第16話
村長はまた頭を抱えた。さくらが目を覚ましてないその事実に。もう時間が無い。他にやれることは無いか、考えていると、マユが村長に「あの!ダイは、大丈夫ですよね……」と聞く。普段なら簡単に「大丈夫」と言っていた疑問に、村長は首を縦に振れなかった。
――――
『何で目の前で大切な人がいきなり動かなくなったの?』
『何で大切な人の大切な人がこんなにもおかしくなったの?』
『何で大切な人を食べなきゃいけなかったの?』
『何で私はこんなにも無力なの?』
ずっと見てるだけだった。だからこの体になった時、心の底から嬉しかった。あの時とは違う。今度は絶対に守れる。何も分からなかった自分じゃない。そう思ってた。
けど、現実は違った。何も変わらなかった。結局は守れない。それは見てるだけと殆ど変わらない。
何がいけないの?私が何かした?もしかして何もしなかったから?どうすればよかったの?ただ幸せに暮らしたかっただけなんだよ?
こんな事、天に言ったところで答えは返ってこない。もうやる気も無くなってくる。諦めようか。
もう最初から何も無かった。
なかったんだ。
さくらはさらに目を閉じた。何も聞こえぬよう、何も感じなように。
さくらは夢を見た。その夢の中は何かで全身が包まれたように暖かく、ずっとその中にいたいと思う程だった。
その夢の中ではさくらは今より一回りも二回りも小さく、まるで現実世界で言う所の中型犬の大きさだった。目の前には今のさくらと同じ種族であろう生き物の姿があった。大きさは今のさくらとほとんど同じで、椿色の毛が印象に残った。
ふと地面を見ると雑草が生えており、さくらの見える端までぽつぽつと木が生えてたり、そもそも雑草生えてない所もあったが、それが続いていた。
目の前にいる椿色が特徴の生き物は突如としてさくらの名前を呼ぶ。夢の中のさくらはその生き物を「つばき」と呼び、元気よく返事をした。
そして、動画を再生するように次々へと思い出が流れてくる。
次のシーンではつばきと日向ぼっこをしてるシーンだ。さくらとつばきは横に並んで日向ぼっこを楽しんでいる。
つばきはこちらを見て微笑む。
「さくらは将来何がしたいです?」
突然その質問が飛んできたのもあって、夢が浮かばない。さくらはは「分からないです」と答え、つばきは何がしたいのか聞いた。つばきは「私は……」と数秒考えた後、「内緒です」と答えた。その後。小さく何かを言っていた気がしたが、上手く聞き取れなかった。
つばきは立ち上がり、「今日はもうこれで終わりにしましょう」と言うと、さくらとつばきの間に魔法陣が出現した。その中に元気よく入っていくさくら、何故なら、この後には大好きなつばきの料理が食べれるからだ。
さくらが魔法陣に入ると、目の前には先程の巨大な生き物は入らなさそうな大きさ、人間が使っていそうなサイズの木造の家があった。
すると、さくらが先程くぐってきた魔法陣からあの巨大な生き物ではなく、椿色の髪色をした人間の女性が出てきた。その女性はよく魔法使いが来ていそうな黒いローブ、そして鍔の広い黒の三角帽子を被っていた。その女性はさくらを見るやいなや吹き出し笑う。さくらはその光景に頭の上に「?」を出し首を傾げると、女性は「涎」と自分の口元を指した。さくらはいつの間にか開いていた口を閉じヨダレを隠すように目を逸らす。すると女性はさくらの口元をローブで拭い、頭を撫で、「ご飯にしましょう」と言った。さくらは「はい!つばきさん!」といつもよりめいいっぱいに元気の良い声を出し、またヨダレを垂らした。
次のシーンはつまみ食いがバレた時のシーン、
さくらも少し大きくなったので、魔法陣の力を少しだけ分けてもらった。小さい物なら移動させられるようになったので、今日の夕食である唐揚げをつまみ食いしようと考えた。やり方は簡単だ。
まずは魔法陣を部屋の角に出し、見渡せるようにする。そして、唐揚げの場所を把握したらその魔法陣で取り込み、事前に出しておいたすぐ上にある魔法陣から落として食べる。
さくらは説明している間に一個はいけた。案外ちょろいものだなと内心思いつつ、今度は魔法陣ではなく、台所に行き食べれるか聞く、何故ならつばきさんはいつも、一個だけならとくれるからだ。手は何個でも打っておくものだ。これで駄目だったりすれば、頼んでる間にどさくさに紛れて食べたり、さっきの手を使えばいい。
そう思い、さくらは台所へ向かう。
「つばきさーん!」
しっぽをぶんぶんと振り回すと、埃がまうからと怒られた。でも目的は果たす!
