狩り
グレン君と森に来た。
罠を置いた場所まで2人で森の中を歩く。
ルミちゃんも行きたいと言っていたが、グレン君は2人も面倒見切れないという事で同行し慣れている僕がついていくことになった。
罠が仕掛けられている場所ら森の奥にあるらしい。
僕はグレン君の後をついて行く。
「ここらへんめっちゃ暗くない?」
「そうかぁ?」
僕は見慣れない森に少し怯えている、この前みたくモンスターが現れたら恐怖で動けなくなるだろうと思うからだ。
「こんなに深くまで来て大丈夫なの?」
グレン君は僕が何に怯えているのかわかっているのだろう、自信満々に「大丈夫だ」と答えてずんずん進みだした。
「下調べは済んでいるし、オヤジの許可もあるから平気だって」
こともなさげに言う…
「なんだか今までで一番危ない気がする…今回は何の罠を仕掛けたの?」
「イノシシだ」
「イノシシぃ?え?僕らで持ち帰るの?」
イノシシなんて普通でも50㎏以上あるだろう、10歳の子供二人で持ち帰れる大きさじゃない。
しかも死体となった動物は血抜きをしても重い、どう考えても無謀な狩りだった。
「そんなに重たいもの持ち帰れないよ」
「持ち帰るつもりはない」
「どうするの?」
「イノシシがいたらとどめをさしてその場で焚火をする」
「え?その場で食うの?」
前世の記憶にある先住民族とか、狩猟民族なんて呼ばれていた集団では狩り=食事みたいな風習があったように思うけど…一応僕らは文明人だよね。
それとも知らなかっただけで僕は蛮族だった?
「蛮族いうなよ、狼煙をあげてオヤジに来てもらうんだ。そこで獲物を渡して村まで持ち帰ってもらう予定なんだよ」
「まどろっこしくない?最初からグレンパパがついてくればよかったじゃん」
「グレンパパいうな、狩人の承認試験みたいなもんだって言われたんだよ」
今回の狩りは試験の一環だったのか…ならなおさら僕がいると邪魔だったのでは?
「俺一人で来ても良かったんだけどさ、どうせなら他に誰か居た方がいいってさ」
「どうせなら…?」
僕はどうせならで選ばれたのか…まぁグレン君の狩りについていくのはいつものことだし、気にしないけどさ…
「それに、狩りは一人より二人の方が楽しめるって言われてさ」
僕たちは雑談をしながら森の奥へと進んでいく。
いつのまにか罠の設置場所に到着していた。
「あれ?」
「どうしたの?」
グレン君が罠に目を向けて首をかしげている。
「罠が動いた痕跡があるのにイノシシがいない」
「ほんとだ」
鉄で作られた蹴り糸式の罠籠は蓋が締まっている、中の餌は消えていた。
「あ、グレン君。籠の後ろが壊れてる」
「え?ほんとだ…普通は壊れないのに…」
籠の様子を注意深く観察していたグレン君の表情が一瞬で真剣な表情へと変わった。
しっと人差し指を口に当てて小声で話しかけてくる。
「アーク、逃げよう」
「逃げる?」
「これは明らかに異常事態だ、俺たちがどうにかできる問題じゃない」
「え?でも逃げるって…なにから?」
「わからない、だけど鉄籠をかみ切れるほど強いやつだ。出くわしたら最悪死ぬぞ」
グレン君は今までに見たことのないほどの気迫で言葉を紡ぐ、まるで死がすぐそこにあるかのような緊張感が伝わってきた。
ここいらの森って安全じゃなかったの?
