第15話
十五話
雲ひとつ無い太陽がギラギラとその草原と村を照らしている日、少年はその光景を目の当たりにした。
「さく.......ら.......?にい.......ちゃん.......?」
ダイは自分の体から血の気が引いていくのが分かった。頭の中は真っ白になっていき、身体中が震え、次第には力が入らなくなった。ダイはその場に膝を着く。「なんで?」その言葉が頭の中をぐるぐると回って行った。答えは出ない。やがて四つん這いになり、荒れた息を整えようとしていると、すぐ側からあの憎たらしい声が聞こえてきた。
「やあ〜?元気ぃ〜?」
「う、うるさい黙れ!」
ダイの口からは反射的にその言葉が出た。しかし、その声は若干震えており、その事を球体から笑われる。
「弱いねぇ〜?愚かだねぇ〜?でも君は大丈夫だよぉ〜?こいつはまだ死んでないぃ〜?君が代わりに〜なんてないよぉ〜?良かったねぇ〜?まあ〜?君が望むなら話は別だけど〜?」
球体はダイの周りを煽っているかのように上下に移動しながら回る。その球体の行動にダイの心は怒りで爆発しそうになったが、必死で抑える。能力も何も持ってないダイが、この球体に立ち向かったってただ殺されるだけだからだ。
ダイは深呼吸をして、球体にある交渉を持ちかけようとした。
「なあ、お前.......」
球体はダイの目の前で止まった。ダイはふらふらとしながらもゆっくりと立ち上がる。
「どうしたのぉ〜?」
そしてダイが持ちかけた交渉に球体は快く応じた。
――――――
その夜、緊急用の魔法陣をを使って帰ってきた村長達が梅達を見つけ、手当をし、後は目が覚めるのを待つだけだった。八重は傍で椅子に座り、梅の部屋でじっと梅が目覚めるのを待っていた。
「梅.......」
八重はベットに横たわっている梅の手を強く握った。その手は暖かく、まだ生きているということが分かる。それだけでただ嬉しく思った。
それと同時に、何故梅ばかりこんな目にあうのか、少し疑問に思った。こんな話を聞いたことがある。人生はプラスマイナスゼロだと。良い事と悪い事、それは天秤に掛けられ釣り合っているのが人生だ。確かに、また巡り会えた事だけは本当に嬉しかった。これは物凄く大きなプラスだ。でもそれは、八重自身がそれまでに経験したマイナスに比べればまだ釣り合わない。というよりもこの理論がそもそも嫌いだ。人のプラスマイナスを勝手に決めるな。決めてるヤツらは一体誰なんだ何様なんだ。
そんな馬鹿な事を考えてると不思議と笑えてくる。
「あーあ、私、いっぱい頑張ったのにな.......」
ポツリと呟く。八重は手を離し、眠っている梅の頬に優しく触れた。
「子供みたいにぐーぐー眠ってさ。私もその夢の中に連れてってよ」
返事は無かった。
そして梅の体の方を見る。身体中は包帯巻かれており、所々に血が滲んでいる。その光景を見て、思わず涙が出そうになった。
「ごめんね。君も守れなくて……」
この事で泣くのは何度目だろう。『最上さん』が見てたら怒られてしまうな。いや、少し怒って欲しいとすら思える。もうそれも叶わない事だが.......。
――――――
梅は痛みで目が覚めた。辺りを見渡すとそこは自分の部屋で、傍にはずっと見守っててくれたのか、ベットにうつ伏せで寝息を立てている八重がいた。
そんな八重の体を梅は揺する。すると、八重は「なぁ〜にぃ〜?」と腑抜けた声を出しながら目を覚ました。そして何度か瞬きをした後、「うめぇ〜!」と八重は梅に抱きついた。
「ちょっと八重!離れて!」
「離れません」
「痛い!」
「我慢して」
「もおおおおおお!!!」
梅は八重を引き剥がそうとするが失敗。でもそんなに悪くなかったので無理に引き剥がすのは辞め、後は八重の好きにさせた。そして解放されたのは三十分程経った後だった。
「どのくらい寝てた?」
梅はやっと椅子に座ってくれた八重に聞く。
「一日ずっと」
「二人は?」
「多分下にいるよ。さくらを見てる」
「さくら!?さくらがどうなったの!?うぐっ.......!!」
梅は立ち上がろうとするが身体中に痛みが走る。
「梅落ち着いて!さくらは無事だよ。でもまだ目覚めない.......」
「そ、そっか.......」
梅の体からは力が抜けきった。自分が気を失った後、一体どうなったのか、あの球体は倒せたのか。そう言えば今日は球体を見ていない。何処かに隠れているのか?
