ここはどこ?


 ガルド爺さんがしばらくの間僕に訓練をしてくれるらしい。

 その間の衣食住は保証してくれるとのことで、僕は衰弱した体力が戻るまで2日ほど時間をかけてゆっくりしていた。

 洞窟の中なのに風呂トイレ別の快適な水回りに感動していた。

 どんな生活力をしているんだこの爺さん。



 穴倉で過ごすこと3日目、ガルド爺さんが龍核の修行をつけてくれることになった。

 なんで龍核の修行なんて知ってるんだろうと思っていたけど、2000年以上生きた龍神族なんて言われたら『そうだよなぁ』と納得してしまう。

 龍神族ってなに?と聞いたら『龍と人間の中間』みたいな答えが返ってきた。

 神はどこから来てるのかと思っていたが、昔の同族が威厳を保つために『神』の意味をつけたらしい。

 すこし恥ずかしいような苦笑いをしながら答えてくれた。

 なのでガルド爺さんには神要素は無い、ちょっと期待してたのに…


 まぁ前世でも自分のことを神と名乗る偉人がいたり、死んだら仏様になるとか色々あったからそれに近いノリなのかなと勝手に思っている。


 僕は今、ガルド爺さんに連れられて洞窟のさらに奥へ入ってきていた。


「ねぇ、どこ行くの?」


「ん?修行すると言ったろう?」


「修行って言ったら外とか広い場所でやるもんじゃないの?」


「あぁ…お前はそういうイメージを持ってるのか、修行なんてのはどこでもできる。なんなら今すぐにでもな」


「えぇ…そんな根性論的な」


「龍核の修行は精神論だぞ十分に使えるまでには時間がかかる」


 時間がかかるて言われてもせいぜい4~5日だろう、何年も修行していたらいつまでたっても村へ帰れない。

 そもそも迷子の子供をいつまでもかくまうようなら立派な監禁だ、そんなことをするつもりもないだろうが、長引きそうなら強制的に村へ連れて行こうと思ってる。

 ココアット村の人たちは気がいい人たちばかりだ、龍神族なんて珍獣を持ち帰ってきたら喜んでくれるに違いない。

 あまりの珍しさにルミちゃんも『ん』以外の言葉を発してしまうかもしれない。


「なんだぁ?にやにやして気持ち悪い」


 僕がこの珍獣を村に持ち帰った時の妄想をしているとガルド爺さんに訝しげられた。


「村に帰るのが楽しみになってきたんです」


「そうか…それはちょっと気が早いな」


 僕らが洞窟を進んでいると急に開けた空間へ出てきた。

 目の前に見えるのは真っ白な神殿のような建物と立派な装飾がされた石扉。

 その周りを囲むようにエメラルドグリーンの水面が取り囲む、神殿までの道は白の大理石のような石畳がまっすぐと道を作っていた。


「…」


 なにか言葉にしようにも、まったく口が動かなかった。

 最初に認識されたのはスケールの大きさだ。

 足元には1辺20m程度の正方形の石畳がぴっちりと詰められている。

 その石畳を数えるのが億劫になるほどの先に巨大な神殿だ。

 僕があの神殿の前に立っていてもここからではなにも見えないであろう大きさだった。

 足元のスケールから考えても人間が開けられる大きさの扉ではない。

 そして目がくらむような白、光源はどこから来ているのかわからないが視認性はとても良い。


「でけぇ~…」


 やっと口にできた感想がこれだった。


「そうだな、いつ見てもここはでかい」


「この橋?で修行するの?」


「ん?ここから歩いて扉まで行くぞ」


 えええ?

 遠すぎない?

 感覚だけど東京駅から富士山くらいまでの距離がありそうだよ?

 駅伝とかやったことないけど、少なくとも歩いていく距離じゃないよ?


「何か月かかるの?」


「はっ…そんな遠くない、せいぜい数分だ」


「ええ?!無理でしょ!爺さんこの距離見えてる?」


「考えてもみろ、渓谷にこんな巨大な空間が作れると思うか?」


 確かに…考えてみたら天井の高さが渓谷よりも断然高い。

 ではこの空間はなんだ?巨大に見える錯覚とか?


