ある神のお話 3
僕は彼女の記憶を消した。
前世の記憶も。僕の記憶も。
僕は忘れる事が出来ないのに。
何故、抱き締めてしまったのか。
心にぽっかりと穴が開いた様だった。
そのまま何日かは事後処理に追われ、仕事をする事で考えない様にしていた。
「エルダーン、此度の件…。どうしたか?」
僕とサラの一件は予想より様々な人間に影響を与えてしまっていたので、創造主に判断をお願いしていた。
それを伝えに来たのだろう。
だが、僕の様子を見て異変を感じたのか声を掛けた。
「創造主様。」
「君……。人を愛してしまったのだな。」
我々の頭の中は創造主様にはお見通しである。彼女は、酷く哀れなものを見る目をしていた。
そこで、自分の想いに初めて気付いてしまった。
僕達でさえ地上では”神”と呼ばれるものだが、創造主はやはり別格なのだ。
そうか、僕は彼女を…。
「…例の彼女の様子は?」
「はい。現状思い出す素振りも無く、無事に日々を終えている様です。この感じで有れば、経過観察も不要かと。」
自分の言った言葉に、自分自身で傷付いてしまう。
もう、彼女を常に見守る事さえ出来ないのだ。
こちらのルールを犯した罪で、トップからは退かなくてはいけないだろう。ここで働いている者に、まだそれは伝えられなかった。ミルルは泣くだろうな。
「エルダーン。君の此度の件、中々私も骨が折れた。今迄好きなものが無かった故に、君は優秀であった。
私の予想以上に好きなものに対しての”想い”が強すぎたのだ。…雷はやり過ぎたな。
我々は長い時を生きる為、忘れる事が出来ぬ。
寿命以外の星の滅亡は避けなければならない。
よって”転生”を言い渡す事にした。」
予想していた中で一番可能性が有ると思っていた。
胸が張り裂けそうな感覚に陥るが、僕の心臓は動いていない。
「畏まりました。」
僕は全てを受け入れる事にしていた。
サラの事も忘れる事が出来る。こんなに辛い想いも忘れてしまえば同じだと、強く自分に言い聞かせた。
覚えていると約束したけれど、それは叶わない。
「と、言うつもりだったのだがな。」
そう言って、いつかの様に創造主はケラケラと笑った。
「…?」
「覚えていないか?生まれ変わる行先を選ぶ事が出来ると。」
「勿論、覚えています。」
何を当たり前の事を言っているんだろうと思った。
行先もサラが居ない世界にしようと考えていた所だ。
「それには、選択肢が有るのだ。記憶を失い、また新たな生を送る転生。
そして、これは身体が地上の病を克服している者に限り、肉体と記憶がそのままで人間に戻る事が出来る”降格”が有る。」
「降格…?」
「あぁ、神から人間への”降格”だ。病を克服するには長い年月が掛かる。その為、覚えている者は居なくなる。なので、誰も降格等した事が無かったのでな。私も忘れていた。君は既に病を克服しているよ。」
「良いのですか、その様な…。」
「”特別扱い”がか?いや、これはただのルールだ。
だが、そうだな…私にも責任が有る。君達のトップは私なのでな、監督不行届だよ。
故に、”おまけ”をやろう。だが、これには少し制限を付けさせて貰う。」
そう言って創造主はニヤニヤとする。創造主は常に楽しそうでは有るが、彼女のここまで楽しそうな顔は初めて見た。
そして、創造主はくるりと指先で小さな円を描く。
そこには失われたサラの記憶が有った。
「そ、それは」
「君の大事なものだろう?
タダで渡す訳にはいかない。そうだな……、この小さな教会の神父、引退したい様だが後継者が居ない様だ。
まずは神父に後継者として認められ、そして、そこで彼女と再び出会えた時に”コレ”は返そう。」
創造主は、僕の星の地図を透明なスクリーンのように頭上に展開させると、吟味を始め、一つの教会を指差した。
そこは、僕と彼女が出会った場所。
魂が震え、涙が溢れた。
「…あ、ありがとう、ございます。」
深く、深く腰を折る。
あそこは今の彼女にとって、元婚約者と結婚式を挙げる為であっただけの場所だ。
いつ来てくれるかどうかは分からない。
一生来ないかもしれない。
それでも、良かった。
彼女の事を覚えていられて、彼女の近くに居られるのだ。
「この記憶を開くには”鍵”が必要だ。それは、君自身が決めたら良い。
さぁ、では今日より君は”エルディ”に戻るのだ。」
そう言うと、創造主はサラの記憶を僕の中に小さな種として植え付けた。
「承りました。」
「精進しなさい。」
創造主は目を細めて微笑む。
僕は今日、神を辞める。
君に会う為に。
「私は皆、等しく愛しているよ。勿論、君も彼女も。」
最後にそんな声が聞こえた気がした。
会えるかな、愛する君に。
今度は伝えられる。
贔屓してもいいんだ。
誰かを愛しても良いんだ。
「…エルディ?」
~Fin~
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