第13話 身の行く末を聞かされるレジィリアンス
翌日、古いたたずまいの石作りの王城の、豪奢ではないが歴史の重みと威厳ある、暗い城内の一室で。
レジィリアンスは母王妃と共に、不安そうにたたずんでいた。
供の女性達は、少し離れたついたての横から、やはり不安そうに、成り行きを見守ってる。
昼も半ば過ぎた頃、ようやく使者が駆け込んで来た。
「王の…!
王のご帰還です!」
その声に、王妃もレジィリアンスもが、はっ!と顔を上げる。
叫ぶ男の後ろからエウロペが姿を見せた途端、室内にいる誰もが安堵した。
「王は…!お怪我は…」
王妃の言葉に、エウロペは頷く。
「重傷ですが、命に別状はありません」
けれど厳しさを隠したエウロペの微笑を見つめ、王妃は静かに尋ねる。
「…王と共に、敵も来るのですね?」
ほんの少し
王妃は横の王子を抱き寄せながら、怯えたように囁く。
「それで…やはり条件は…」
か細く頼りないその声は、震えていた。
エウロペは出来るだけ感情を抑え、囁く。
「…変わりません」
「おお…!」
王妃の悲嘆の呻きを耳に、それでも出来るだけ抑揚の無い声で、エウロペは静かに事実を告げる。
「今となってはもう条件を飲むしか、方法が無いのです」
その言葉を聞いた途端、王妃は不安そうに抱き寄せた王子を見た。
自分に良く似た、女性に生まれてくれば素晴らしい美貌の、まだ小さな王子。
とても幼かった頃、知らぬ間に毒を盛られ、小さな体を抱きしめ人を呼び、叫んだあの夜。
王は決意された。
危険な城からこの子を遠ざけると。
だから…従うしか無かった。
愛しいこの子を護るために…!
王妃は成長を見る事叶わなかった愛し子と、ようやく再会出来た喜びを思い返す。
たった、数ヶ月前の出来事…。
「あんまりです!
やっと一緒に暮らせるようになったというのに…!」
絞り出すような、悲哀に満ちた母王妃の声を聞き、レジィリアンスはその意味が分からず、母を見つめる。
肩に食い込む華奢な指は、痛いほど。
エウロペは泣き伏しそうな王妃に、声を和らげ囁く。
「…王妃さま、それは私から…」
王妃は忠臣のその気遣いに、微かに頷いた。
エウロペはゆっくり王子の側に歩み寄ると、彼の顔を正面で眺められるよう、膝を折った。
そして金の長い巻き毛を肩に胸に流す、美貌の少年を見つめると、落ち着いた声で囁く。
「中央王国〔オーデ・フォール〕の王子は、先の領土を落とされた際、この領土と引き替えに条件を出された。
王はその条件を、飲めぬと突っぱねられたので。
彼らは即座に二番目の領土にまで、攻め入って来たのです」
レジィリアンスは、不思議な感じがした。
ひどく静かだった。
エウロペはそっと手を握る。
その手は、いつも通り温かかった。
だがその声はひどく静かだ。
不気味な程に。
「…その条件とは、なんですか…?」
震うまいと決めたのに、尋ね声はレジィリアンスの意思に反し、震えた。
エウロペは一瞬沈黙し、そして口を開く。
「王は彼らを追い払うべく、
が、王の後ろにいる射手に矢が飛んできて…。
王は…ああいう方ですので。
射手の身代わりに、矢傷を負われました」
「エウロペ…」
「王は敵に捕らえられ…しかし手厚い看護を受けました」
「言ってください…!」
「彼らはじき、王を王城に戻すため、ここに兵を率いてやってきます」
「エウロペ、お願いです。
…その条件とは、この国を引き渡せと…?
そうなんですか?!」
エウロペは目を一瞬閉じたが、すぐに決意したように、レジィリアンスを真っ直ぐ見た。
「いいえ、あなたを引き渡せと…!」
レジィリアンスはあんまり意外で、びっくりして叫んだ。
「ぼくを…?
