文芸部幽霊奇譚

春海水亭

君と僕の創作について

A:文芸部員 

B:Aの後輩、幽霊


B:六月、重苦しい雲が占拠するどんよりとした空。地上を弄ぶかのように雨が降ったり降らなかったりを繰り返す厭な梅雨


A:文芸部は俺とBの二人だけの部活だった。二年の俺が部長で一年のBが副部長、この高校の絶滅危惧種である俺たち二人は特に保護されることもなく、ダラダラと日々を過ごしている


B:文芸部の活動内容というのは究極的に言えば書くことと読むことの二つだけ。私たちは役割を完璧に分担していて、先輩が文章を書いて、私がそれを読む。先輩の卒業の暁には読む担当の人間しか残らなくなってしまうだろう


A:部員が二人だけで何故廃部にもなっていないのか、もしかしたら誰からも忘れ去られていて、廃部にする予定だったことすら忘れられているのかもしれない


B:電灯の光は弱々しく、背の高い本棚の中身はまばら。何もない狭い部室を私達二人と会話、そしてキーボードの音だけが埋めている


A:小説って書いてて全くいいことないよなぁ

B:それ文芸部でいいます?

A:だってアレじゃん、なろうとカクヨムとノベルプラスとアルファポリスに上げてさぁ、感想一つも無いし、全部合わせてPV三桁に届かないしさ、俺が思うにWEB小説投稿サイトとかアレ全部作者の自演だぜ

B:とんでもないこと言い出しますね

A:作者がコツコツと頑張って自分の作品を見続け、アカウントも複数作って評価を送り、そういう努力を積み重ねた結果、誰も読んでいない大人気作品が生まれる、どうだろう?

B:どうだろうって言われても、どうもしないでしょ

A:そうでも考えないと隣で一億PV超えてる作品があるのに、こっちのPVが一桁な理由が説明できねぇだろ

B:いくらでも考えて説明できそうな気はしますけどね

A:とにかくよぉ、俺はもうイヤになっちまったぜ

B:じゃあどうするんですか?

A:文芸部の活動内容は大幅に変更!明日からは……市内の足湯を巡る部活にするか。申請出しといてくれ

B:そんなもん通るわけがないじゃないですか

A:じゃあ文芸部はそのまま残して、放課後は勝手に足湯巡り部として活動していっかぁ

B:足湯は休みの日に勝手に行ってくださいよ

A:とにかくよぉ小説はクソだよ、書いてて楽しくて楽しくてたまらないってもんじゃねぇし、運動と違って健康に良いわけでもねぇしさぁ……あぁ書きたくねぇ書きたくねぇ

B:じゃあなんで先輩は書いてるんですか?

A:あ?

B:そんなこと言うなら、キーボードから一旦手を離して顔を私の方に向けたらどうですか?

A:うるせぇなぁ

B:クソだクソだって言うくせに指はまだまだ正直ですね

A:は?足湯情報を検索してるだけなんだが?

B:……フフッ、早く新作読ませてくださいね。先輩


***


B:七月、雲ひとつ無い青空は言葉にすれば爽やかだけれど、雲は太陽のやりたい放題を防ぎはしない、生きているだけでじんわりと汗がにじむ。


A:キーボードにカギカッコを付けて「こんにちは」とか「しゃがみ弱キック」とかまじでどうしようもなくなったら「ぬぬぬ」とか「ねねね」とかを書き込んで消す。どんな適当な言葉でも一度書いてしまえば、そこから何かをつなげようとしてみたくなる


B:けれど今日はどうも先輩の様子はおかしくて、キーボードを叩く音が一つとして聞こえなかった。いつもなら恐る恐る言葉を探るようにパチンパチンと叩いて、そのうちに書きたい言葉を見つけて楽器を奏でるように軽やかにキーボードを叩くのに


