し合いへし合い…まるで主導権を握ろうと争っているように見える」


「ええ…これが魔力だって教わったけど」


 あれは嘘だったの?パパン……


「よくこんな状態で魔力操作できたな…脳がやけに疲れてこないか?」


「そういえば……」


 練習した後はいつも頭が重いような疲労感に襲われていた。

 あれは僕が不器用だったから?


「効率が悪すぎる、処理領域を過剰に使っているせいだ。よく言えば訓練になる、使いすぎれば脳が焼き切れてもおかしくないがな」


 そうだったのか…

 今まで難しいと思っていた魔力操作は魔力操作じゃなかったのか。

 なら今までの僕の努力は?!


「無駄ではないだろうが…これでは実戦に使えない。魔力と気が反発していたせいで雷に似た

 極小の爆発が起こっていたのだろう」


 今までの疑問が一気に解けてしまったせいで、僕の努力がほぼ無駄だったことを知ってしまった。


「まあいい、今からお前に気を流すから自覚しろ」


 あ、やっぱりそういう覚え方で行くんですね。

 腕を掴まれて爺さんから気を流された。

 身体にスッと入る感覚…これあれか。

 魔力操作する時に気を抜くと逃げていく園児たちだ。

 わーきゃー言いながら僕の身体へ逃げていく力だった。


「あー、わかったこれかぁ」


 今度はこのわがまま達をコントロールしなきゃならないと思うと不安になってきた。


「今度は無意識でも気を常時使えるようにしなさい」


 僕の修行はまだまだ続きそうだった。

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碧英のアーク くるくるくるり @cycle_cycle

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