龍核


 気絶から目が覚めた。


 僕はベッドに寝かされていたらしい。

 暗い色の無機質な天井と揺れるランタンの光が僕を照らす。


「さっき見た天井だ」


 倒れる前に見たなぁ…一度見ると新鮮味がないのは仕方ないよね、さっきみたし。

 隣には老人が座っていた、読んでいた本をパタリと閉じて僕を見やる。


「起きたか」


 渋く低い声で僕に話しかけてきた。

 顔はしわ深く、若干たれ目なその老人はくせの強そうな長髪の白髪を腰あたりまで伸ばしていた。

 灰色のローブから見える手には傷と皺が多く、模様のようにも見えた。


「あの…」


 貴方が助けてくれたんですよね?

 と言葉にしようとするも声がかすれてしまう。


「無理に話そうとしないでいい、見たところ腹が減っているのだろう?スープを作ってあるから飲みなさい」


 老人は木皿に盛ったスープを僕に渡してきた。

 何が入ってるかは知らないけど、スープの匂いが食欲を強く刺激して、一心不乱に胃袋へかき込んだ。

 何日ぶりかわからないご飯だ、まだ生きられる。そう実感したからか自然と涙が出てきた。


「げふっ…!」


 急に胃に食べ物を送り込んだせいか、内臓がびっくりして吐きそうになる。

 せっかくの食料を吐き出すわけにはいかないと、強く口をつぐんだ。


「こら、そんなに慌てるんじゃない。ゆっくりたべなさい」


 泣きながらスープを食べる僕の背中を優しくさすってくれている。


 しばらくしてスープを食べ終わった後、空腹感も落ち着いて少し眠気が出てきた僕に老人が話しかけてきた。


「落ち着いたか?」


「はい…助けてくれてありがとうございます」


「気にすることはない、こんなところで子供に餓死されてはたまらんからな」


「スープおいしかったです、お礼をしたいのですが。村に帰らないと…」


「ああ、礼はいい。それよりもなぜこんなところに?」


「僕は渓谷近くの村に住んでまして…友人と狩りをしていたら魔獣に落とされてしまって」


「落とされた?渓谷から?目立った外傷もないが…」


 老人は僕の話を訝しげに聞いていた。

 そりゃそうだ、僕だって渓谷に落ちてからわからないことだらけで混乱していたわけだし。


「もう何日も前で記憶が曖昧ですが、渓流に落とされたときはひどい怪我をしていたと思います」


「今は無傷じゃないか、その年で魔法でも使ったのか?」


「いえ、僕は魔法操作しかできませんし…渓谷に落とされて一通り気絶したら治っていたんです」


 誰か親切な人が治してくれた、なんて言っても信じないだろうし本当のことを告げる。


「そんなバカな」


 ですよね…


「いや…待てよ、もしかしたら…」


 小声でぶつぶつと考え込んでしまった、置いてけぼりを食らった感じはあるが何か心当たりがあるような感じがした。


「お前…その目は生まれつきか?」


「え?目?」


 何のことだろうか。

 いまいち要領を得ないでいると老人が立ち会がり、部屋の奥から手鏡を渡してきた。


「その目だ、生まれつきか?」


 鏡に映った自分の顔を見た、しばらく食べてなかったせいかほほがこけていた。

 髪の毛はぼさぼさで唇は乾燥でひび割れている。

 所々に土の汚れがついている、こんなひどい顔してたのか…


 そして目を見ると、両目の虹彩こうさいが黄金と碧の混ざったような色に変わっていた。

 金が濃い部分と碧い部分が混在していて、まるで地球儀のような模様をしている。


 僕の目は翡翠ひすい色だったはずだ、驚いていると老人から声がかかる。


「驚いている様子を見るに生まれつきではないということか…」


「…はい、なんだか自分じゃないみたいです」


 鏡に映った自分の瞳をまじまじと見つめる。

 この世界にはカラコンや眼球移植なんて聞いた覚えがない、ピンチになって目の色が変わるなんてことも聞いたことがなかった。

 また謎が増えてしまったよ…親に会ったらなんて言えばいいのだろう。


「元の色は覚えているか?」


「たしか翡翠ひすい色でした」


「う~む…少し触れるぞ」


 老人はそう言って僕の額に触れた。

 何やら目を瞑ってうんうんとうなっている。


「微かに…いや、はっきりとあるな。まだ定着したてというところか」


「え…っと?なにがです?」


「お前、龍核を取り込んでるぞ」


「龍核…?」


 なにやら聞き覚えのない単語が出てきたぞ?

 龍角?前世で聞いたことがあるのは龍角散くらいだが…喉でも潤してくれるの?


「なんですかそれ?」


「太古の昔、まだこの世に龍がいた時代。龍は万能な力を秘めていたという、その力の源となる核のことだ」


「いやいや、そんな大層なものを口に入れた覚えはないです」


 そんな昔にあるもの食べたらお腹壊しちゃうよ!

 カビ生えてそうだし。


「食べたのではない、取り込んだのだ。龍核は様々な型になるという、お前は何かの拍子に触れて体内に入ったのだろう」


 そんなこと言われても…


「そんな変なものに触れた覚えなんて無いですよ、ていうか怪我と関係あります?」


「恐らくだが、お前が龍核に触れたから怪我が治っているのだろう。瞳の色もその影響だ」


「えぇ……」


 都合良すぎない?

 たまたま倒れたところに龍核があった……ってこと?


「普通の人間は継承や特別な儀式をしない限り、龍核に触れても身体に吸収されることはない。そして龍核は願望器とも言われている、真に願うことでその在り方の形を変えるのだ。お前のはまだ定着しきっていないがな」


 えええ…ますます訳が分からないよ…


「その…龍核?が僕の身体にあるのなら空腹とかもどうにかできたんじゃないですか?」


 そもそも願望器があるならここから村までテレポーテーションでもしてくれたらこんな思いしなかったのに…


「そう簡単な話ではない、龍核は人間にとっては異物だ。扱うにも相当な訓練が必要なのだ」


「さすがにそこまでできたら都合がいいですか…」


「瞳の色も訓練次第では元に戻せるようになるだろう、村へ戻って励みなさい」


 いや、励みなさいって。


「僕…村への帰り方わからないです」


 一緒に来てほしいなぁ…それか食料を分けて安全な道を教えてほしい。


「…そうだったな」


「それに瞳の色もどうにかしたいです」


「なら…しばらくここに暮らすか?訓練くらいならつけてやる」


 僕の浅ましい願いが通じたのか、老人は僕を元に戻してくれるらしい。


「そもそも龍核を持った子供を野放しにすることもできんしな」


「ありがとうございます」


 思いがけず、僕の身体に何かが取り込まれていることを知ったが対処法は教えてくれるみたいだしどうにかなりそうだ。


「そういえば、お互い自己紹介がまだでしたね。僕はアークです。今年で10歳になります」


「おおご丁寧に、ガルドだ歳は2000を超えてから数えていない。しがない龍神族の爺だ」


 最後にとんでもない自己紹介がぶっ飛んできた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る