だぶりー!

掛野慈香

第1楽章

1-1

ある、うららかな春の日。少女はむくりと起き上がった。時刻は午前6時。きわめて健康的な時間である。

「ふぁぁ~、今日は入学式だ~。ふあぁ…。」

少女は非常に眠そうであった。それもそのはず、少女は昨晩、明日からの高校生活の不安と期待で興奮して眠れなかったのである。新しい制服を見ながら彼女は改めて意気込んだ。


「絶対に、吹奏楽部に入る!」


そう、少女は重度の吹奏楽オタクであった。


                 *


朝食をたべ、真新しい制服に身を包んだ少女は元気に家を飛び出した。

「お母さん、行ってきます!」

少女にはいつもの街の風景がまた新しいものに見えた。少女は駅に向かう途中にある小さな公園で立ち止まった。

「おーい!」

そこにはさわやかな青年が待っていた。

「ゆう!おはよう!お、勇の制服姿、かっこいいじゃん!似合ってるよ。」

「おう。かなの制服もかわいいな。そっちも似合ってるぞ。」

「あったり前でしょ!本当に、同じ高校受かってよかったね!」

「ああ。マジでやべえわ。俺の成績で受かるのはマジで奇跡だったわ。」

「ゆうは勿論、高校でも吹奏楽やるんだよね?」

「ああ、かなもやるんだろ?じゃあ俺もやるよ。」

少女の名前は三浦香菜。ガチガチの吹奏楽オタクである。長い髪はポニーテールできちんと縛られ、模範生徒の格好である。これは中学時代の吹奏楽部生活の賜物だった。顔はかわいく、しれっと中学時代は5人から告白される程である。青年の名前は高橋裕。彼も中学時代は吹奏楽部であった。彼は保育園時代から香菜と付き合いのある幼馴染である。

「今年は同じクラスになれるといいね!」

「ああ、中学の時はなぜか一回も同じクラスになっていないからな。」

二人は仲良く駅まで歩く。そして電車に揺られて、20分。聖水高校駅前に着く。県立聖水高校。どこにでもある平凡な公立高校である。駅のホームから出ると周りには同じように入学式に行くのだろう、新しい制服をきて少し緊張した顔の生徒がたくさんいた。二人も人の流れに沿って歩いていく。特に印象的でもない校門をくぐり昇降口に行くと、そこにはクラス分けの掲示がなされていた。

「さーて!私たちはどのクラスかな?」

「うーわ、目がしぱしぱする…。」

「あ!私あったよ!3組だ!えーと、3組にゆうの名前は…。あー、今年もないや…。」

「俺は5組だ。くそー、今年もクラス違うのか…。」

「吹奏楽やるなら同じ部活でまたすぐに一緒だよ!」

「確かに、それもそうだな。じゃあ教室行くか。」

二人は少女の教室の前で別れた。少女は今更ながら緊張し始めた。今まで裕と一緒にいて感じなかったが、ここには知り合いはいない。新しいクラスの人たちはどのような人かと心配しながら少女は教室のドアを開け自分の席を探した。教室は静かで、少し緊張感が漂っていた。黒板に書かれた番号から自分の席を見つけて少女は、静かに座った。

「ねぇねぇ、あなた名前なんていうの?」

突然、となりの席から話しかけられた。隣を見ると快活そうな顔が飛び込んできた。髪はショートカットで見るからにスポーツ少女といった印象を少女に与えた。

「私、三浦香菜っていいます。これからよろしくね。」

「香菜ね!私の名前は羽里藍。よろしくね。」

ここでふと少女の頭の中にいつもの悪い癖ともいえる考えが生まれた。そう、少女は誰に対しても吹奏楽を勧めてしまうのだ。

「藍ちゃん!突然だけど、もう入る部活決まってる?決まってないなら吹奏楽やらない?」

「香菜ごめん!私、中学からバトミントンやってて、高校でも続けるつもりなんだ…。」

「ううん!ごめん!急に変なこと言って!いいね、バトミントン!」

少女はまたやってしまった、と心の中で深く後悔した。これでは入学早々変人扱いである。

「香菜が吹奏楽勧めるってことは、香菜は吹奏楽部に入るつもりなの?」

「うん!私も吹奏楽を中学からやってて高校でも続けようと思ってるの!」

二人の会話は弾んでいく。そんな中、中年の男性教師が入学式の開始を知らせに来る。二人は話を中断して整列し、入学式に向かった。体育館の外でしばし待つと入場が始まった。それと同時に体育館で待機していた吹奏楽部が演奏を始める。

(おぉ…。これは今年の吹奏楽コンクールの課題曲!もう先輩達仕上げてるんだ!すごい!マーチ『ブルースプリング』。直訳すれば青春のこの課題曲は the 課題曲マーチ!って感じの曲なんだよね!コード進行も曲の構成もまさにお手本!って感じ!)

