元神様と元貴族令嬢のある日のお話
ニコニコと、それはもう良い笑顔で目の前に居る。
顔が良いな…。
「…どうぞ。」
「ありがとう!」
「大したものじゃないわよ?」
そう、それはただのサンドイッチと作り置きしていた野菜と豆のスープだ。
何の変哲もない。
なのに、彼は物凄く美味しそうに目を輝かせて食べている。
何年も食べていなかったみたいな反応だな。
あ、食べる必要が無かったのか。
「凄く美味しい!」
「…ありがとう。」
彼が言うと本当に美味しそうだ、と一口食べてみたがやはり普通だった。
彼、エルディとは恋人同士だ。
元神様と元貴族令嬢というとても不思議な二人である。
同棲する事を機に教会の近くに移り住む事になった。彼が教会の管理を受け継いだので、元々居た神父さんの家を改造させて貰ったのだ。
引越し作業やらなんやらを終えて、漸く一息ついた所である。
「それで、書けた?」
エルディが私に問いかけた。
まだ、寝不足のまま頭が回っていない。
「正直、もうちょっと詰めたいなって感じかしら。」
「引越しと締切が重なるなんて災難だったな。食べたらそっちをやる?」
「えぇ、あともう少しだからやっちゃう。」
大きい物は運び終わって、後は細々としたものなのでエルディが「やるよ」と言ってくれた事もあり、任せておいた。
疲れは有るが、締切を遅らせる訳にはいかない。
自分の部屋に引き篭ると、お気に入りの椅子に座り、手作りの原稿用紙にペンを走らせる。
本当は引越し作業前に終わる筈だったのだが、結末が最初に考えてあったものだと弱い気がして破り捨ててしまったのだ。
本当にもう少しなのだが、中々良い言葉が浮かんでこない。
遂にペンも止まってしまった。
「自分で小説を書こうだなんて、無謀だったかしら…。」
大きく伸びをして椅子の背に、だらんともたれかかる。天井を眺め、暫くぼーっとする。
私は、今までの経験を生かして小説を書く事にしたのだ。
エルディに聞いたのだが私達の影響を受けて断罪された者達は、私が異世界転生系の小説を読んでいた影響からか、皆逞しく生きているのだという。
幸い、死刑になったり投獄や軟禁されたりした者が居なかった事も良かったのだろう。
それで、どれだけ心が救われただろう。
皆幸せになって欲しい。
なので、 私は断罪された者が成り上がる小説を書きたかったのだ。
ヒーローとヒロインだけじゃない、負け犬と言われようが這い上がってみせる。そんな小説を。
ーーコンコン
『少し休憩しない?』
「丁度しようと思ってた所、どうぞ。」
エルディの声で、結構時間が経ってしまったのだと分かる。根を詰め過ぎたのだろう。
ガチャリと扉が開くと、甘くて香ばしい香りとコーヒーの良い匂いがふんわりと漂って来た。
「おやつ付きだよ。」
エルディは持って来たトレーからコーヒーが入ったマグカップを置き、その横にお皿を並べた。
「おやつ?嬉しいわ。…これは、パン?」
「うん、食べてみて?」
お皿には小さなパンが二つ。コロンと丸いフォルムに、テカテカとした茶色い焼き目が綺麗に付いている。
言われるがまま、私は一口齧った。
「…!!クリームパン!!」
とろりと口の中に広がる甘いクリームが、遠くの記憶を呼び起こす。疲れた身体に染み渡るそれは、何だか泣きそうになる味だった。
それを紛らわすように、苦いコーヒーを飲むと甘さと苦さが心地好い。
「喜んでくれて良かった。ずっと練習していたんだが、漸く納得いくものが出来た。だから、一番に食べて欲しくて。」
「酵母育ててるな、とは思ってたのよね…。こういう事だったの。」
微笑みながら頷くエルディは私の隣に来て引っ付くと、優しく頭を撫でた。私は、そのクリームパンをもう一口齧る。
クリームパンより遥かに甘やかしてくる彼は、私が行き詰まっているのを知っているのだ。
「とっても美味しい…。ありがとう、エルディ。良い物が書ける気がするわ。」
「うん、サラなら出来るさ。でも、無理し過ぎはいけない。」
「そうね。」
嬉しさがじんわりと広がる。
話が続かなくても、隣に居るだけで幸せだと感じる。
「…エルディ。」
「ん?」
「結婚しましょうか。」
ーーードンッ!!!
思った事を口にすると、横にいた筈のエルディが何故かゆかで尻もちをついていた。
「な、な、な、なな!?」
「……ぷっ、あはは。そんなに驚かなくても。」
「いや、驚くだろう。…僕が言うつもりだったのに。」
クスクスと笑うと、彼はプクッとむくれてしまった。でも、もう溢れてしまったものは取り返せない。
「で、返事は?」
「勿論、こちらこそ結婚して下さい。だな。」
エルディが少し格好を付けて私の手にキスをする。
そして、二人で笑い合った。
この幸せが広がりますように。
~fin~
「あ!良い言葉が思い付いたわ!!」
「え、今?」
無罪なのに断罪されたモブ令嬢ですが、神に物申したら上手くいった話 もわゆぬ @mowayunu
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