A:あぁ~~~~、クソ、なんも書けねぇ

B:先輩のスランプなんて初めて見たなぁ

A:なんも言葉が浮かばねぇ、書きたいこととかなんもねぇ

B:いやいや、そんなこと言わないでくださいよ先輩、いつもみたいにボコボコっとキーボードに虐待するところを見せてくださいよ

A:才能もねぇし、書いてて面白いわけでもねぇし、それでいて誰かが読んでるわけでもねぇしなぁ

B:先輩……

A:きっついなぁ……読む人間がいなくなったってのは……

B:先輩が部室の壁を見る、笑顔ダブルピースの私のプリクラは遺影だ。私が死んでから一ヶ月が経った


A:人間が死ぬのに大した理由はいらない、別に誰かを庇ったとか、暴走した悪人の車に轢かれたというわけでもない。運転手のちょっとした不注意とBのちょっとした運の悪さ、それが重なってアイツは車に撥ねられて死んだ

B:私自身、死ぬだなんて全く思っていなかった。最期に残した言葉は「コンビニ行ってくる」だったと思う。私の遺言を巡って家族が争う……なんてことにはなれそうにない

A:文芸部の狭い部室は一人分のスペースが空いたからって大して変わりはしない。後ろにいるBに気を使わずに座り背伸びが出来るようになったことぐらいだ

B:一人の死による目に見えてわかりやすい影響が、座り背伸びが出来るようになったことぐらいなの、人間の影響について考えさせられる、もうちょいなんかあって欲しい

A:別に喪に服していたわけではないが、俺はなんとなく執筆ソフトを開かないでいた

B:先輩はそれどころか文芸部の部室にも来なかった、私が死んで一ヶ月……ようやく部室にやって来て、何かしらを書こうとしてもがいて……そしてやめようとしている


A:やめちまうか小説

B:小説はクソだとか、いいことないとか、先輩はそういうことばっかり言ってきた。けれど今までで一度もやめるだなんてことを言ったことはなかった、だから私は思いっきり叫んだ「やめないで下さい!」そう叫んだ瞬間、私は先輩の後ろに立っていた


A:うっ……うわっ……B!?

B:どうしたんですか?幽霊でも見たみたいな顔をして

A:いや、幽霊でも見たっていうか……

B:見たっていうか?

A:いや、あのはじめまして……ですかね、Bの双子の妹さんかお姉さん……いや、双子はいないか、親戚の方とか

B:事前に説明のない双子トリックはノックスの十戒に違反しますよね……先輩、奇跡って奴ですよ!私は幽霊になって戻ってきたんです!

A:いや、でも足あるしさ

B:足は……まぁ、ありますね

A:身体が透けたりもしてないし

B:結構くっきり見えますね

A:本当は生きてて……んで、この一ヶ月全部ドッキリだったとかさ……

B:先輩一人騙すために、家族も高校も葬儀会社も全部巻き込んだとでも言わせる気ですか?

A:いや……まじかよ……

B:ビビってます?

A:ビ……ビビってない

B:とりあえず……あー、座っていいですか

A:あ、ああ……えーっと、なんか飲むか

B:部室に飲み物が置いてあるなんて聞いたことないですけど

A:水道水、汲んでくるぞ

B:いりませんよ

A:えーっと……その、なんだ。家族とか友達に挨拶はしなくていいのか

B:なんですか、その言い方。先輩のほうが私のお父さんみたいな感じじゃないですか

A:あー……そうだな、うん。とにかくさ……俺は……まぁ……

B:なんですか

A:嬉しいよ、本当に……幽霊でももっかい会えたから

B:照れますよ、そんな……先輩私のこと大好き過ぎですよ

A:ああ、そうだな、うん

B:とにかく今日は先輩に話があって戻ってきたんです

A:それよりさ、幽霊でもなんでもお前が戻ってきたんだから……挨拶回りしようぜ!

B:そう言って、先輩は私の手を掴んで私と一緒に文芸部の部室から出ようとして……私だけが出られなかった

A:あれ?おかしいな

B:あー、出られないんですね

A:出られないって、お前……そんなふざけた話があるかよ。折角戻ってきたんだから、皆に顔を見せてやるべきだろ

B:なんていうか……私地縛霊的な奴なんですかね?この部室の中だけにしかいられない、みたいな

A:じゃあ、アレだ!ちょっと待っててくれ!