「ここは時空が歪んでるんだ、実際に見える景色は過去で未来だ、そして距離は近くて遠くにある」


 もっとすごい答えが返ってきた。

 過去で未来?近くで遠く?

 哲学を聞いている気分だ、まったく理解できない。


「まったく理解できないという顔をしているな」


「そりゃそうでしょ、わけわからん」


「ここは人間の認識できる3次元空間と4次元時空、5次元の並行世界線の混在した空間だ」


「もっとわからんわ!」


 時空とか次元とか並行世界とか、単語は知ってるけど理解はしてないんだよ。

 次元なんて大泥棒の一味で十分だ。


「詳しいことは儂にもわからん、だがこの空間は古代より遥か昔から存在するらしい。作られたのか偶然できたのかわからないが人の手には余るものでな。こうして人が入らないように度々訪れている」


「なんでこんな辺鄙なところに住んでいるのかと思ったら…世界中にこんなのがわんさかあるの?」


「わんさかは無いが、注意深く世界を見て回れば見つけられる程度にはあるか?」


「普通の人は注意深く世界を回る暇なんてないよ」


「ふん…確かに」


 こんなところがたくさんあってたまるか、せっかく平和な世界にいるのだ。

 無用な混乱を引き起こすようなものはやめてほしい。


「とにかく進むぞ、絶対に儂から離れるな。運悪く4次元空間に巻き込まれると内臓が吹き飛んでバラバラになるぞ」


「怖いこと言わないで!」


 僕はガルド爺さんの腕を握りながら歩きだす。

 途中で足元が地面にめり込んだり、いつの間にか空中や水面を歩いていたりと肝っ玉が冷える度にギャーギャーと騒いでいた。

 僕の反応をみて笑いながら手を引いている爺さんはなんだか嬉しそうに見えた。


「ついたね」


「ついたな」


 歩くこと数分、本当に扉の前までたどり着けてしまった。

 巨大な扉が僕らをお出迎えしてくれている、背が高すぎて上を見上げると首を痛めそうだ。

 僕はまだ修行すら始まっていないのに精神的に疲労が溜まっていた。


「ねぇ、もう帰らない?」


「何言ってんだ、観光に来たんじゃないんだぞ。これから修行するんだから気を引き締めろ」


「そんなこといわれても…ここ実質終点だよね。これ以上先は行けないじゃん。それともこの壁か扉かわからないものでも開けるっていうの?」


「そうだが」


 何を言っているんだこの珍獣は。

 上も左右も果てが認識できないほど巨大な扉を手で開けろと言うのか。


「とりあえず進め、扉に手を触れてみろ」


 言われるがままに手を伸ばす、扉がでかすぎて距離感がつかめなかったが本当に目の前にあるようだった。


 扉に右手が触れた瞬間、ぬるっとした感触とひんやりとした温度を感じた。


「なんだこれ?ぬるっとする!すごくぬるっとする!」


 テンション上がってきた、新しいおもちゃを見つけたくらいの楽しさと好奇心が僕の心を躍らせている。

 これどうなっているんだろう、ぬるっとするのに手は濡れてないし、扉との境界線には若干の抵抗を感じる。


「わかったから、はやく入れ」


「え?やだよ」


 スンっと僕の気持ちは落ちていた。

 こんな訳の分からないものに一人で入っていくわけないじゃないか。


「最近の子供はわからん…いきなりスンとしおって…」


 ガルド爺さんは眉間を指でもみながら考えてしまう、悪いことしちゃったかな…


「一緒に入ろうよ、一人じゃ怖いよ」


 僕と爺さんは手をつなぎながら扉に入っていく。

 全身をぬるりとした何かが包み込む、爺さんに引っ張られて進むこと数歩。

 ぬるりとした感触から広く何もない空間へとたどり着いていた。


 爺さんは手を放して僕と向き合う。


「ついたぞ、今日はここで修行する」


「うわ…何もないじゃん」


 真っ白で何もない、上も下もわからない。

 爺さんが立っていなかったら距離感をつかめずに転んでしまいそうだ。


「ここなら何をやっても破壊するものはないからな」


「え?そんな物騒なことするの?」


「龍核の力を舐めるな、暴走でもしたら周囲一帯は火の海だ。いや、火の海で済んだら良い方か…」


「なんてこった」


 全然実感ないが、人間核爆弾みたいな扱いされてるの?


