第9話 馳せる心

 ラステルが、エルデリオンの居る部屋を訪れた時。

エルデリオンはまだ、不安そうに見えた。


ラステルはエルデリオンに、ひそめた声で囁く。

「森と花の王国〔シュテフザイン〕国王は現在、薬草で眠っていらっしゃる。

が、出血も止まり…」

「王城へ使者は出したのか?!」


報告を遮られ、ラステルはエルデリオンのきっ!と見つめる、ヘイゼルの瞳を見つめ返した。


エルデリオンの後ろに立つデルデロッテは、いつも軽やかなそのラステルの空色の瞳が、エルデリオンの反応を覗うように、鋭く輝くのを見た。


「ええ。

明日、我が軍が王城に乗り込み、森と花の王国〔シュテフザイン〕はもはやこちらの申し出を飲むしか無いと。

伝令に命じ、申し入れました」

「あちらの返事は!」


叱咤するようなエルデリオンの言葉に、けれどラステルは肩を竦めた。

「必要ですか?

負傷した国王を捕虜にし、大軍連れて王城に乗り込むのですから」


デルデロッテはラステルのその嫌味が、果たしてエルデリオンに通じているのかを、顔を下げ上目使いで覗う。


が、エルデリオンはほっとしたように、安堵を滲ませ告げる。

「その通りだな…。

では明日。

私はようやく…あのお方に会える…」


まるで緊張の、糸が切れたようにぐったりするエルデリオンを見つめ、ラステルも、デルデロッテまでが。


揃って言葉を飲み込む。


『自分のされている事が、分かっておいでか?!

父君に重傷を負わせ、側で看病もさせず、まだ少年の王子を自国に連れ帰るとおっしゃってる!

それは人情から外れていると、お気づきではないのですか?!』


“…見えてない…”


デルデロッテは、ラステルの心の声が、聞こえたような気がした。

がそれは、自分の心の声かもしれない。


“エルデリオンにはレジィリアンスしか、見えてない…”


ラステルは顔をさっ!と下げ

「まだする事がございます」

そう、わざと慇懃丁寧いんぎんていねいに告げる。


エルデリオンは気づき

「あ…ああ、行ってするが良い」

と退室を許した。


ラステルはいかにも臣下。

と言うように、扉前で丁重ていちょうに頭を下げる。


それすら、ラステルの嫌味。

が、エルデリオンは気づかず、すっかり暮れた窓の外を見る。


“最初、あの方に直ぐ手が届くと思った。

素性を調べさせ…森と花の王国〔シュテフザイン〕の、王子と分かった途端…!!!


一斉に、諫める周囲の声…。


『同盟国の王子ですよ?!』

『あちらに男の恋人を持つ風習はないのですから。

どうぞ態度をお控え下さい』

『貴方の花嫁となりたい高貴な身分の女性は、ほら、こんなに大勢、いらっしゃいますぞ?!』


森と花の王国〔シュテフザイン〕に、正式な申し出をする事ですら。

やっと、叶った。


が、つれない拒絶の返事!


…あれほど鮮明に輝いて見えたあの方が…どんどん、遠ざかる…!!!


やがて自分の中から、その輝きが消える事を周囲が期待してると分かった今。

戦うしかなかった。


戦って。

戦って戦って、戦って!


絶対あのお方を、もう一度この腕の中へ…!


…それが明日。

ようやく叶う…”


エルデリオンは椅子に、へたり込んだ。


あれ程遠ざかった、輝く金髪の甘やかな美貌の少年が。

今、やっと…!


手で触れる距離にいる…。


エルデリオンは微笑んでいた。

それを見たデルデロッテは、沈んだ表情で静かに、顔を下げた。


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