B:そう言って先輩がウキウキとした足取りで駆け出していく


A:いいですか先生、いやちょっとで良いんです!今日はどうしても先生に会わせたい人がいるんです!いやいやいや、それは会ってからの内緒ですよ!!先生びっくりすると思いますよ!!俺だってめちゃくちゃにびっくりしましたもん!!とにかく文芸部の部室に来て下さい!

B:部室の外から先輩が一方的に勢いよくまくし立てる声が聞こえる。とっておきの宝物を見せるみたいだ

A:準備はいいか?B!せーのっ!どうすか!?

B:先輩の顔は明るく、それとは対照的に連れてこられた先生は困惑している

A:いやだなぁ、Bですよ先生!死んだBが幽霊になってここに戻ってきたんですよ!ほら前をよく見て!見えるでしょ!いや、死んだのはわかってますよ!でも幽霊になって戻ってきたんですって!ようく目を凝らしてください!あっ、ちょっと……俺は大丈夫ですよ!幻覚じゃないんです!

B:先生の目に私は映っていなかった。多分、先生の目に見えていたのは後輩が死んだ現実を受け止められない可哀想な先輩の姿なのだろう。結局先輩はそのまま先生に連れて行かれて五分ほど経って戻ってきた


A:いるもんをいるって言って何が悪いんだよなぁ!?

B:やっぱり見えなかったんですね

A:まぁ、なんていうかアレだよな?相性が悪かっただけで、お前の友達とか家族とかなら見えるよな……先生は駄目だったけどさ、すぐ連れてくるから

B:いいんです、多分私のことは先輩しか見えないと思いますから

A:そんなもんやってみなきゃわからねぇだろ

B:でも……連れてきてもらって、先生みたいに私のことが見えなかったら辛いじゃないですか

A:……ごめん

B:いいんです……私は先輩に会うために戻ってきたんです、きっと


A:あのさ……

B:なんですか

A:俺に会うためにって言ってたけど、それって一体……

B:小説書いてますか、先輩

A:……書いてるよ

B:見てましたからね、私。さっき先輩が何も書けなくなってたところ

A:スランプなんて、誰にでもあるだろ

B:小説やめるって言ってましたね

A:気の迷いだよ

B:私には本気に聞こえました

A:……まぁ、わかったよ。言うよ、本当のことを

B:聞かせて下さい

A:小説ってのはさ、読まれないと意味がないだろ?誰だって丹精込めて作ったものは誰かに見てもらいたくなる……そして、俺の唯一の読者はお前だった。お前が俺の小説を読んでくれるおかげで俺は小説なんてクソみたいなものを書き続けることが出来たんだ

B:先輩……

A:なろうとかカクヨムとかノベルプラスとアルファポリスとか、そんなもん全部どうでもいい。インターネットのPVが0だったとしても、この狭い部室に俺の作品をちゃんと読んでくれる人間がいてくれれば、それだけで俺は全部オッケーだったんだ

B:でも、私が死んだから……

A:やる気が全部吹っ飛んじまった……誰も読まない小説って、インターネットにあってもゴミ箱にあっても大して変わらねぇよな

B:ごめんなさい

A:謝らないでくれ……死んだお前とか残された家族とか、そういう奴らの方が辛いだろうが。結局、俺の小説なんてもんは……趣味の一つだからさ、またなんか別のものを見つけてうまくやっていくよ

B:でも先輩……私、ここにいるから小説やめないでくれませんか?

A:は?

B:私、死んじゃって……幽霊ですけど、ここにいて……先輩が書き上げた小説を読むことが出来ます。私が先輩の読者を続けるから……小説書き続けてください

A:んな馬鹿なこと……

B:私はどうしても先輩に小説を書き続けてほしいんです

A:どうしても、って……

B:先輩の小説も、小説を書く姿も、そして先輩のことも好きなんです……死んだって変わらないぐらいに

A:俺のことも好きって……お前……

B:先輩だって満更じゃないでしょうが

A:そんな満更じゃないって、お前……そりゃお前……まぁ……

B:好きか嫌いかはっきり言ってくださいよ

A:そりゃ……俺は好きだよ……

B:もっと大きな声で

A:うるせぇな!大好きだよ!

