日常
「むむむむ……」
パパンに教えてもらった魔力操作。
魔力をうまく掴んだ次の日から早速練習しているが、なかなか難しい。
魔力は常に身体を巡っているのだが、定位置に留めるのがなかなかコツがいるのだ。
今日も村の空き地で魔力を練る。
意識すれば右手にぐぐぐっと集まるけど、集中力を切らすと全身に霧散してしまう。
霧散しているというのもそう感じると言うだけで、どこかに消えているというくらいしかわからないのたが…
…うーんもっとコツとか聞くべきだったかなぁ
再び魔力を集めていると、視界の端から小さな女の子がちょこちょこと歩み寄ってくる。
僕が座っている切り株の横にルミちゃんがすとんと座る。
「ん?」
「ああ、これ?魔力を集めてるんだ」
「んー?」
「そう、なかなか難しくてね…続けているとなんだか頭も疲れてくるんだよ。全く頭なんて使ってないのに」
「……んー」
「そうだね、もうちょっと練習したら一緒に遊ぼう」
「お前よく分かるな」
ルミちゃんと会話?をしていると後ろから男の子が声をかけてくる。
僕のもう一人の幼馴染のグレン君だ。
とても活発な子で運動が大好きで僕ら3人はこの空き地でよく一緒に遊んでいる。
グレン君に向けてルミちゃんが声をかける。
「んー!」
「おう、おはよう……でいいのか?」
「んー?」
ルミちゃんが小首を傾げて不思議そうな顔をしている。
「違うのか……」
「急に後ろから話しかけないで、だってさ」
「ん!」
ルミちゃんは頷きながらにぱーっと笑う。
「だからなんでわかるんだよ」
「なんでと言われても…感覚?としか」
「ん」
生まれた時からほぼ毎日一緒にいるのだ、言葉がわからなくても表情や仕草から大抵のことは読み取れてしまう。
「んーしか言わないから俺には全然分からないぞ」
なんて事を言うんだ、ルミちゃんは少し言葉足らずなところはあるけれど非言語的なコミニュケーションはこの村の誰よりも豊富なのに…
「ん」
「いやルミちゃん、それは少し言い過ぎしゃないかなぁ」
「な…なんて言ってるんだ……?」
「んー」
「そうだね、でも悪いのはグレン君だからそこまで気にしないでいいよ」
「…んー」
「だってさ、グレン君もごめんなさいしよ?」
「だからわかんねぇって!」
ルミちゃんのジト目に影が刺す、こんなにわかりやすいのになんで理解できないんだろう。
「それよりアーク、遊ぼうぜ……と思ったけど何やってんの?」
「これ?魔力操作だよ」
「魔力操作?あぁ、魔法のやつだろ」
「知ってるのかグレン君!」
「親父にちょこっと聞いた」
「ならコツとか知ってる?」
「いや知らん、でもなんで今そんなことしてるんだ?親父も大人になればすぐにできるようになるって言ってたぞ」
「なんだぁ…魔法、使ってみたくない?」
「そりゃ使えるならな…でも今じゃなくても良くない?」
「確かにそうだけど…カッコよくない?手から魔法出すの、なんかこう…ロマンを感じるよね!ロマンを!」
「そうかぁ?」
グレン君は魔法にかっこよさは感じてないみたいだ、まぁ魔法より剣が好きって言ってたもんね。
なんだか僕よりも大人だなぁ。
それから数分、訓練で脳みそを疲れさせた僕はみんなと遊び始めた。
9歳といえば前世では学童だが、この村には学校はない。
15歳までは親の元で学び、必要があれば村の外に出て学校を探すらしい。
学校という制度自体も微妙で、学歴どうのこうのという概念も無く職業訓練校に近いようだ。
ところ変わって森の中。
今日、グレン君が父親からおつかいを頼まれているとのことで遊びがてら僕らも同行している。
ルミちゃんは今日はお留守番だ。
「ねぇ、僕森に行くの初めてなんだけど」
「そうだっけか?」
グレン君の父親は狩人だ。
最近は親子で狩をする事があるみたいで、僕よりも頻繁に森へ足を運んでいるらしい。
「魔物とかいるの?」
「いるっちゃいるけど…弱いのばっかりだぜ?スライムとか俺でも素手で倒せる」
「スライムかぁ…」
僕は魔物を見た事がない。
村から出ようなんて考えてなかったし当たり前だろうけど。
僕はこの平和でのほほんとした世界を気に入っている。
闘争もやっかみもないストレスフリーな世界。
わざわざ自分から危険に足を運ぼうだなんて思わない。
なんなら一生この村で生きていきたいとも思っている、だから僕は不安だった。
もしかしたら魔物と戦闘になる可能性もあるのだ、暴力とか大嫌いだし…もし遭遇しても遠慮したい。
「もし魔物が出てきても逃げりゃいいからな、ここらへんの魔物は足が遅いって親父から聞いてるし」
「へー」
それなら安心か……本当に安心か?