「わ、私、二人呼んでくるね!」
「.......うん、お願い」
八重は涙を隠すように部屋を出た。下に降りるとやはり二人はそこにいた。二人は椅子に座っており、暗い顔をしていた。八重が降りてきたのを見ると、顔に笑顔が浮かんだと思えばその笑顔もすぐに消えた。
「梅くんは目を覚ましたのか?」
「うん。でもまだ立ち上がれないみたい」
「あれだけの怪我をしていたからね。仕方ないよ」
梅の体には生きてる事が不思議なくらいに、銃で撃たれたような傷と火傷が多数見受けられた。いったいあの時どんなことが起こったのか、三人には検討もつかなかった。
「さくらは?」
八重が二人に聞くと、二人は首を横に振った。
「そっか.......」
「ごめんな。私の力不足で.......」
ふと、村長がその言葉を発した。
「あなたのせいじゃない」
リーヨは咄嗟にフォローした。
「いや、私に力があったら.......!!私にあいつを倒せるだけの力があったら.......!!ごめんなぁ.......!!何も出来なくて!!」
歯を食いしばり、涙を必死に我慢しているのが分かる。だがその努力も虚しく、村長の目からは徐々に涙が溢れ出てきた。悔し涙だ。八重も痛いほどその気持ちが分かる。
もう皆既に諦めていた。諦め、ただ涙を流すことしか出来なくなっていた。その事実に八重はまた心の底から絶望した。
「みっともない姿だが、梅くんに会ってくるよ。ゆっくり話がしたい」
「私も行くよ」
八重のその言葉に村長は頷いた。
「リーヨさんは?」
八重がそう聞くとリーヨは首を横に振り、「私は明後日も話すから」とだけ言った。
そして二人は梅の部屋の前に立った。そして梅の部屋のドア叩く。するとドアの向こう側から「どうぞ〜」という元気そうな梅の声が聞こえてきた。二人はドアを開ける。
「おはようございます.......って、二人ともどうしたの!?」
梅は入ってきた二人を見るや否や慌てふためく。それはそうだ。なぜなら二人の目は赤くついさっきまで泣いていたようだったからだ。
「だって梅が.......」
死んでしまうから。八重がその言葉を言い終わる前に梅は口を開いた。
「その事なんだけど、大丈夫.......かな?」
梅のその突拍子のない言葉に二人は目を合わせた。
「どうして?」と村長が梅に尋ねる。
「なんというか.......あいつの気配が無い?よく分からないんですけど......。辺りを見渡してもそれらしき物は見当たらないですし」
梅が考えるように斜め右上を見ている。村長は「どういう事だ?」と考えていると、今度は一階からドタバタと複数人の足音がした。その音達は梅の部屋へと近づき、遂に部屋の前へと到着した。部屋の外では「まずノック!」という少女の声がした後に、ノックが二回なった。そして、「村長!!」という声と同時に部屋が勢いよく開いた。
「マユ!コウ!サク!」
その音の正体を一人一人明かしていく八重、目の前の出来事に驚いている三人は、マユが息を切らしながらも話す内容にまたさらに驚いた。いや、本当は三人とも考えたくなかっただけで、薄々勘づいていたのかもしれない。何故なら驚きよりも落胆の方が大きかったからだ。現に、今の村長は椅子に座りながら頭を抱えている。
「ダイが居なくなったの!!」
確かにマユはそう言った。それにコウが続く。サクはコウの後ろに隠れ、頭だけだしている。
「おばさんに聞いた話によると、夜には帰って来て、それから部屋にこもっていたらしいです。さっき部屋を四人で見たら窓だけが開いていました」
「多分また変わったんだろうね。生け贄が」
マユ達三人の後ろからリーヨの声がした。それと同時にリーヨは部屋の中へと入り、椅子に座っている村長の前へと移動した。そして、「ちょっと痛いよ」と言葉と同時に村長の頬を引っぱたいた。叩かれた頬を抑える村長、リーヨはお構い無しにその胸倉を掴む。そして、リーヨはゆっくり息を吸った。
「あんたがしゃきっとしないと子供達が不安がるだろうが!!」
その怒号が部屋中に響き渡る。梅達はただその声に驚き、何故か背筋が伸びた。リーヨの怒号はまだ続く。
「あんたこの村の村長だろ!!そしたらあんたがぴしってしなきゃこの村すぐに終わるわ!!そんなのみっともなくておば様達、命を落としてまでこの村を守ってくれたショウに顔合わせられんわ!!私が惚れた男はこんなとこで諦めない!!子供達に堂々と背中見せつけろ!!私も隣に居るから!!俺について来いって昔みたいに根拠の無い自信を持って言え!!足掻け!!足掻いて足掻いて足掻きまくれ!!」
村長はぼそっと何かを言った。それは何だったのかこちらは聞こえたなかったが、その言葉を聞いたリーヨはニヤリと笑った。村長は立った。その姿はさっきまでの弱々しい姿ではなく、まるで獣が戦闘態勢に入った時のような荒々しい気配があった。その気配は正しく『村長』、その群れのリーダーであると証明しているかのようだった。
「皆、お見苦しい物を見せてしまったね。実は一つだけあるんだ。あの球体を止める方法がね」
リーヨ以外のその場にいる全員が驚く。
