仄暗い谷底から
最初に全身の痛みと倦怠感を覚えてゆっくりとめが覚めた。
身体中バキバキだ……
目の前は真っ暗で、今目を開けているのか瞑っているのかもわからない。
夜なのかな…星空が薄らと周囲を照らしている。
痛い痛い痛い痛い………
身を
ここはどこだ?何してたっけ?
確かグレン君と狩に行って…魔獣に襲われて…
渓谷に落ちたのか……
よく生きてたな僕…
渓流の深い場所にたまたま落ちて助かったのか、下半身は川に浸かっているようだ。
「ゔっ……」
四つん這いになろうと両手に力を入れて腰を上げる。
どこをどう動かしても痛い…
ズルズルと身体を引きずりながら匍匐前進で川から上がる。
進むたびに小石が肘と膝を削って痛いが、早く川から上がらないと低体温症になる気がする。
今は夏前で暖かい陽気のはずだが、渓谷の底はひんやりとした空気だ。
日も当たらないし風が冷たい。
両手に力を入れて立ちあがろうとして…足が動かなかった。
暗くて見えないが足の感覚はある、ガクガクと痙攣して力が伝わらなかったみたいだ。
「困ったなぁ…」
死ぬ覚悟はしていたが、こんな中途半端な結果になるとは…
「グレン君は無事だろうか、無事だったら助けを呼んでくれるかな?」
口を開くたびに顔がヒリヒリする、顔にも傷が付いていたのかと理解できた。
「見捨てないでほしいけど…逆の立場だったら僕は捜索は諦めるかもなぁ…」
助けてほしい、苦しい。
この世界の人たちは魔力があるし超人的な身体能力を持つ持ってるから、渓谷下りなんて朝飯前
「なんてこと無いよなぁ」
強ければなんだって出来るわけじゃない。
そもそも谷に落ちた時点で生存は絶望的なのだ。
捜索だって目星をつけるのが難しい状況だ。広大な渓谷のどこを探すつもりなのか…
ましてや僕は流されているんだ。
膨大な捜索時間を費やしまうし、運良く見つかっても生存している確率が低いと考えるのが普通だ。
周辺捜索2〜3日で打ち切りが関の山だろう。
「はぁ〜〜………」
特大のため息をする、肺が痛い。
救助は来ないと見ていいだろう。
こんな時、変に現実的な思考をしてしまう自分に嫌になる。
「とりあえずっ……つぅ!……動かないとっ……っ!」
まずは安全確認だ。
幸い、近くには大きな岩と小さな窪みがある。
ここでしばらく身を隠していれば野生動物や魔物から身を守れる…はず。
魔物……魔物かぁ…
あの時はがむしゃらに戦っていたから魔物の恐怖心はなかったけど、改めて考えると無理だ。
恐怖心は克服できてない。
この状態で魔物に会ったら確実に死ぬなぁ…
段々と思考が纏まらなくなる。
眠気やら倦怠感やら痛みやらで満身創痍だ。
寝たら死ぬかもしれないが、瞼を閉じずにはいられなかった。
気絶するように意識を落とす。
視界の端で何かが光った気がするが、襲い来る眠気の前ではほんの些細な事だった。
sideグレン
「アークが谷に落とされたのは間違いないか?」
アークが魔獣との戦闘で渓谷に落とされてから翌日、俺と親父は村長から事情聴取を受けている。
俺の目の前には椅子に座っている村長が腕を組んで眉間に皺ん寄せている。
親父よりかなり年上の村長の顔には堀が深く刻まれていて、禿げ上がった頭からは苦労が滲み出ているようにみえた。
腹に響くような低い声が俺の鼓膜を震わせた。
「もう少し詳しい状況を知りたい」
アークとイノシシの罠を確かめるために森へ入って、魔獣に襲われた。
魔獣に渓谷まで追い詰められて死ぬかと思ったが、笛の音を聞きつけた親父に助けられた。
気の抜いたところに魔獣が俺に襲いかかってきていたらしい。
俺はアークに襟を引っ張られて転ばされた。
アークが落とされる寸前まで何があったかよくわかっていない、いきなり転ばされたと思ったら谷底に落ちるアークと目が合った。
アークは魔獣と一緒に落ちていった。
何度説明したかわからない昨日の出来事を繰り返す。
あの場所から谷底に落ちたアークは見えなかった、親父も一緒に探したが見つけられなかった。
すぐに村長へ連絡して村の男たちで捜索隊を組んでもらったが、既に日が傾いていたので翌日から捜索を開始することになった。
アークの両親は焦燥していた、ローガンさんは仕事を切り上げて森に向かおうとしていたし、リリアさんは部屋に篭ったまま出てこないらしい。
俺がもう少し周りをよく見ていれば、アークは落ちなかったのに…
俺がもう少し強ければ、アークが魔獣と戦わなくても良かったのに…
後悔と無力感、自己嫌悪でどうにかなりそうだった。
「そうか…ありがとう」
村長は声色を優しくして俺の肩を叩く。
「グレン、大変だったろう今日は家で休んでいるといい」
これ以上は子供の出る幕ではないと言われたようで自分を否定された気持ちになった。
出来るなら俺も捜索に加わりたい、アークを探したい。
「村長…俺もアークを探したい」
「そうだろうな、そうだろうとも。君たちは親友なんだ、気持ちは痛いほど分かるが今は大人しくしていてくれ。君のお父さんとお話があるからね」
「でも…村長!」
『君のせいではない』
『責められるような事はしていない』
『子供だから仕方ない』
『君だけでも無事で良かったね』
昨日から俺にかけられた慰めの言葉が胸に突き刺さるようで…大人たちに『見捨てて良かったね』と言われているような気がした。
それでも、言葉で否定する事が出来ないでいた。大人たちの言う通りだと納得と安心感を覚えてしまう自分がいるからだ。
まるで『アークなら死んでも良かったね』とでも言われているかのように受け止めてしまう。
俺が子供であることは重々承知している、大人よりできる事が少ないことも、弱いこともわかっている。
きっとこれから捜索隊に参加したいと言っても迷惑になるとわかっている。
それでも、ここでじっとしていたら俺はアークの友人ではなくなってしまうような気がしたから、何か大切なものを諦めてしまうような気がしたから。
「捜索隊に、参加させてください…!」
「グレン」
親父が俺を戒める声を上げて部屋から追い出そうとする。
「待ちなさい」
「……村長」
親父が困ったような顔をして村長を見やる。
「気持ちは痛いほど分かると言っただろう、グレンにも何か仕事をさせる」
「…っ!ありがとうございます」
今は何かできるだけで嬉しかった、罪の意識が軽くなる気がするから。
「グレンも捜索に加わることになるのだから、この場で伝えておこう」
2人とも良く聞きなさいと威厳のある声が響く。
「今日は村の男たちで現場の検証を行う、グレンが仕掛けた罠の周囲もだ。魔獣など滅多に現れたことはないのだから、その原因の調査も含め警邏隊も随伴することになっている」
「ではローガンさんも…」
「そうだ、ローガンの率いる隊にグレンを加える。親としてお前も着いていけ」
村長は親父を指名する、当然だというような態度で父が無言で頷いた。
本格的に捜索に参加出来ると知って気合を入れようと決意する。
ローガンさんのためにも、アークを早く見つけ出して安心させてやりたい。
もちろん俺のためにも…
「まだ委細は確認出来ていないのだが、話を聞く限りアークの生存は絶望的だ。今回の捜索は最長で1週間、最短で3日で打ち切りを想定している」
アークを探し出す決意を固めた瞬間、村長から事実上の死亡宣告を告げられた。
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