略奪
第10話 出陣前の森と花の王国〔シュテフザイン〕王城にて
その日、レジィリアンスは国王である父の元へ、慌ただしく使者が次々と、駆け込むのを見た。
彼は自室に居るよう命じられ、寄り添うように横に立つ、従者エウロペを見上げる。
エウロペはレジィリアンスより、うんと背が高かったから。
自分を見下ろし、優しげに微笑むエウロペに、レジィリアンスは不安を隠さず囁く。
「…また、戦ですか?」
エウロペは安心させるような、暖かな笑みをレジィリアンスに投げかける。
「心配はいりません」
穏やかな口調。
全てが、分かっているかのような落ち着き。
けどレジィリアンスは納得しない。
「…でも、なぜ。
古くからの友好国である中央王国〔オーデ・フォール〕が、攻めてくるのですか?
条約はどうなってしまったの?」
エウロペはため息をついた。
その理由を、当事者の彼に説明するのは、難しい。
王子であるレジィリアンスに、エウロペはそれでも大丈夫、と笑ってみせた。
「大事にはなりませんよ。
最初の領土を攻められた時も、領土を取られはしたが、死人は出ていないんです」
「それでも…」
言いよどみながらも、レジィリアンスは言葉を続けた。
「今また使者が次々と、父上の元に訪れています」
それに呼応するかのように、扉は開き、入って来た召使いに、エウロペは呼ばれた。
「王様がお呼びです」
レジィリアンスは不安げに、エウロペを見上げる。
エウロペは一瞬、この呼び出しがレジィリアンスの更なる不安をかき立てるだろうと、眉をひそめ、短い吐息を吐き、首を微かに横に振った。
が、エウロペはそれでも。
この華奢で少女と見まごう美貌の王子に、微笑んでみせる。
細い肩に落ち着かせるように温かな両手を乗せ、優しく見下ろして囁く。
「行って来ます。
いたずらに不安がっては、いけませんよ?」
言い諭すようにそう告げると、もう一度微笑んで、エウロペは出て行った。
レジィリアンスはエウロペの、頼もしい後ろ姿を見送る。
高い背。
広い肩幅とがっしりとした体格。
でもその足運びは、音もせずとてもしなやか。
エウロペの顔は、どちらかと言えば菱形に近い形をしていて、頬骨が少し出ていた。
髪は明るい栗色。
明るくくっきりとした爽やかな緑の瞳は際だって、彼の全てを物語っていた。
彼に出会った者全て、彼に好感をもたずにはいられない、爽やかさと、暖かさと、信頼感を醸しだしていた。
エウロペは『王国の宝』と称される、ルーベリール家の長子。
この家は代々王家に、息子を捧げる。
その為、エウロペは子供の頃から、あらゆる訓練を課せられていた。
薬草、社交、地理、護衛術。
言うまでもなく、武術や剣術も。
彼の落ち着きは数々の経験からくるもので、彼は国民に
『民の中から出た、民に近いもう一人の王様』
と言われるくらいの信頼を得ていた。
本来王に付くはずのこの人物は、レジィリアンスが王の弟大公の手の者に命を狙われ、ついには安全のため、王城を出なくてはならなくなった時。
王の命を受け、王子の護衛となった。
幼い王子を連れ、それでも隠れ家を襲う暗殺団から王子の命を守りきり、数ヶ月後ようやく、レジィリアンスは王城に戻る事が出来た、その矢先の大国の襲撃。
「(けれど、エウロペさえ側にいてくれたら…。
どんな時も、安心)」
幼い頃から常に側を離れず、どんな不安からも護り切ってくれたエウロペへの信頼で、心に暖かな安心が広がる。
『王家の宝』と呼ばれるこの人物を自分に付けてくれた、父王の心使いに。
レジィリアンスは感謝せずには、いられなかった。
国王居室に呼び出され、エウロペは王の表情を覗う。
困惑を通り越し、怒りを見せていた。
「ではどうしても…」
エウロペは小声で、王の決断を尋ねる。
王は即座に激高し、振り向き怒鳴った。
「他に方法があるか?
…とんでもない条件だ!!!」
「もちろん、それは承知。
しかし、王自らご出陣とは…。
どうか、お考えを改めるか、私を供として戦場にお連れ下さい」
この信頼感溢れる有能な男の申し出に、王はそれでも首を横に、振った。
「異母弟の陰謀で、レジィリアンスは何度も命を落としかけ、長い間城中にすら居られず、諸侯を転々せざるを得なかった。
君のお陰でやっと…この城に王子を戻す事が出来た矢先の、この非道なる申し出!!!
レジィリアンスにここで、安心して暮らしてもらいたい。
その為に、君の力がいる」
言い切る国王に、エウロペはそれでも喰い下がる。
「しかし…」
が、王はエウロペの言葉を
エウロペは首をたれた。
この、たおやかでしなやかな、野生と自然の優しい気配を持つ男は、それでもたちこめる暗雲と心配を振り払う事が出来ず、王を見つめる。
が、固い決意を王の横顔に見つけ、ひそめた声で囁く。
「どうか、どうかご武運を」
王は頷き、言葉を返した。
「王子を頼む」
エウロペは深く
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