「だがこれは失敗の確率の方が大きい。そして、失敗したら村が無くなってしまうんだ」
「その作戦って?」
八重がそう尋ねる。
「球体を捕食する事だ」
「でもあれだけの魔力を持った物を食べたりしたら!」
八重の放った言葉に村長は「そうなんだ」と返す。
「通常あれだけの魔力を一気に取り込んだら体が耐えきれず死んでしまう。現状あれを捕食出来るのは一人、いや一匹しかいない」
「さくらだ」
「あの、魔力を受け止める事は出来る事は分かったんですけど、あいつが居なくなったら壁が.......」
今度は梅が村長に質問する。
「その通りだ梅くん。球体が居なくなってしまったら壁が無くなってしまう。これはさくらと私、そして一部の人達だけ知ってることなんだが.......『能力の譲渡』という物を使うんだ」
聞きなれない言葉にその場にいた全員が驚き声がでる。
「そ、そ、それって危険.......?」
サクが小さくそう言うと村長はこくりと首を横に振る。
「『能力の譲渡』自体は簡単だ。魔力の芯となる部分を他者に送り込むか、体の何処かを食べる事で成立する。すまないがこれ以上は言えない。その際精神と体が耐えられるかは別としてな」
「ここでさっきの捕食の話と繋がる訳ですね」
梅はそう言うと、村長が頷いた。
「人の何処かを食べる」、その光景を想像してしまったからなのか、マユの顔は青ざめ、気分が悪そうだった。八重とリーヨが「大丈夫?」と聞くと、マユは「平気です。耐えられます」と返した。
「無理はしなくていいからね?続けるよ。元々は壁を形成する能力もさくらが持ってるはずの能力なんだ。前任者からの芯の譲渡でな。だがそう出来なかったんだ」
村長は歯を食いしばる。余っ程の苦い過去があったようだ。
「さて、ここからが本題だ。通常、芯の譲渡では壁が壊れぬようゆっくりと時間を掛けて行われるのだが、捕食での譲渡では能力が体に馴染むまで形成できず、今ある壁が壊れてしまう。その間村の人々をどうするかなんだ。きっとさくらも動けない。そもそも球体に逃げられたらお終いだ。あの球体に気づかれることなく、そして尚且つ、壁が形成されるまでの間、村を守ることが出来れば.......」
村長は「この村をみて分かるが、老人ばかりだ。外にいる種達に比べたら圧倒的に戦力が足りない」と言うと、椅子に座った。
コウが「兄さん達を呼ぶことは出来ないんですか?」と聞くと、「最悪死ぬ可能性だってある。勿論君達も駄目だ」と梅達、そしてマユ達の方に向かって言った。
「そうは言ってられませんよ。だったら罠仕掛けて極力戦闘をしないようにすればいいんです」
梅は強気に言った。八重は「罠って落とし穴とか?でもどうやって.......」と聞く。
「さくらの魔法陣を使えばいい。土を移動させて、穴を作る。それか村の周りに大きな溝を作るとか。それで上から魔法で攻撃すればある程度は大丈夫かと」
「それはそうだが梅くん.......」
村長が何かを言おうとした所、梅はそれを遮って、
「村長、貴方は優しすぎます。今のこの状況、使えるものは使っておかないと打開出来ませんよ」と言った。村長は渋々「分かった.......」とだけ言った。リーヨがそれを見て笑う。
「何だか梅くん見てると懐かしく思うわ。この人、冒険者だった時もそうだったのよ。仲間にいつも助けられてたわ」
えっ!?リーヨさんと村長って『冒険者』だったの!?
と、八重とマユ達3人組がそれぞれの言葉で目を輝かせてそう聞いた。梅にはちんぷんかんぷんで頭にはてなマークが大量に出ていた。
「そうよ。ちなみに私はこの村で生まれた訳じゃないわ。この村には村長になる者は一度冒険に出ないといけないらしくてね。んで、その途中に出会った訳なのよ。その時も仲間に良く助けて貰ってたわ」
リーヨが思い出話を語っている最中、「すみません、冒険者ってなんですか?」と、梅が恐る恐る手を挙げる。すると八重が自信満々に口を開く。
「冒険者って言うのはその名の通り、世界を冒険する人の事ね。でも誰でもなれるって訳じゃなくて、ちゃんと試験に合格した人だけがなれるの。だから皆冒険者になる為に頑張ってるのよ!」
「えっ、でも外を冒険するだけなら普通に出来るんじゃ.......あっ、外には種が.......」
「そうなのよ。だからある程度強くないといけないの。この村でやってる試練もそれが理由なの」
「今まで質問されてこなかったから既に知っているのかと思ってた」と笑う八重に、梅はぼそっと何かを呟き、「ごめんー!」と笑った。
「んじゃ、話を戻すとして、村の人達はどうしよっか」
八重にその質問するされると、村長は「それは避難訓練って言えばきっと動いてくれるはず」とだけ答えた。
「取り敢えず、時間が無い、マユ、サク、コウは八重と一緒にダイアン達が来れるか呼んできてくれないか?さくら.......」
そして、村長は思い出す。さくらがまだ目を覚ましてない事に.......。
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