B:だったらいいでしょう!?書いてくださいよ小説!読者はちょっと幽霊になっちゃいましたけど!

A:あー……もう、うるせぇな!書きゃいいんだろ!書きゃ!

B:そう言うと先輩はキーボードを叩き始める。カタカタカタカタ、私が生きている頃のリズミカルな音


A:はー、クソクソクソクソ、小説おもんないわ、小説とか書いてて全くいいことないわ

B:でも、完成した小説を私が読んでくれて嬉しいんですよねー?先輩はねー?どんなにつまらなくても私が読んでくれることがそれを全部帳消しにするぐらいのいいことですよねー?

A:うっせー

B:私が死んで一ヶ月、元の文芸部が戻ってきた。私は幽霊になってしまったけれど、先輩は今日も元気に書いている……だからハッピーエンドだと私は思う

A:けれど、そういうわけにはいかないんだろう?


***


B:十二月、あっという間の日の入り。放課後と言う言葉と夜という言葉を区別することが難しくなる季節。空はあっという間に夜よりも暗い宇宙色に染まる。


A:Bが死んでから半年が過ぎて、それでもアイツは生きているみたいに平然と文芸

部の部室にいる


B:そして先輩はあいも変わらず、私という読者のために小説を書き続けている。先輩が小説を書き続けてくれて私は嬉しい


A:はー、クソクソクソクソ、新作オラァッ!

B:あー書き上がったんですね、どれどれ?

A:ゆっくり読めよ、あんまり早く読まれると若干不安になるから

B:じゃ、後でゆっくり読みまーす……でも、アレですね。最初の方ちょろっと読んだだけでわかります、これは私の好きなやつですね

A:……まぁ、そういうふうな奴書いたからな

B:もー最近、私の好みに合わせすぎでしょ~先輩、私のこと好きすぎますって!

A:うるせぇなぁ

B:フフ


A:そういやさぁ

B:なんですか?

A:クリスマスだな、そろそろ

B:あー……そういえば、そうですね

A:なんか欲しい物とかあるか?

B:えぇー?クリスマスプレゼントくれちゃう感じですか?

A:そりゃ、まぁ……やるよ

B:先輩素直ー!嬉しいなぁー!

A:うっせ、いいから早く言えよ

B:ずーっと

A:あ?

B:卒業しても、就職しても、ずーっとこの部室に来て……カタカタカタカタやってくれる……なんて

A:そんなの……

B:いやいや、冗談ですよ冗談!決まってるじゃないですか!先輩!やだな、本気にしちゃって!


A:ずっと、このままではいられない。そんなことは当たり前だ。それでも……今を維持し続けようと考えないようにしていた。来年は受験、そして大学にも行けば就職もする、永遠にこの生活を続けられるわけがない。そしたら……Bはどうなるのだろう


B:先輩、どうしたんですか?急に考え込んじゃって

A:いや、なんでもねぇよ

B:別に欲しい物なんて今更ないですよ。私は先輩が小説を書いててくれれば……それで

A:……でもさ、せめてクリスマスプレゼントぐらいはあげたいんだ

B:なんですか、それ。でも、ま、嬉しいなぁ。考えておきますよ

A:ああ

B:あ、そろそろ下校時間ですね。また明日会いましょう

A:ああ、また明日……

B:さ、帰った帰った


A:Bに追い出されるように俺は部室を出た。文芸部の部室は校舎の隅、校門の方角とは正反対にある。だから俺は……俺が帰った後の部室を見たことが無かった、いや、見る勇気がなかった。けれど……俺は今日、校庭から文芸部の部室を見た


B:先輩が去った後、私はたった一人で文芸部に残される。先輩は朝早くにも昼休みにも放課後にも、それに休日にも部室にも来るから、そんな大して寂しいことじゃない。夜の六時半から朝の七時までたった十一時間半の孤独だ


A:なんとなくそうあってくれと祈っていた。Bは俺がいる時だけ部室に現れて、それ以外の時間は天国とかどこかでのんびりと過ごしているのだと。けれどアイツは……ずっと部室に、部室にしかいられないんだ


B:う、うわ……!?どうしたんですか先輩!急に戻ってきたりなんかして!忘れ物でもしたんですか?

