盗賊デビュー
ハッと目が覚めた。
どのくらい寝ていたのだろうか、太陽が燦々と渓谷を照らしていた。
そして口渇と空腹感が僕を襲う。
「腹時計的には昼前くらいかな?」
掠れた声で独り言を呟くとハッとした、顔が痛くない…
痛みに慣れたのか、外傷が酷すぎて痛覚が麻痺しているのか…
とりあえず川の水を飲んで喉を潤したかった。
スクっと立ち上がって驚いた。
全く痛くない…
僕は身体を見回してみる。
ボロボロの衣服、所々に血が付着していたが露出された肌には全く外傷が見当たらなかった。
ついに死んだか?幽体離脱でもしたのか?
足や腕をつねってみるといつも通りの痛みを覚えた。
「え?なんで?」
衣服の状態を見るに酷い怪我をしたのだろうと想像ができる。
長ズボンを履いていたのに膝から下は布が千切れて半ズボンのようになっているし、上着は穴だらけだ。服にこびりついた血は乾いていてパリパリしている。
「通りがかった親切な誰かが治してくれた?」
いや、そんなわけないだろ。
辻斬りならぬ辻治癒なんて聞いた事がないし、治してくれるほど親切な人なら怪我した子供をここに置いたまま去るなんて常識的に考え辛い。
ならどうして…
自分で治した?まだ魔法も使えないのにありえない。
「う〜ん…考えてもわからないな、とりあえず水飲もう」
ここの川の水はそのまま飲んでも大丈夫なのだろうか。
お腹壊しそうだけど、この口渇には耐えられないし…
「まあ、どうにかなるやろ!」
怪我もないし気力もある、少なくとも生存確率がグンと上がっている。
少しでもこの状態を維持して村に帰るのが先決だ。
僕は澄んだ渓流の水を両手で掬って飲んでみた。
「うま……」
結構美味しかった。
喉が渇いてるからか、冷たくて身体に染み渡るような心地がした。
「空腹はどうにもならないよなぁ…」
喉が潤ったら空腹がより顕著に感じられた。
そこら辺の木の実を見つけて食べるしかないかなぁ…
このまま当てもなく散策しても家に帰れるとは思えない、流されたのだから村はここよりも上流にある可能性は高いが…村付近の道を見つけたとしても、再び魔獣に襲われたら今度こそ死ぬ気がする。
とりあえず上流へ進むことにする。
あぁ…お腹すいた…
30分は歩いただろうか。
そこらの木や茂みに食料がないか探索しながら進んでいる。
たまに野生動物の姿も見るが、何も持っていない僕には捕獲の手段がない。
突然だった。
何かが砂利を踏むしめるおとが響いた、咄嗟に岩陰へと隠れて周囲を警戒して見回した。
「魔物…」
黒く巨大なトカゲだった。
ぬるりとしたうろこを纏っっていた、長い首をゆっくりと動かして獲物を探しているようだった。
幸いにもまだ気づかれた様子はない。
魔物を見ると体がこわばって恐怖感を覚えたが、以前スライムで感じたほど強いものではなかったではなかった。
一度魔物と戦ったからかな?
思わず身がすくんでしまうが、今思えば初対面のスライムが一番怖かった。
しかし、目の前の魔物がスライムより弱いかというとそうではない。
僕では絶対に勝てない…
戦いのことなんて全くわからないけど、魔獣と比べると絶対こっちの方が強いよなぁ…と思う。
見つからないように祈りながら身を隠す。
しばらくして魔物が去ったあと、念の為にもう少し隠れてから動き始めた。
困ったなぁ…
「こんな調子じゃいつまでたっても村にもどれない…」
空腹感も限界が近い、そろそろ本格的に食料を見つけないと僕が食べられてしまう。
この日もしばらく進んだ後、適当な岩陰を見つけて隠れながら休んだ。
渓流で遭難して3日ほど経った。
もう限界だ。
僕はふらふらになりながら渓流を上がる。
視界が歪み、周囲が白ずんでいるように見える。
疲労がたまっているせいか呼吸が浅く、早くなっている。
さっきから冷や汗と震えが止まらない。
早朝から動き出して魔物を避けながら進んでいる。
もうすぐ日が暮れる頃だ、夜になると魔物が活発に動き始める。
魔物は視覚よりも音に敏感らしく、息をひそめていれば見つかることはなかった。
それとも運が良かっただけか…
今日も身を隠すための岩陰を探す。
周囲には子供が隠れそうなくらい大きな岩がいくつも鎮座していた。
僕は一番近くの岩に身を寄せてゆっくりをと腰を下ろした。
「うおぉ!?」
腰を下ろした瞬間、背中がスカっと岩をすり抜けた。
「おおおぉぉ」
僕はそのままゴロゴロと転がっていく。
痛い痛い!