「唐揚げ食べていいですか?」
「さっき食べたでしょ?」
予想外の展開に固まるさくら。
「バレないとでも?」
声色が変わる。さくらは上目遣いでつばきを見て、出来るだけ可愛いと思う顔をする。目も少し潤わせる。
「そんな顔で許されるとでも?」
その日の夕食は……思い出したくない。思い出したら今でも体が……。あぁ……。
次のシーンでは魔法陣を動かす練習をしていた。
こう見えても魔法陣を動かすのは結構神経を使い、まず人間では無理だ。さくら達でさえ、こうやって練習してやっと自由に使えるようになる。
ちなみにさくらは優秀な方であり、通常よりも早いスピードで成長していっていった。つばきは本当にこの事を嬉しく思っていた。
「次」という言葉と同時に丸いボールが四つほど飛んでくる。それをさくらは小さな魔法陣四つで受け止め、目の前にいるつばきの近くにあるカゴに入れる。
そして次のボールを投げ、魔法陣を展開した時にカゴの位置を変える。さくらは多少驚きはしたが、すぐに魔法陣の位置をカゴに合わし、見事にカゴの中に入れることが出来た。
「今日はこの辺で終わりましょう」
さくらはその声を聞くと、その場に倒れること無くこちらに歩いてくる。
「成長しましたね」
つばきがそう言うと、さくらはにへらと笑った。
さくらのその姿は最初の頃とは全く違い、白かった毛並みはさくら色になり、体もつばき波に大きくなっていた。その姿を見た時、嬉しく思ったが、ほんの少しだけ寂しさもあった。
「つばきさんの為ですから」
その言葉に、つばきは「そうですか……」と少し俯いて答えた。辺りは日が落ちてき始め、オレンジ色になった。
「夕飯にしましょう」
つばきはそう言うと魔法陣を出し、家へと帰る。
さくらは人間へとなり、魔法陣へと入った。
台所から包丁で野菜を切る心地いい音が聞こえる。今日はシチューらしく、さくらはいつも通りの席に寝転び、魔法陣でお手玉でもしながら待つ。そして、出来るだけ匂いを忘れぬように息を吸った。すると、台所から「さくら」と呼ぶ声がした。さくらは勢いよく飛び起き、その声の場所へと向かう。するとそこにはつばきの姿はなく、ただぐつぐつと音立てている鍋だけあった。「つばきさん!」その言葉を全部発する前に、後ろから「ばぁ」という声ともに後ろから抱きつかれる。さくらは驚き、声が出そうになったが我慢し、「なんですか!イタズラですか!」と少し怒り気味に言うと、つばきは「ごめんなさい」と笑いながら返ってくる。
「こうやってするのも久しぶりですよね」
「……そうですね」
少しだけその時を噛み締めるように二人は無言になった。
「大きくなりましたね……」
「つばきさんのお陰です」
そして、つばきは覚悟を決めたように言葉を発した。
「ごめんなさい。一人にしてしまって」
「なんの事ですか?」
「気づいているんでしょ?」
少しさくらは動揺し、「何をです?」とまたとぼけた。
「とぼけなくなっていいんですよ。この世界はもうすぐ無くなってしまうんですから」
つばきは悲しそうにそう言った。さくらは少し戸惑いながらも、「何で私の夢なのにつばきさんが気付くんですか」と笑った。つばきからは「貴女の師匠ですから」と自信満々に返ってきた。
「私の作ったシチュー食べさせてあげたかったです。今回のは格別だったんですよ?」
「そうですか。食べれないんですね」
涙を堪えてそう言った。
「もっと貴女と一緒に居たかった」
「私もです」
涙を堪えてそう言った。
「あのね、さくら。一つだけいや、二つ、お願いがあるの」