A:い、いや……なんていうか……その、今日部室に泊まっていこうかな、って

B:……えっ

A:いや、いやなら良いんだけどさ……けど、出来れば泊まっていきたい

B:エッチなことします?

A:……それはしねぇよ

B:私はいいですけどね、なんて……

A:あんまからかうなよ

B:フフッ


A:夕食はコンビニで買ったパン、布団も無ければ毛布もない。冬の室温はただでさえ低いのに、隙間風まで吹き込んでくる。制服の上からジャージを重ねることぐらいしか抵抗手段はない

B:寒そうですねぇ、温めてあげましょっか?

A:いや、いいよ

B:でも、私が寒いので思いっきり隣に寄っちゃいまーす


A:あっ、おい……

B:あったかぁ~い、なんて私幽霊だから体温感じないんですけどね

A:やめろよ、そういうこと言うの

B:手

A:ん?

B:手、握っていいですか?

A:……ああ

B:ふふ、あったかい……今度は本当ですよ

A:いつもさ

B:なんです?

A:いつも部室に一人でいるのか?

B:別に……なんてことないですよ、先輩が来てくるんですから

A:ごめん

B:なんで謝るんですか

A:俺のせいでいつまでもこの部屋にいるんだろ

B:先輩が原因ってわけじゃ……

A:そうじゃなくても俺以外にお前が見えないの寂しいよ

B:でもさぁ、私は本当に幸せですから

A:B……

B:ずーっと一緒にいられるとは思えませんけど、でも私は先輩を独り占め出来たので、まぁ……私は可哀想なんかじゃないです

A:でも、俺はお前に成仏してほしい

B:えぇ?

A:俺はもう良いんだ、お前が俺の小説を読んでくれたおかげで……俺はもう一回書けるようになったし、お前のためにこれからも書き続けるからさ……だから俺のためじゃない、お前の人生を取り戻してほしい。俺はお前を孤独に縛り付けたくない


B:あぁ~……成仏みたいなの、多分そういうのあると思うんですよ。でも私はまだ行けません

A:なんで?

B:先輩が小説を書くのをやめるかもしれない……そう思った時に、私はこの場所で姿を得ました。いわゆる未練ってやつですかね

A:でも俺はこれからも小説を書き続けるぞ

B:うん、先輩は小説を書き続ける……私の未練は果たされる、それでオールオッケー、そりゃまだまだここにいたいんですけど、なんていうか成仏できそうな気はするんです……でもできない

A:できない?

B:わかりません、先輩は小説を書き続けるから何の問題も無いはずなんですけど

A:俺が小説を書くってだけじゃ駄目なのか

B:私もわかるんです、先輩が小説を書き続けるっていうのは嘘じゃないって……でも、それじゃ違うっていうか駄目っていうか、私の望んだものじゃない、そんな気がします

A:お前の望んだものって

B:さぁ、何なんでしょうね……わからないんです

A:……なぁ

B:なんです

A:俺がここで死んだら、ずっとお前の隣の幽霊でいられるかな

B:冗談でも二度と言わないで下さい、先輩

A:悪かった

B:ま、悪い気はしませんけど……でも、アレですね。責任感じすぎですよ

A:でも、俺のせいでお前が

B:私が成仏出来ないのは私が勝手にやってることです、それは先輩のせいなんかじゃない、でも……

A:でも?

B:先輩、私のクリスマスプレゼント決まりました

A:なんだ?

B:私を成仏させるような小説を書いて頂けませんか?

A:……わかった

B:ま、でも今日のところは……一緒に寝ますか先輩?

A:お前なぁ

B:こぉんな狭い部屋で私は出られないんですから、一緒に寝るしか無いんですよ

A:幽霊って寝るのか?

B:安心して下さい。目を瞑ったら、寝てるっぽく見えますよ

A:……今日は、俺も寝れそうにねぇなぁ

B:エッチな意味ですか?

A:朝が来るまで、ずっと喋ってようぜ。どうせ暇なんだろ?