少女は一人興奮して心の中で曲の解説をしていた。さすが吹奏楽オタク。受験中に発表された新曲の情報収集も怠らない徹底ぶりである。少女は入場行進が全て済むまで、マーチを聞き、そして時としてマーチの粗をチェックしたりもして楽しんだ。その後、入学式はつつがなく進行し、退場となる。体育館のドアが開かれ退場が始まると、再び吹奏楽部が演奏を始めた。

(はわわ…。こっちのマーチも仕上げてるの⁉『サーカスハットマーチ』。最近の課題曲マーチには見られなかった構成で初めて聞いたときはめっちゃ吹きたい!って思ったなぁ…。)

その後教室に戻り、担任の号令で解散となった。帰り道、裕と会った少女は入学式で演奏されたマーチについて家に着くまで、熱く語った。


                     *


入学式から数日が経った。その間、委員会決めや体育祭の競技などを決めるクラスの話し合いがあったりした。そして、今日は―

「今日は部活紹介の日だね!藍ちゃん!」

「めっちゃ嬉しそうじゃん香菜。もう決まってるんだから別に行かなくてもいいんじゃないの?」

「そういう訳にはいかないよ!やっぱり目の前で演奏を聞かなきゃ!」

「そういうもんなの?わたし、今まで全然そういう音楽に触れてきてないからな~。」

今日は生徒会主導ですべての部活が紹介されるイベントの日。少女と藍はこの数日でかなり仲良くなり、今日も一緒に行く約束をしていた。体育館に向かうと既に多くの1年生が集まっていて、正面には吹奏楽部が準備をしていた。

「香菜、吹奏楽一番最初じゃん!よかったね!」

「うん!吹奏楽部は準備が大変だからこういうイベントの時毎回一番最初にされちゃうの。懐かしい!」

「確かに、私の中学でもそうだったかも。へ~そんな裏事情があったんだ。」

「それでは皆さんお待たせしました!今から部活動紹介を始めます!最初は吹奏楽部です!」

二人が話していると壇上で生徒会の役員の進行でイベントが始まった。マイクが吹奏楽部の部長らしき人にわたる。

「本日は部活動紹介イベントに来ていただいてありがとうございます!こんにちは!吹奏楽部です!今日は演奏をきいてください!演奏をきいて興味が出た方はぜひ音楽室に詳しい内容を聞きに来てください!」

そういうと、演奏が始まる。

「ねぇ、香菜。これなんて曲?」

「これは、ポップスマーチ“すてきな日々”っていう曲!マーチってついてるけど聞いてる感じはまったく行進曲っていう雰囲気はないどころか、ジャズの要素すら入った名曲なんだ!」

「嘘!これマーチなんだ!全然行進できなさそう…。」

「あはは…。」

目まぐるしく目の前の部員が吹く曲の雰囲気は変わっていく。ふたりはその移り変わりを演奏が終わるまで楽しんだ。もっとも少女はその演奏技術の高さ、藍は曲自体を楽しむという方向性の違いはあったが。

「では、興味をもった皆さん!ぜひ音楽室に足をお運びください!ありがとうございました!

「「「ありがとうございました!」」」

体育館が拍手に包まれた。

「さて、もう吹奏楽部の紹介終わっちゃったね。この後どうする?」

「うーん…。もういいかな。私は帰るよ。」

「そう。じゃあ私もかーえろ!」

二人は体育館をでて、帰ることにした。少女は明日、絶対に音楽室に行く!と決意を固めて。


                   *


そして翌日の放課後。少女は清掃を手早く済ませ、急いで音楽室に向かった。この学校の音楽室は校舎から少し離れた別棟として建てられていた。少女は急いで向かったものの既に音楽室の前には人影があった。

(誰だろう…。この時間に音楽室の前にいるってことはきっと入部希望の子だよね?)

近づいてみると、黒髪の長髪、目鼻は整っていて肌は白く、まさに大和撫子という言葉がふさわしい美少女が立っていた。少女は話しかけようとするがそのあまりの綺麗さに少し緊張した。

「あの!吹奏楽部に入部希望ですか?」

「そうよ。あなたも?」

「そうです!私は三浦香菜っていいます!」

「私は黒崎美晴。中学校ではフルートをしていたわ。三浦さんは?」

「わたしはアルトサックスをやってました!フルートか…。なんかすごく想像できた!」

「そう?ありがとう。」

「おーい、かな!」

「あ、ゆう!ゆうも来たんだ!」

「おうよ!かななら見学初日から参加すると思ってな。あ、初めまして。高橋裕といいます。よろしく。」

「黒崎美晴です。よろしく。あなたはどの楽器をやっていたの?」

「俺は、トランペットをやってた。黒崎さんは?」

「わたしはフルートよ。」

「ほーん、フルートね。なるほど。」

三人が話していると突然音楽室のドアが開いた。

「あなたたち、見学の人!?うわー、来てくれたんだ、うれしいなあ!ささ、入って入って!今音楽室の中の準備も整ったから!」

「は、はい!ありがとうございます!」

テンションの高い先輩に勧められて中に入ると、そこにはこの前の部活動紹介イベントの時にマイクをもって喋っていた先輩がいた。

「まだ、予定の時間まで少しあるので。ここで座って待っていてください。」

部長だと思われる先輩に言われ三人は静かに待つ。少しするとぞろぞろとほかにも入部希望者らしき生徒が入ってくる。予定の時間になるころには既にその人数は30人ほどになっていた。予定の時間になったのを確認して、先輩が話し出す。

