一年
そんな馬鹿な…
ルミちゃんが普通の会話をするなんて…
僕が衝撃を受けていると、グレン君も興味深そうに話題に食い込んできた。
「おやじ!それほんとうか?」
「何がだ?」
「ルミと会話したって」
「お前らルミをなんだと思ってるんだ、人間なんだから会話くらいするだろう」
「いつも『ん』しか言わないやつだぞ」
「あ?普通に話してたぞ?」
訳が分からない、僕らの知っているルミちゃんとグレンパパの知るルミちゃんは別人なのではないか。
「それよりも、女の子をいつまでもひとりで待たせてないで早く行ってやれよ」
「アーク」
「あぁ…」
グレンパパに詰め寄るよりも本人に直接聞いた方がよさそうだ。
僕とグレン君は駆け足で空き地へ向う。
しばらくすると空き地の切り株で暇そうに座ってるルミちゃんを見つけた。
僕らは息を切らせながらルミちゃんへと駆け寄った。
「ルミちゃん!」
呼びかけた声に気付いたルミちゃんは相変わらずのジト目で僕らに目をむけた。
「ん?」
そんなに急いでどうしたの?という顔をしている。
相変わらず非言語的コミュニケーション能力がずば抜けている。
「さっきグレンパパからルミちゃんのことを聞いて飛んできちゃったよ」
「ん」
そんなに私に会いたかったの?と言っているような気がした。
「いや、そうじゃなくて…ルミちゃんが話したって聞いてびっくりしてるんだ。実はルミちゃん普通に話せるの?今まで隠してたの?」
僕の質問攻めにルミちゃんは困った顔をしてさっと目を伏せた、少し顔が赤くなってるような…
「ん」
別に隠してたわけじゃないの、ちょっと事情があって…
と言ってる気がする。
「ええ…どんな事情があるの?僕はルミちゃんの声聞きたいなぁ」
「相変わらずお前らの会話わっかんねぇわ」
グレン君が横やりをいれてくる、今は君にルミちゃんの解説をしている余裕はない。
他にも色々と質問をしているとグレン君が再度声をかけてきた。
「なあアーク」
「なにグレン君、いま忙しいんだけど」
「もしかして…アークが原因なんじゃないか?」
「なにが?」
「アークが全部理解しちゃうから、こいつは『ん』しか言わないんじゃないのかってことだよ」
「そんなわけ…」
「俺にはこいつが照れ隠しでうまく話せないように見えるんだよなあ」
グレン君にはルミちゃんが照れ隠ししているように見えるのだという。
いやだなぁ、僕がルミちゃんの照れ隠しを見抜けないわけないだろう、きっと壮大なバックボーンがあるはずだ。
「ん」
「…え?」
ルミちゃんの肯定サインを読み取った。
どっちにうなずいたのルミちゃん!
照れ隠し?そうじゃない方?どっち??
「ん」
「やっぱそうだったか」
「えぇ…」
その表情で目の動きで、ルミちゃんが照れ隠しで僕と会話できないということが分かってしまった。
話せない事実よりも、僕よりもグレン君がルミちゃんの気持ちを理解しているようで悲しい気分になった。
「でもよかったな、嫌われてるわけじゃなさそうで」
「よくないよ!」
まったくよくないよ!
生まれてこのかた、ルミちゃんの声を聴いたことがないんだぞ。
ここで終わったらこれからも声が聴けないってことじゃないか。
「ん」
ルミちゃんが『もういいでしょ?』と非言語で伝えてくる。
この話題は早く終わらせたいようだ。ルミちゃんの表情から呆れと羞恥心が読みとれる。
「僕はルミちゃんの声を聴きたいな…ちょっと頑張ってみない?」
「…ん~」
「少しでいいからさ、毎日ちょっとずつでいいから!頑張ってみようよ!ね?」
「…ん」
押しの強いナンパ男みたいなセリフをルミちゃんに投げつける。
僕の必死さにグレン君は『うわぁ…』と引いている、君に引かれても全く気にしないがね!
ルミちゃんは眉をハの字にさせて顔を赤らめながら少しずつ声を出そうとしてくれた。
「…ん」
「そうそう!」
「……んっ!」
「そう!がんばて!」
「俺はなにを見せられてるんだ」
うるさい黙ってろ!ルミちゃんが頑張ってるでしょうが!