小石が体中に刺さる。
「うげっ」
頭を両手で守りながらしばらく転がっていると地面に着いたようだ。
お腹から着地したせいかべちゃっした音が響いた。
痛みをこらえながら周囲を見回す。
どうやら洞窟に落ちたようだ。
真っ暗で視界が悪い。
「渓谷に落ちて、洞窟に落ちて…どこまで落ちるんだ僕は」
手探りで洞窟の壁を伝って歩いていく。
ぴちょんぴちょんと水が滴り落ちる音が反響している。
湿気が多くてじめじめする、水気が肌に張り付いてくるような感覚があった。
「もうほんと…どこだよここ」
どれくらい進んだかわからない、元の道に戻ろうにも僕がどこから落ちてきたかもわからないのだ。
ぐぅ~っとお腹が鳴る。
その場でしゃがみこんで空腹感の波が通り過ぎるまで待つことにした。
「大丈夫大丈夫…しばらくすればまた動けるようになるはず…人間は空腹でも水があれば1週間くらいは生きられるようになってるんだから…」
慰めるように呟く、きっと大丈夫きっと大丈夫と言い聞かせないと体が動いてくれないからだ。
もう心も体もボロボロだった。
震える膝を手で押さえながら上半身を立ち上がらせる。
進まなきゃ…ここで死んだら死体さえ見つけてもらえない。
ん?外で死んでても一緒か…
結局最初から詰んでいたのか。
ずりずりと足を引きずっていると視界の端に光を見た。
幻覚かと思い、目をこするがどう見ても人工的な光だった。
誰かいる!助けてもらえる!
僕は動かない足を必死に動かして光が漏れる扉の前へ来た。
久々に見た人工物に僕は感激した。
こんなところに人がいたなんて!
扉を開けようとしてハッと思いとどまる。
こんなところに人?
渓谷の奥、周りに人なんていないのにどうやって暮らしているんだ?
コミュニティーから完全に隔絶された場所を住処に選ぶなんて…ならず者か犯罪者か…どちらにしてもまともな人ではないのだろう。
出会った瞬間殺されるかもしれない。
しばらく悩んだが、ここで
しかも、もしだれもいない部屋だったら食料の強奪を行うことになるのだ、むしろ僕が
盗賊の心配をする盗賊とか、なんだかおかしくなってきてフフフと笑いが出た。
ギギギ…
建付けが悪い扉を無理やりこじ開けるように全体重を乗せた。
満身創痍では扉を開けるのも一苦労だ。
扉の先には洞窟の中とは思えないほど広い空間が広がっていた。
天井につるされたランタンの火が淡く優しい光を放っている。
部屋にはくたびれたカーペットに木製の机と本棚、奥に続く空間はリビングのようでソファとテーブルが置いてあった。
ある程度清潔に保たれている空間で、埃っぽい匂いはしなかった。
じめじめするような湿気もここでは感じられなかった。
奥の方からどたどたと足音がする、ここに近づいてきていることがわかる。
ここに住んでいる人からしたら僕が盗賊に見えるかもしれない。
挨拶くらいしなくては殺されても文句は言えないだろう。
途切れそうな意識のなかで、緊張の糸を張り詰める。
奥の部屋から扉が開き、ひょこっと背の高い老人が顔を出した。
「…こんにちは、食べも…」
分けてくれませんか?
と言葉にする前に目の前が真っ暗になった。
僕の盗賊デビューは気絶から始まった。
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