どうして?!」
「あなたを引き渡せば、2領土と王はお返しすると」
レジィリアンスはまだ、意味が分からなかった。
「あの…どうしてですか?
父の命を助け、ぼくの命を欲しがるなんて…」
エウロペはその誤解を聞いても、顔を真っ直ぐレジィリアンスに向け、決して言いたくなかった言葉を、淀みなく言い放った。
「あなたを花嫁にしたいと、そう、中央王国〔オーデ・フォール〕の王子からのお申し出なのです」
レジィリアンスはそれを聞いてもまだ理解出来ず、困惑に眉を寄せた。
まるで訳が、解らなかった。
「あの…。
あちらの王子はご存じないのでしょうか?
ぼくは王子で…花嫁にはなれません」
レジィリアンスからしたら、まるで常識外れ。
が、エウロペは大国の風習を理解出来ない若き王子に、説明を囁く。
「レジィリアンス様はご存じないかもしれません。
が、中央王国〔オーデ・フォール〕の先々代の王は、敵領地からその息子を連れ帰り、この方を花嫁となさいました。
誓いを立て、高貴な女性と世継ぎこそ作られたが、終生この青年を大切にし、愛し続けたとか。
それゆえかの王国では、前例のない事ではないのですよ」
レジィリアンスは下を向いた。
どう理解しようと努力しても、それは難しい事のように思われた。
王妃は理解から程遠い、年若い王子を助けるように口を開く。
「かの国と我が国とは、風習がまるで違っています。
かの国では男性同士でも恋人として、万人に認められているようなのです」
レジィリアンスは顔を上げた。
「では…男の方同士で、口づけをなさったり…するのですか?」
エウロペは努めて平静に、言葉を返す。
「そう、女性にするように」
そう答えながらエウロペは、戸惑う幼げなレジィリアンスの、綺麗で可愛らしい顔を見つめた。
美しいだけで無く、例えようも無く甘やかで愛らしく、無邪気。
そんな様子が、大国の王子の心を捕らえたのだろうか…。
が、戸惑うのも無理はない。
この国で殆どの男は、狩りをする。
獲物は家で待つ、女性らに捧げられる。
女達は得意の自家製レシピで、ほっぺが落ちそうなご馳走を作り上げる。
彼女らは庭中に花を植え、甘い香りと温かい食事で、獲物を追い、疲れた男達を癒すのだ。
…そんな国に生まれ育ったこの方に、いくら説明をしたところで、理解が得られるはずもない。
しかしじき、彼らはやって来る。
傷ついた王を連れ、王子をさらいに。
レジィリアンスはまるで事態が、想像出来ないでいた。
が、理解出来る事もある。
「…つまり私がその方の元に行けば、領土も…父上も帰ってくるのですね?」
尋ねたものの、レジィリアンスは一体どうしてそんなとんでもない事になっているのか。
必死に理解しようと務めた。
確かに…今までも、女性に間違われた事はある。
でもこの国で美しい王妃は国民の人気の的で、その王妃にそっくりな自分は、たいてい王妃の息子で王子だと、理解されてきた。
レジィリアンスは自分を不安げに伺う、母の姿を見た。
金の柔らかに波打つ髪は結い上げられ、けれど小さい、美貌の顔が、明るい青の瞳が。
今にも泣きそうに、潤んでいた。
ほっそりと、しなやかな体つき。
どれほど自慢のお方か…。
例え女性に間違われたとしても、この人に似ている事を、今まで一度も恥じた事なんてなかった。
なのに、花嫁に望まれるなんて…!
レジィリアンスは顔を俯けた。
そしてか細い声で、エウロペに告げる。
「…支度を…いたします」
エウロペは静かに頷き、そっと華奢な肩に触れた。
ふいのいたわるような温かさに、レジィリアンスは涙が溢れそうになり、ぐっ…と堪えた。
必死に唇を噛み、泣くのをこらえ、そっと母王妃に振り返向く。
けれど王妃はもう大粒の涙をこらえきれず、滴り落ちる涙で、その頬を濡らしていた。
森と花の国の王子 @tennoneiro
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