第12話 出発の準備を進めるオーデ・フォール軍

 朝を迎えたというのに、ロットバルトとラステルは進軍準備の為、大軍の分配、指示に夜中走り回っていた。


ようやく森と花の王国〔シュテフザイン〕王城への進軍手配が全て済み、エルデリオンの居る部屋へと、二人は報告のため戻って来る。


扉を開けた途端、朝日差し込む窓辺の椅子から、直ぐ振り向くエルデリオンの姿を見つけ、ロットバルトとラステルは顔を見合わせる。


エルデリオンはしゃんとした姿で、直ぐ様ラステルに向かい

「報告を聞こう」

と促す。


ロットバルトは部屋の隅に、壁に背をもたせかけ、腕組みして立つ長身のデルデロッテを見つけ、そっ…と近寄ると、小声で尋ねた。


「一睡も…して、いらっしゃらない?」

デルデロッテは無言で、頷く。


ラステルと話すエルデリオンは、目を輝かせ生気はあるように見えた。

が、森と花の王国〔シュテフザイン〕侵攻を決めて以来、彼は日に日に憔悴し、今や頬が削げ、確実に痩せたのは、ずっと彼の側に居る者なら、直ぐ気づく事実。


「…準備期間中ですら…あまり睡眠を取っておられぬ御様子だったが…」

デルデロッテはおもむろに背を、もたれていた壁から離し、ロットバルトに屈み囁く。

「…この、なさけから見放された決断も。

睡眠不足から来てるとあらば…。

やはり大量の薬を盛って、無理にでも眠らせるべきだったかもしれぬ」


ロットバルトは言い淀んだ。

「…今更、遅い…」

デルデロッテは年上の重臣の、その返答に頷く。


ラステルの、爽やかで聞いている者の心を明るく変える、声が響く。

「森と花の王国〔シュテフザイン〕国王は目覚め、王城に今日、我が軍が進軍すると聞き、一緒に戻られると…」


エルデリオンはそれを聞いた途端、顔を大きく揺らす。

「ご決意は難いのか?」

ラステルは頷く。

「が、ご容態は?

…動かせるのか?」

エルデリオンに戸惑いに、釘を刺すようにラステルは抑揚の無い声で告げる。

「もちろん、激しく動かせば出血します。

王のご容態を見守っていた森と花の王国〔シュテフザイン〕の侍従らは、王の意向に従い、何としてもお運びすると。

きっぱり、言い切られました」


けれどエルデリオンは動揺しまくる。

傷付いた父王の姿を見せた後。

愛しの人を重病人から引き離し、強引に馬車に乗せなくてはならない。


「…私が、たいそう酷い男だと…あのお方は、思うだろう…」

ラステルは呆れたように告げる。

「…酷い事をされてる自覚が、無いのですか?

あちらの王子に、恨まれて当然なのでは?」


ロットバルトはラステルの声音を聞き

「…相変わらず思いっきり、嫌味言ってるな…」

と、一見軟弱に見えるラステルの豪胆さに、呆れる。


けれどデルデロッテは声を落とし、ロットバルトの耳元で囁いた。

「…ああ睡眠不足では。

その嫌味も、まるで届いておられぬご様子」


ロットバルトはエルデリオンを見、ラステルの丁寧な言葉の裏の嫌味に、全く気づかぬエルデリオンを見、もう一度デルデロッテを見る。

「…今から、一服盛って眠らせるか?」


デルデロッテもチラ…とエルデリオンを見つめ、声を落とし告げた。

「二ヶ月にも及ぶ睡眠不足が。

たった数時間で、解消すると思うか?

…実は夕べ、酒に盛った」


ロットバルトはデルデロッテを、驚きに目を見開き見上げる。

「…それで…」

デルデロッテはため息交じりに吐息を吐くと、顔を下げた。

「…うとうとはなさっても…直ぐ、はっ!と目を覚ます」


ロットバルトはがっくりと、首を垂れた。


「…つまりレジィリアンス殿を思い描き…」

「それ以外はまるで注意を払われない」

ロットバルトはデルデロッテのその返答に、睨み付けてぼやく。

「俺が言いたかったのは、愛しの人を思い描き、興奮状態で薬も効かぬと。

…あの若さでは、無理も無い事かもしれぬが」


が、デルデロッテは整いきったすまし顔で告げる。

「二ヶ月もロクに眠れぬ程の、狂った恋心ですか?

そんな経験が、おありで?」

ロットバルトは、むすっとして言った。

「…俺は、ある」


美丈夫で、宮廷では身分高い美女らにモテまくってるデルデロッテは、素っ気無く言った。

「私には、無い」


ロットバルトはもっと、肩を落とした。



 エウロペは早朝、靴音高く駆け込んで来る使者に

「もっと静かに…!」

と注意を促す。


王不在の今現在、エウロペが国王代理を務めていた。

「…王は…負傷した王は、腹心の侍従らに運ばれ、こちらにご帰還されると…!

けれどあちらは、即刻婚姻書に王子の署名を頂き、ただちにあちらの王城に、連れ帰りたいとの事…!」


エウロペは、ギリ…!と唇を噛んだ。

「幾ら勝者の特権とは言え…お父君が重傷を負われたばかり…!

…どうしてもと…ご所望なのか?」


使者は頷く。

「あちらの言い分は…もう二ヶ月も前からの申し出。

叶えられぬから出撃し、勝った以上、ただちにと…!」


エウロペは頷く。

「拒絶した、こちらのせいだと、言わんばかりだな…」


「あちらはかなりの兵を伴って、やって来るつもりです…!

負傷された王は、事実上人質…!」


エウロペは、無念を滲ませ、それでも頷く。

「…支度をするしかあるまい…。

こちらの条件は、王子の面倒を見る従者の同行を、必ず認める事」


「その事は…貴方に言われた昨夜の内に、あちらに伝えました」

「返答は…?!」

「構わないと」


エウロペは、ほっとした。

使者は民の王と崇められるその重臣に、囁くように語りかける。

「…あちらの…王子の臣らは、我らに同情的。

将軍始め、捕虜の扱いも丁重だと聞きました」


「…が、王子の身に降りかかるこれからの厄災の…助けにはならぬのは明白」


使者はふいに、涙ぐんだ。

「男に陵辱されるなど…!

まだ無邪気な…心優しい少年王子を…!」


エウロペは王子の身に降りかかる辛い事実を思い、涙する使者の肩に。

そっ…と手を置き、慰めた。

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