「じゃあ狼煙を…」
「その前に逃げるぞ!安全なところまで!」
「う、うん」
「物音は気にせず走れ!相手は獣だ、忍び足でも匂いと音で見つかる。獣除けは持ってるか?」
「うん、もう撒き終わってる」
僕らは森に入るとき狼の尿を薄めた獣除けを携帯している。いままで一度も使ったことはないが、いざという時に生死を分けるアイテムだ。
グレンパパに教えてもらった知識だった。
「瓶は逃げ道とは逆方向に投げろ!行くぞ!」
僕らが走り出した瞬間、遠くから狼の遠吠えが聞こえた。
「くそ!もう見つかってたか」
僕らは一心不乱に森を駆け抜ける。
薄暗い森から人工的に手入れのされた植林地へと向かう。
緊張と恐怖で心臓がはちきれそうだった。
狼と思われる獣の鳴き声から逃げるように、ジグザグにもりを進んでいく。
何十分走っただろう?それとも数分か。
「どうしてこんなところに…」
いつの間にか目的地から大きく外れた進路にいることに気付く、遠吠えに誘導されたのだ。
僕らが声のする方向を避けて逃げていたことを逆手に取られていた。
目の前には底が見えないほど深くて巨大な渓谷が広がっていた。
僕らは立ち止まる、渓谷を吹きすさぶ風が汗でべたついた前髪を強制的にかき上げた。
後ろからのしのしと巨大な足音が聞こえてくる、まだ姿は見えないが地面から伝わる振動で、巨大な生物だとわかる。
木々の隙間から現れたソレは真っ黒な狼だった。
「…魔獣」
グレン君がかすれた声でつぶやく。
僕は魔物を見た瞬間、声も出ないほどの恐怖心が心を満たしていた。
魔獣が一匹また一匹と増えていく、魔獣のよだれが狂暴で暴力的な犬歯を伝い地面にぽつぽつと落ちる音が聞こえる。
ギラギラとした目には僕らが映っているだろう、きっと弱っている方から狙ってくるはずだ。
恐怖で思考が停止しそうになる。
動くのが怖い、呼吸することすらこわい。
逃げ場はないし、僕らの体力は限界だった。
思考がまとまらない、脳みそが悲鳴をあげている。
全てを投げ出して、いっそのこと食われてしまった方が楽になるのでは?という思考がちらついた。
もう無理だよ…あきらめよう。
ふと僕はグレン君の顔を見た。
荒い呼吸を繰り返している彼の眼にはハッとするほどの生気が宿っていて、悲壮の色が全くなかった。
グレン君は生存を諦めていない。
僕は彼を見てまぶしいと思った、日々全力で生きていた。
諦めてしまえば、きっと楽だろう。
食い殺されたって『子供だから仕方ない』『まだほんの10歳だったんだ、魔獣に殺されるのは当然だ』と自分に言い訳も出来る。
僕が無理する必要ないじゃないか、辛いことから逃げたって誰も責めやしない。
辛い、投げ出してしまいたい。
不幸な結末だと思う、でもこの世界では良くある話じゃないか?この村以上に危険な地域に住んでいる子供だって沢山いるだろう。
その中の悲しい事件の一つになるだけだ。
………本当にそれでいいのか?
当時10歳だった僕は何を考えて生きていた?
まだ世間を知らない子供らしく、毎日友達と楽しく遊んでいたじゃないか。
将来なんて何も考えてなかった、ただ今が楽しくて仕方がない時間だった。
命の危機に晒されたことなんて一度もない。
今のグレン君はどうだ?
父親の後を継ぎたくて、一生懸命に狩人の経験を積んでいた。
どこか遊び感覚な所もあったが、毎日楽しく必死に学んでいた。
前世と違う世界と言えど、純粋な子供だ。
そんな
彼の未来を、
斜に構えて本気でこの世界を生きようとしていない僕が、必死に生きようとしている子供の未来を壊すのか?
仕方ないと理由を付ければなんだって許されるのか?
そんなの許されるはずないだろう!
きっと狩人以外の夢もあるだろう、前世の記憶を持っている僕と違って彼はまだほんの10歳だ。
死ぬには早すぎるじゃないか!
ふぅーっと深呼吸をする。
もう言い訳はやめよう。
これから全力を出し切らねば生きられないのだろう。
友人を救うだなんて傲慢なことは考えない。
ただ僕は目の前で誰かが悲しむのを見たくないだけだ。
たとえ自分が生き残っても、死んだ後に心が残っていたとしても、辛さに負けて何もできないかったら後悔するだろう。
いつまでも引きずるはずだ、あの時助けられていれば…と。
毎日後悔の日を生きて、きっとこう思うんだ。
『あの子の犠牲は仕方なかったよ』
そんなの…俺の魂が許さない。
今ここで死ぬ覚悟をしろ。
急に視界が広がり、五感が敏感になった。
時間がゆっくりと流れている
どっちか死なねば生き残れないなら、俺が死ねばいい。
すべてをひねり出して、グレン君だけは守り切らねば…
今の俺には何ができる?