「それでは時間になったので始めます。今日は吹奏楽部の部活紹介にきていただいてありがとうございます。私は部長の会田聖良です。そして私の横にいて、今日音楽室の入り口で皆さんを案内していたのが副部長の多田里奈です。これからこの部活のルールについて説明します。」

部長である会田聖良は非常に真面目な生徒である。吹奏楽部をこれでもかと体現したその姿は吹奏楽オタクである三浦ともどこか重なるところがある。一方の多田里奈はどこか軽い雰囲気を身にまとっていて、規律が厳しい吹奏楽の世界からみると不良ともみられるような制服の着崩し、髪の染色、ピアスなどがみられる。二人は部員の頂点に立っているものの、正反対に見える。

「聖水高校吹奏楽部は現在3年生28名、2年生25名の計53名で活動しています。私たちの部活で行うイベントは主に3つです。春の定期演奏会、夏のコンクール、冬のアンサンブルコンテストです。マーチングについては予算や活動場所の関係で行っていません。昨年のコンクールの成績は県大会銀賞。今年は…。ちょっとまだ目標が決まってません。皆さんが入部した後に全体で決めようと思います。顧問の先生はいつかまた会えると思います。あまり合奏の時以外はこちらに顔を見せないそうなので…。皆さんには入部した後、楽器の希望をとります。こちらが設定している枠よりも多く希望者が集まった場合、その時はオーディションをして決めることにします。だから、入部を考えている人は今から練習することをお勧めします。オーディション内容は簡単です。ロングトーンとスケール。これを2オクターブ、私達と顧問の先生の前でするだけです。他に質問は?」

淡々と部長は部の説明をしていく。そこにはどこか影が見えるようだった。それは副部長も同じだった。少し不穏な空気を少女は二人から感じたが、なにもいうことはできない。少女も経験したことだが、こうしたまとめ役でしか解決できないことがこの世にはままある。特に少女に質問はない。ほかの生徒もそれは同じようだった。

「なさそうですね。では各パートの詳しい説明は副部長からしてくれる?」

「OK、聖良ちゃん!バトンは受け取ったよ!んじゃ、説明始めるね!うちの部は全体を10に分けていて―――」

その後は、各パートの部員の紹介が行われていった。少女は副部長の話を聞きながらオーディションのことを考えていた。少女が吹く楽器は基本的には人口が多い。オーディションになることは必須といえる。絶対にその座をとる。少女は心の中で固く誓った。

「――――以上かな!何か質問は?…ないみたいだね。じゃ、人気楽器のみんなは今からオーディションの練習頑張ってね!再来週が本入部だから、みんなのこと待ってるよ。じゃあ今日は解散。お疲れ様!」

皆がぞろぞろと立ち上がり帰り始める。少女も最後の方に帰り始める。音楽室の壁には歴代のコンクール写真がかかっている。その結果はどれも県大会で止まっている。それが先ほどの目標の部分で部長たちの顔を曇らせたのか、と少女は考えたが、あまり1年生の自分が突っ込めるところではない、と考えるのをやめた。

「いやー、みんなありがとね!じゃ入部届を忘れずに~」

全員出たところで音楽室が閉まる。それはどこかで1年生の侵入を拒むかのようにも思えた。

「オーディションか…。初めてだよ!緊張するな…。」

「まーな。うちの中学校、ずっと人数不足でオーディションなんかしてる余裕なかったもんな。俺のトランペットもこりゃ多分オーディションだよ。」

「どちらにせよ、ベストを尽くすだけよ。自分が上手ければいい。」

「黒崎さん、すごい余裕そうだね!私も頑張らないと!」

「明日っからの練習、どうしよっかな…。」

三人はそれぞれオーディションのことを考えながら帰途についた。


                   *


音楽室では部長と副部長が話し合っている。

「なんとか30人集まったわね。ここからほかの部活動に流れる人たちも考えて大体23人くらいかしら?」

「まー、そんくらいっしょ!それよりさ~、問題なのは顧問だよ、顧問!どうすんのあの人…。あんなやべー人見たことないよ。」

「しょうがないわ。公立高校だもの、異動は必ずあるわ。」

「それにしたってさ!あれはないでしょ!」

「下手に実力があるから断れないわよ。いまここで顧問を別の人に頼むとなったら必ず部内が二つに割れる。」

「いや、あの顧問のままでもこの部活の一部は抜けちゃうって!」

「困ったものね。どうしようかしら…。」

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だぶりー! 掛野慈香 @mikeneko813

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