第11話 夜更けの伝令

 知らせは、夜届いた。

レジィリアンスはけたたましい使者の足音に、飛び起きる。


「大変でごさいます!

王が矢傷を負い、敵の手に捕らえられたと…!」


城中に響き渡るその大声に、城内に戦慄が走った。


エウロペはレジィリアンスの寝室に、扉を蹴立て飛び込んできた。

転がるように寝台から身を起こし、レジィリアンスは彼の腕の中に飛び込む。

「エウロペ…!」


王子を腕に抱くと、それでもエウロペは落ち着き払った声で囁く。

「王は、大丈夫です」


ただ、その声は秘かで、何かを固く決意したような静けさがあった。

「でも…!」

「王は…王は、ご無事でいらっしゃるので…!」


しかしレジィリアンスは、そのエウロペの決意に気づかなかった。

「敵は父様を…どうするのでしょう?」

「無事に返して頂けます」


エウロペの秘やかな硬い声は、続いていた。

レジィリアンスはエウロペの逞しく広い胸から顔を上げ、それでも叫ぶ。

「だって…!

攻めてきた敵でしょう?

そんなに簡単に、父様を返してくれるの?!」


腕に抱く、レジィリアンスの小さな体が、震えていた。

エウロペはその震えを止めるようにきつく抱くと、何かを言おうとした。

王に止められていた何かを。


しかし、迷った。

いずれ明らかになるそれを、今、言うべきかどうかを。


エウロペは抱く腕の力を緩めると、王子を寝台まで導く。

潜り込む王子の体にシーツをかけながら、エウロペは微笑んでみせた。


「いいから、お眠りなさい。

体を休めておかなければ、いざという時、何もできませんよ」


レジィリアンスはこの城に帰ってくるまで、たびたび聞くその言葉に耳を傾けた。

毒の入ったスープや、寝台に潜り込む毒蛇。

逃亡先にも押し掛けてきた、たくさんの刺客達。


けれど。

…エウロペがいると、安心だった。

彼さえいれば、そんなものは何も心配する事はなかった。


そのエウロペの言葉に、レジィリアンスはようやく、頷いてみせる。

「そうだね」


エウロペは枕に頭を落とす、その愛らしい少年に、安心させるように微笑みを向ける。

そしてそっ…と頭に触れて安心させると

「ゆっくりお休み下さい」

そう告げて、部屋を出て行く。


が、王子の寝室の扉を閉め、外に出ると。

エウロペは、ぎり…!と唇を噛んだ。


…どうして。

どうしてこの愛らしい美貌の王子は、こうも不運なのか。


エウロペはしかし、再び新たな敵と戦う覚悟を決めるかのように、静かにその瞳に戦意をたたえた。


自分が、諦める訳にはいかない。

何があっても!


“花嫁に”

と言う以上、身分は王太子妃。

無体な扱いは、受けないだろう…。


女のように扱われる事、以外は!


エウロペは顔を下げる。

中央王国〔オーデ・フォール〕には、うんと若い頃、修行の旅で訪れた。

男の恋人を持つ事は、かの国では当たり前。


美しい青年は、当たり前のように男からの誘いを巧妙に捌いていた。

気のある者には艶を含んだ瞳で応え、気のない相手にはつれない素振りを。


…だがこの国では!


男は女しか、恋人にはしない…!


思いもせず、全く経験の無いレジィリアンスに、王太子妃が務まるなど、到底思えない…!

ましてや、逃亡生活で諸侯を転々と移動する日々…。

ゆっくり恋愛など、してる間もなかった………。


エウロペは後ろ手で扉を閉めたまま、深くこうべを垂れる。

この扉をもう一度開け、レジィリアンスにせめて男と愛し合う知識を伝えるべきか…!


が、閉めた手は、がんとして動かない。

自分の、手なのに!


“眠らせてあげたい…。

せめて今夜だけでも、何も知らず安らかな眠りを…”


自分の手は、頑なにそう主張し、エウロペは自分の義務より、自分の本能を受け入れた。


やっと、レジィリアンスの寝室の扉から離れる。

そして首を垂れ、暗い廊下を歩き出した。

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