「で、今日は何を採るの?」
「う〜ん……実はあまり覚えてない、セリ科っぽいやつだってのは覚えてるけど…なんだったかなぁ」
「テキトーにぶらつけば見つかるんじゃない?」
「それもそうか」
僕らは脳筋ムーヴで森の中を歩き回った。
村に隣接している森は樹海のように鬱蒼とはしていない、所々に間伐された跡があり人工的に視界は確保されている。
植生はいわゆる日本の照葉樹林に近い。この地域は一年を通して温かく、低高度な土地だと分かる。
幹の太いクスノキやヤブツバキかサザンカに似た赤い花の植物を頻繁に見かけている。
ただ日本のようにじめっとした湿度は無く、程よい気動があるので快適だ。
まあ虫とかいるしまさに森って感じはすごいけど。
「あ!これこれ」
グレン君がお目当ての薬草?草?を見つけた。
「それぺんぺん草じゃない?」
「そうだ」
「セリ科とは…」
「まあ細かいことは気にすんな」
グレン君の記憶力に一抹の不安が残るが、この調子で行けば多分見つけられるんだろう。
それにしてもセリ科とぺんぺん草…七草粥でも作るのかな…
「あ!」
「今度はなに?」
「スライムだ…」
グレン君が指差す方には青くてプリプリした丸い物体が蠢いていた。
ゆっくり、じっくりと近づいてくる。
全身を震わせながら草を貪っている姿を見て、僕の全身を恐怖心が貫いた。
見た目が怖い訳じゃない、むしろ可愛いのだろう。
しかし、本能的に相容れない感覚に襲われる。
なにこれ…すごい怖いんだけど……
「グ…グレン君…」
「どうしたんだ、そんなに震えて」
わからない、分からないが怖いのだ。
心臓がドクドクと激しく脈動している、呼吸は浅く早くなりうまく呼吸ができないような感覚に襲われる。瞳孔開いたままで対象から目が離せない。
突然バケツの水を被せられたように全身から冷や汗が滲み出て体温がガクッと下がる錯覚に襲われた。四肢の筋肉は不随意な過緊張と弛緩を繰り返していた。
鳴り止まない心臓の警鐘を全身で感じながら、僕は足をガクガクと震わせている。
「わからないけどすごく怖い!逃げよう!すぐに!」
「めっちゃ怖がってんじゃん、なにがあったんだよ」
グレン君は僕のリアクションみてはははと笑っている。
いや、はははじゃないよ!自分でも理解できないけど何故かすごく怖い!
「いや笑い事じゃないって!」
「わかったから大声出すな、ん?あいつ消えたぞ」
一瞬、目を離した隙に森の奥へと消えていった。
そっか…足音とかないもんなぁ。
スライムが離れるとスッと恐怖心が消えていた。
今は自分の身に起きたことよりも恐怖から解放された安堵感で何も考えられなかった。
「ポカンとしてないで、山菜採り続けるぞ」
「お…ぉう」
しばらくするとひと段落できたが、僕の心中は穏やかではなかった。
恐怖心やら羞恥心やら何やらごちゃ混ぜになった感情から少し距離を取る。
先程の恐れはなんだったのだろうと思考を再起動させる。
見た目の問題ではなさそうだ、本能とか…もっと奥の方から来ているような…
それとも心の問題なのか…
結局何もわからないまま山菜採りを終えた。
「助かったよ、こんなに要らないと思うけどなぁ」
グレン君の背負子には山盛りの山菜が詰められている。
僕もこんなに要らないと思う、でも取れちゃったから仕方ないよね。
「いや、仕方なくないから、多分摂りすぎで怒られるぞこれ」
「食べられなかった分はご近所さんに配れば平気だよ」
「そういう問題じゃないんだけどなぁ」
僕らは村に帰ってグレンパパに今日の収穫高を報告する。
グレンパパは村の狩人だ、時折近隣に余ったお肉や山菜を分けてくれている。
「ただいま!」
グレン君が背負子をどすんと床に置く。
「おう!帰ったか、お前ら随分採ったなぁ」
「見つけた端から採ってきた」
「あまり採りすぎるなよ、森がハゲちまう」
「ごめんなさい」
グレン君の言った通り少し怒られたがグレンパパはあまり気にしてないみたいだった。
「こんなに要らないけど…また配ってくるかぁ」
「そういえば、今日魔物が出たぞ」
「おお、なにがでた?」
「スライム!めっちゃアークが怖がってた」
そんなニヤニヤした顔して報告しないでよ…
「スライムかぁ…あいつら人は襲わないが、何が怖かったんだ?」
そうだったんだ…
本当に何が怖かったんだろう。
「まあ、足は遅いし次に見かけた時は逃げればいい。それよりもルミから伝言あるぞ」
「伝言?あのルミちゃんが?」
「オヤジ、ルミは『ん』話さないよ」
「何言ってんだお前ら、3人でよく遊んでいるだろう。ついさっき『アークとグレンが山菜採りから帰ってきたら空き地で待ってると伝えてください』って言ってたぞ」
「…え?」
「まじか…」
僕らは確認しなければならない事が出来てしまった。
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