第5話「これは事件ではなく、出来事である」

「ホントにわかったの? すげェ!」


 教室を出て旺の後をついて行く京一けいいちは、本当にあきらが気を読んだと思っていたのだが、旺は吹き出した。


「嘘だぜ。嘘」


 できたためしもないし、できる者も知らない。


 全て出任でまかせであるといわれると、真っ向から小蔵達と対立していた綾音などは顔を青くしてしまう。


「えーッ?」


 声を裏返してしまう程、驚く綾音あやねだったが、旺は眉をハの字にして、


「いや、隠し場所は分かったぜ。誰も本当の事を言ってないてのもな」


 苦笑いを見せるが、本当に見せたい相手は小蔵おぐら達だ。


「あいつらフリが上手いぜ。何でもかんでも上手いフリをする」


 旺が抱いた小蔵達への印象はそれ。5対21でドッジボールをして勝つ事を指して、上手いとはいわないのが旺だが、京一は逆だ。


「でも本当にドッジが上手いよ」


 京一へ旺は首を横に振って否定する。


「本当に上手い奴は、誰とチームを組んでも団結して戦える奴の事だぜ。あいつら、そういうんじゃねェだろ。その6人目に亜野あの君を入れるつもりがあるか?」


「ないない」


「どんなメンバーでも活かせるから上手いっていうんだぜ。する気がないならフリしてるだけだ」


 断言してしまうのは旺の幼い点であるが、的を射ている点もある。


「だけど小蔵達が犯人とは言えないぜ」


「何でですか?」


 間髪入れずに飛んできた綾音の疑問へ、旺は小さく首を振った。


「可能性が高いと思うが、それだけだぜ。クラス全員、小蔵達に気を遣ってる。自白を引き出すのは無理だぜ」


「そういえば、田宮たみやは何を言われた? 本当だって何が本当?」


 そこに鍵があるのではと思った亜野だったが、京一はきょとんとした顔しかしない。


「ん? 小蔵のズボンのチャックが開いてるって、いわれた」


 何も鍵になる言葉をかけられた訳ではないのだ。


「こういう時に、驚いた顔で何か言われると、咄嗟とっさに何か確かめようと、自分の本当が出るんだぜ」


 つまりクラスメートが視線を向けた先に、それぞれの本当がある、と旺は言っている。


「小蔵達の方を見た奴は小蔵達に気をつかってる。本当の事を書いたなら、自分が書いた紙を見る奴がいるはずだけど、いなかった」


 そして小蔵達は、揃って校庭を見た。



 それが小蔵達のだ。



「校庭にあるって事だぜ」


 そして校庭というだけならば特定できないくらい広いが、小蔵達とクラスメートがもたらしたが全てを繋げてくれる。


 ――相手を負かすのが好きなんだろ。ならバッジは、見つかった時、それでも亜野君をバカにできる言い訳が成立する所に隠す。


 それは校庭を一瞥いちべつした時に、旺が見当をつけていた場所の確信へと至るピースでもあった。


 旺が三人を連れてきた場所で、綾音は「あ……」と声をあげた。


「亜野君のアジサイ」


 亜野が世話をしているアジサイの、それも一株だけ青い花が咲いている場所だ。


「ここの根元を掘ってみようぜ」


 園芸用の小さなスコップを亜野へと手渡す旺。自分で彫ればいいのにと京一などは思うのだが、理由はちゃんとある。


「根を傷つけたらヤバイと思うけど、俺、わかんなくて。ごめん、頼めるかい?」


 亜野が世話しているからこそ、粗雑に扱えないのだ。


「はい」


 亜野が丁寧に掘ると、綾音の声を弾まさせるものが姿を見せる。


「あった!」


 バッジだ。錆が浮いてしまっているが、綾音と色違いの委員長バッジが。


「アジサイは、土の中にある鉄イオンで色が変わるんだぜ」


 だから旺も見当をつけられた。


「こいつだけ色が違うのは、何か理由があると思ってた。で、あいつらが一斉に校庭に向けた目を追ったら、アジサイがあった」


 そして確信に至ったのは、ここならば言い訳が立つからだ。


「亜野君が世話をしてる時に落としたんだろってな」


 亜野が一人で世話をしているからだ。バッジを捨ててしまうのが最も早かったのだろうが、持ち歩く事そのものが見つけられるリスクを背負う事になるのだから、小蔵達はしない――できない。


 ――そういう性格だ。


 旺が断じるのは幼さ故か。


 そして幼いと言えば、


「やっぱ小蔵達なんだろ! 突きつけてやろう!」


 ぷくっと膨れている京一の性格も、直情型であり、首を横に振る綾音は、本来の顔になった。


「犯人捜しはしない」


 旺と同意見であるが、理由は違う。


「亜野君が、仕返ししたいって思ってないから」


 亜野はバッジが見つかっただけで構わない。


 小蔵達に疑いを向ける事すら嫌っていたから、何も言い返さなかったのだ。


「うん、見つかったからいい」


 亜野は錆びたバッジを襟につけながら、「あ、でも」と言葉を濁した。


 綾音は言い返さなかったと思ったが、亜野は言い返せなかったとも思っている。


 これも性格だ。


 いじめられる責任はないが、は亜野の性格にある。


「杉本さん。ドッジボール、教えてもらえますか?」


「ん?」


 目を丸くする旺に対し、


「練習したいから、教えて欲しくて」


 積極的になる一歩があったから、これは事件ではなく

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なくなったバッジと一株の花 玉椿 沢 @zero-sum

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