「んぅ!」
「そう!もうちょっとだ!」
苦節30分ほど、ついに僕のごり押しの努力が実った。
「……んほぉ!」
空き地にこだまするルミちゃんの『んほぉ』
僕が生まれて初めて聞いたルミちゃんのハ行だった。
なんてことをしてしまったのだ…
9歳の幼女に強要してはいけないワードをつぶやかせてしまった。
そんな僕の気を知らないグレン君は僕の肩をたたく。
「よかったじゃないかアーク!いまの言葉聞いたか?」
「…んほぉ」
ルミちゃんが『これでいいの?』という目をしている。
「だめだルミちゃん!その言葉はいろいろとだめだ!」
僕は泣く泣くルミちゃんが元に戻るよう矯正したのだった。
そんなこんなあって1年が経過して、僕らは10歳になった。
あれからルミちゃんは「ん」以外話せるようにはなっていない。
相変わらず僕以外には普通に会話ができるようだ、ずるくない?
「んほぉ」も健在で、僕と無理やり会話しようとしたときに何度か発動した。
心なしか僕を困らせようとしてわざとやってる感がある。そのせいもあってルミちゃんの両親とはしばらく目を合わせられなかった。
グレン君とは週5の頻度で遊んでいる、あれから何度か森に行くことにはなったが魔物とは出会っていない。
せっかく森に来たのなら怖がりを克服していったほうが良いと言われたが、腰が上がらない。というか、このままでいい気がする。僕は一生この村から出るつもりなんてないし…
森を練り歩いたおかげで山菜の知識が少し増えた。
最近はグレンパパから仕込まれた狩り技術を磨くために動物の狩りを行っている。
鹿の解体を目の前で見せられて、しばらく肉を食べられなくなった。
僕は魔力操作の修行を進めている。
魔力操作の基本的な物性、球形や放散、纏装をマスターした。
放散は魔力を放出して3~5メートル先にいる対象を広範囲で捉えるための形だ。
水撒きのホースを想像したら簡単に習得できた。
纏装は言葉通り、魔力を纏うだけだった。
魔力の性質変化ができない僕にはどのように必要なのかわからないが、パパンがいうには纏いかたにも色々とあるのだとか。
最近は魔力をいろんな形にして魔力操作の可能性を模索している。
試しに四角形や円錐型の魔力を作ってみたら、硬さの違いが現れた。
六面体の魔力も球形と比べると硬いしごつごつしている。
訓練中に偶然見つけたのだが、形成させた魔力に過剰なくらいの魔力を込めるとパチパチと静電気のようなものを発生させていた。
雷属性の習得が出来たのかと思ったが性質変化とは全く異なっていた。
両親曰く、雷属性はそんなに弱いものじゃないらしい。
実際に雷属性を見せてもらったが、威力も音も桁違いだった。ちょっと残念だ。
両親に聞いても理由は分からず、むしろ僕よりも魔力操作に優れている2人が再現出来なかった。
結局、危険なものではないと判断されて発生した理由は先送りにされている。
分からないものは分からないしなぁ…
今は多面体をどこまで増やせば球形のもっちり感が出てくるのか実験しているところだ。
球形は無限の多面体とも言える、どこまで面を増やせば玉として認識されるのだろうか…
練習の成果か、右手以外からも魔力操作が可能になった。
つまり尻や顔から球状の魔力を出せるようになった。
ルミちゃんの前で披露したら無言で病院まで引っ張られたからもうやらないけど、腕以外から魔法使えるのって便利だと思うんだ。
今日も両手や頭、膝の上からそれぞれ形の違う魔力を作っている。
「何度見ても気持ち悪い」
隣で僕の修行をみていた グレン君か率直すぎる感想をぶつけてきた。
「そんなこと言われても…」
「頭や腰から魔力玉を出してくる奴が隣にいたらどう思う?」
「面白いんじゃない?」
「…ん~」
「そうだよな」
この一年でグレン君もルミちゃんの非言語的コミュニケーションをある程度読み取れるようになっている。
僕的には遅すぎると思うのだが、グレン君はこれでも頑張った方だと胸を張っている。
ちなみにルミちゃんは『ふえぇ…人間のやることじゃないよぉ』と言っていた。
僕の魔力操作は友人たちには不評だった。
「そういえば、明日も行くぞ」
「狩りに?昨日も行ったじゃん」
「最近仕掛けた罠の出来が良くてさ、2日に一度は見てやらないと動物が腐っちまう」
「へぇ」
グレン君は最近仕掛け罠がブームらしい、ここ数日はずっと罠の確認に同行している気がする。
まぁ仕掛けるのはグレン君で、僕はその恩恵にあずかっているだけなのだが。
村の外まで行くのは面倒だが、夕飯の食材が一品増えると思えば悪くない。
森の深くまでは行かないし、安全なのは知ってるから。
「明日は森の深くまで行くからな」
「…え?」
いやだけど?
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