バッグの中にあるのは非常食と笛、着火剤と燃焼剤。そして魔力操作だけだ。
俺は魔獣の眼を見返しながら、バッグからゆっくりと笛を取り出した。
ピィーーピィーーー
甲高い金属音のような音色が森に響く。
もしかしたら、森にいる誰かに音が伝わるかもしれない。
そんな限りなく可能性が低いが今はなりふり構っていられない。
すでに魔獣に見つかっているのだ、今さら音を出したところでこいつら以上の不幸はないだろう。
「な…なにを」
「いいから」
俺はグレン君の疑問をぶった切って次の行動に移る。
そろそろ魔獣が向かって飛びついてくる頃だ、全力で魔力を励起させた。
バチバチと音を立てた魔力が青白い稲光を発しながら全身を包み込む。
ゆっくりとグレン君の前に出た。
「ガァアア!」
1匹の魔獣が凶悪な牙を向けてとびかかってきた。
ありったけの魔力を使って自分の腕と同じ型の魔力を6つ作り出す。
背中から生えた4つの腕でバッグから着火剤と燃焼剤を取り出させ、飛び掛かってきた魔獣に向かって火をつけた。
カっと音を立てて火花が飛び散る。
魔獣は目の前で急停止して群れに帰った。
一瞬で複雑な操作を複数同時に展開しているせいか、脳みそが焼き切れそうだった。
魔獣に火は付かなかったが威嚇には成功した。
4つの魔力腕は役目を終えた瞬間霧散して、着火剤と燃焼剤は数メートル離れた場所で転がった。
未だ周囲には魔獣がいる、背後は深い渓谷。
圧倒的形勢不利、絶体絶命には変わりなかった。
じりじりと迫ってくる魔獣が不意に後ろを振り返った。
魔獣を警戒しながら僕はその方向を見る。
ザッザッと土を踏み鳴らしながら進んできたのはグレンパパだった。
「おい!大丈夫か!」
グレンパパの必死な声が頭に響く。
俺は咥えていた笛を地面に吐き捨てて返事をした。
「まだ生きてる!助けて!」
「待ってろ!」
数匹の魔獣がグレンパパに襲い掛かるが瞬く間に数匹の魔獣を屠る。
ほんの数秒で半数の魔物を倒してしまった、グレンパパが強い…
魔獣は不利と見たのか、森に帰って行った。
何とか生き延びた…
マジで死ぬかと思ったよ。
過度の緊張から解き放たれて全身の倦怠感がどっと押し寄せた。
集中力が切れて鋭敏になった感覚も元に戻っている。
僕はとても疲れた顔をしているだろうがグレン君の無事を確認する。
「グレン君大丈夫?」
「お前もな」
「死ぬかと思ったね」
「あぁ…マジでちびったぜ」
「僕…しばらく森に入れないかも」
「同感…おい、鼻血出てるぞ」
「まじか」
僕は右鼻からタラっとこんにちはしている鼻血を拭う。
と、視界に何か黒いものが見えた。
さっきの黒い魔獣だった。
完全に油断していた、魔獣は一直線にグレン君へと飛び掛かっていのだ。
僕はグレン君へと駆け出した。
このまま突き飛ばしたら渓谷に落ちるっ!
グレン君の襟を勢いよく引き付けて足を払って転ばせる。
まだ霧散していなかった2本の魔力腕をクロスさせて魔獣と僕の間に挟ませた。
再び全力で魔力を込める、保有していた魔力は底をつきかけていたが気にするもんか。
この瞬間、この一瞬に人生全ての力を込める覚悟で捻り出した。
白い稲光を纏った魔力腕に魔獣が突っ込んできた。
ドンと強い衝撃を受ける、抗えない慣性と浮遊感が全身の内臓を掻き乱した。
魔獣と一緒に谷底へ落ちる瞬間、グレンパパの驚愕した顔とグレン君のポカンとした顔をみて少し笑いそうになってしまった。
グレン君この無事を確認できて安心した…無事でよかった…
走馬灯を見た、生まれてから今まで楽しかったこと、苦しかったことゆっくりと思い出が巡る。
最後に思い出したのがルミちゃんの笑顔だった。
…あぁ…せめて普通に会話したかったなぁ…
重力に引っ張られた僕が覚えているのはここまでだった。
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