B:いいですね、それ。私も……夜はずっと暇だったんです


A:俺たちは夜が明けるまでしゃべり続けた

B:時間なんか止まってしまえば良い、いっそのこと先輩も幽霊になって欲しい……そう思いながら


A:その日からしばらく過ぎて、クリスマスは目前に迫っていた。Bを成仏させるような小説――そんなアイディアは湧いてこない。というか俺は小説にそんなパワーがあるだなんて思っていない……それでも書くと言ってしまったのは、俺が馬鹿だからなのだろう


B:クリスマス、空からちらちらと雪が降り注いで地上を白く染め上げる。今日から冬休みが始まる。そして私は二度と学校に来なくなるのかもしれない

A:結局、俺にはBを成仏させるような小説なんてものはわからなかった……けれど、俺は自分の全力をキーボードに叩きつけた

B:先輩はきっとすごい小説を持ってくる、そんな確信がある


A:メリークリスマス

B:ん、来ましたね先輩……プレゼントをいただけますか?

A:挨拶もなしにプレゼントかよ

B:フフ、メリークリスマス

A:ん、じゃあコレ

B:ありがとうございます、書いてきてくれたんですね

A:まぁ、約束したしな

B:では謹んで読ませていただきますね

A:ああ……で、読みながらでいいから聞いてくれるか?

B:なんですか?

A:人が死んでも作品は残る……なんて言うけどさ、俺はお前が死んでそんなものに価値を感じられなくなった

B:どういう意味ですか?

A:お前が死んでしばらくは周りの皆は悲しんでたよ……でも、三日もすれば皆平然とした顔をする、お前の死なんてものは日常に埋没していく

B:ま、人間なんてそんなに悲しみに浸ってはいられないですからね

A:人間が残した思い出も悲しみもそこまで人の心を引っ張ってられないのに、その人間の一部分が書いた小説なんてものに価値なんてあるのか……ってさ

B:先輩は、そんなどうでもいい難しいことを考えちゃったんですね

A:うん

B:その割に先輩……フフ……なんですか、この小説

A:おかしいか?

B:えぇ、タコ型の火星人が異世界転生して、町内サッカー大会の優勝を目指すだなんて、何から何でもめっちゃくちゃですよ

A:めっちゃくちゃだろ?でも……俺は書いてて楽しかったよ

B:フフ……でしょうね

A:お前を成仏させるような小説……俺は色々考えたよ、お前の人生を小説にすることだったり、お前の好みに完璧に合致した小説だったり、でも……

B:でも?

A:色々考えてると、なんか書いてて楽しくなっちまったから……俺は、俺が書いてて楽しい小説を書いたよ

B:フフ、なんですかそれ……でも良かったです

A:面白かったか?

B:いや、人生で一番ひどい小説だったと思います……でも、私は先輩がそういうふうに小説を書いてくれて嬉しいですよ

A:読んでもらうとか、価値とか、どうでも良かったんだよ俺は。小説つっても別に大したもんじゃねぇ、書くのが楽しかったから書いてるだけだったんだ

B:だから、私は先輩の小説を書いてる姿が好きだったんです。見てて楽しかったから

A:B……お前、ちょっと透けて……

B:あー成仏ってこんな感じなんですね……ね、先輩、書き続けてくださいね

A:言われなくても書くさ

B:私のためなんかじゃなくて、自分のために

A:うん……でも

B:でも?

A:たまにはお前のために書くよ、お前が思い出させてくれたんだからさ

B:……フフ、ありがとうございます。ね、先輩

A:なんだ?

B:小説って書いててちょっとはいいことありましたか?

A:お前に会えたよ

B:ふふ、嬉しいなぁ……ああ、でも……また未練出てきちゃいました。もっと先輩の話読みたくなっちゃ……


A:そして文芸部にたった一人の後輩は消えた。

  俺は高校を卒業し、大学を入学し、就職し、それでもまだ小説を書いている。

  賞を取ったことはないし、大して読者がついている様子もない。

  それでも、まぁ……俺は楽しんでいるから、それでいい。

  そんなある日、俺の小説に一つのコメントが付いた


B:相変わらずの小説を書いてるんですね、先輩


A:楽しんでくれているなら、それで良い

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文芸部幽霊奇譚 春海水亭 @teasugar3g

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