「お前は魔法は使えたか?魔力操作ができるのは知っているが」


「いや、使えないよ」


「気はどうだ?」


「気?初めて聞いたけど」


 そんなものあるの?知ってたら気の修行も頑張ったのに。


「なら体術などは習っていないのか?」


「そうだね、体術どころか剣すら持ったことないよ」


「そうか…」


 爺さんはしばらく考え込んだあと、ポンと手のひらをたたいて僕に訓練メニューを教えてくれた。


「まず徒手空拳、短剣術、剣術、槍術、を習得して気術を覚えさせる。並行して魔術を一通り習得してから真気法のを学ばせる。これが龍核を扱う前の最低ラインだな。その後に龍気と龍魔術ドラゴノニアを覚えて終わりだ」


「待て待て」


 おい待てよ盛りすぎだろ、後半何言ってるのか全く分からないよ。


「どうした?少ないか?」


「少ないか?じゃないよ、鈍感系主人公かお前は!」


「何を起こってる?鈍感系…?」


 本当にわかってないのかこの珍獣は。


「明らかに盛りすぎでしょ!そんなに覚えてる時間ないだろうが!田舎の定食屋でもそんなに大盛りにしないわ!後半何言ってるのか分かんねーよ!」


「あぁ、時間は気にするな。この空間は時間の流れが極端に遅い、ここでの1年は外で2秒程度だ」


「食料と水はどうすんだよ!トイレも行きたくなるだろ」


「大丈夫だ、ここでは生理現象の一部は止まる。年は取らんし経験なら無限に積めるだろう」



 何も大丈夫じゃねーよ!

 色々と文句を言うが段々と逃げ道を塞がれていく…


「それにここで帰ってどうする?帰り方も分からんだろう?儂はお前を十分に鍛えるまで訓練させると言ったぞ?」


「うっ……」


 乗り気で着いてきたのは僕だけど…まさかそこまで徹底的に鍛えられるとは思わないじゃないか…


「まあここで数年……数十年修行すれば龍核も扱えるだろう」


「数十年?!僕が外に出る頃にはお父さん達と同じくらいの精神年齢になってるの?!」


「まぁ…自分から言わなきゃ分からんやろ」


「どれだけここで過ごす気だよ!」


 パパン、ママン…僕は洞窟よりもっとやばい所に監禁されるようです…。


「どれだけ過ごすかはお前のやる気次第だろう、早く終わらせたいなら本気で臨め」


「それに、厳しくする理由もある。お前は瞳の色を隠したいのだろう?」


「うん、でも瞳の色だけを戻すなら龍核のコントロールだけで良くない?」


「残念だが瞳の色は一生戻らない」


え?思ってた話と全然違うけど?


「その瞳は龍核の物理的な影響で定着の証でもある、つまり一生引き剥がさない目の移植などしても意味がないと思え」


「じゃあどうすりゃいいのさ」


「まず龍核の力を操るために気と魔法を学べ、そして龍気を把握して瞳の色を隠す。お前の要望に叶うのはこの方法しかない」


「魔法では隠せないの?」


「龍気と魔法と気はお互い反発する、隠すのは無理だな。それに龍気は魔法と気の扱いに長けていないければ初歩すら掴めない、どの道お前はやるしかないのだ」



「精神がおかしくなりそう…」


 この修行が終わったとき、僕は廃人になっているのだろうか…


「修行のコツが分からなくなったら並行世界のお前に聞けばいい」


「もう何言ってるのか分かんねーや」


 僕は理解するのを諦めた。

 グレン君の気持ちが今更ながらに理解できた、グレン君も大変だったんだなぁ…ツッコミって意外と体力使うんだね…


「あの…爺さん」


「なんだ?」


「お手柔らかに……お願いします」


 苦虫を奥歯ですり潰したような顔をして言葉を絞り出した。


 ガルド爺さんはニヤリと笑って僕の肩をパシパシと叩いてこう言った。


「わかった、最初は軽く走り込み1000時間8セットからだ」



 鬼ぃ!

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