つばきはさくらから離れ、あの巨大な生き物へと変化する。家は壊れて行った。
「何ですか?」
「一つ目、諦めないで、皆で力を合わせればきっと乗り越えられるから」
さくらはこくりと頷いた。
「二つ目、出来れば最後にお母さんって呼んで欲しいな。本当の親子ではないけどね」
さくらは何度も何度も頷いた。そして振り返る。
「本当に、ありがとうございました。つばきさんが居てくれたから、私……私……」
言葉が出てこない。それに加え涙が邪魔してくる。だから、この言葉に全部を込めよう。
さくらはゆっくり息を吸った。そして、
「お母さん!私頑張るから!」
さくらにとっては母親が出来るなんて初めての経験だった。生まれてから母親なんて見たことすらなかったからだ。
さくらが一番最初に見た景色は、透明な箱の向こうから見てる人間達がこちらを見ている様子だ。時々その中から外に出され、頭を撫でられ、時々不快な思いをする。そんな毎日。でもある時そこから出られ、新たな家族が出来た。それが梅達。
でも心のどこかでは母親が恋しかった。母親の傍で甘えたかった。それがやっと叶った。欲を言えばずっとここに居たい。
だけど、待ってる人がいるから。
さくらは自分で出した魔法陣に向かう。後ろから「待って!」との声がした。さくらは振り返る。
「行ってらっしゃい」
その母親からの言葉にさくらは、
「行ってきます」
と精一杯の笑顔で返した。巨大な生き物になり魔法陣に入っていくさくら。その姿をじっと見た。
つばきにとってもこれは初めての経験だった。
娘、息子はいっぱい出来た。しかし、育てることは出来なかった。人間に取られ、何処かに連れていかれた。私の子供なのに。何で?と何度も思った。だけどそういうものだと思うしか無かった。ただ、子供の無事を祈るしか無かった。何故なら何度吠えたって変わらない。人間には敵わないからだ。だけど、やっと、やっと本当の母親になれた。さくらはつばきに救われたと何度も言っていたが、本当に救われたのはつばきの方だった。
欲を言うならさくらの子供も見たかったが、もうこれで十分だ。
ありがとう。さくら。
その言葉を言い終わるのと同時にさくらは向こうへと消えていった。そこに残されたのは一匹の消えかけの犬、自分もそろそろ逝こうとした時、突如としてつばきの隣に大きな白い羽の生えた天使のようなものが現れた。その天使はつばきへとある事だけを伝え、つばきはそれに涙を流し笑顔で了承した。
そして、世界が崩壊した。
――――――
さくらは目を覚ました。その目にはもう迷いはない。魔法陣で家の中を探し、皆が梅の部屋にいる事が分かると、さくらは小屋を出て、梅の部屋の近くへと移動した。そして魔法陣を使って、「すみません。遅れました」とだけ言った。
「さくら!?」
と、心配そうな村長ら、さくらは「えぇ、もちろんです。私はそんなにヤワじゃないです。だって、この村のイヌガミは……」
だってさくらはイヌガミの仕事は託されたから、大好きなつばき……いや、大好きな母親から。それも命懸けで。だったらくよくよしてる場合はない。何がなんでも、このバトンは絶対に次に渡す。何がなんでも守る。ここでは絶対に終わらせない。
「この私ですからね!」
さくらは自信満々にそういうと、空を見た。
空は、晴天と言ってもいいほどの良い天気で、上から見たらきっと丸見えだろう。
だから、この距離でも見えるように空に向かって大きく笑った。
犬と人と異世界と しぐれき @Shigureki
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