あやめルート 解?

「お待たせ、たっくん」


 夕方になって。

 あやめが俺の家に来た。


 ちなみにみゆきちゃんは、今日は友達の家にお泊りすることになったそうだ。

 まあ、そうするようにあやめが仕向けたんだろうけど。

 バイトも急遽休んだみたいだし。


「ね、たっくん。晩御飯まだだよね?」

「う、うん。まあ、それはそのうちで」

「ダメだよ、食べないと元気でないから。私、あるもので何か作るね」

「う、うん」


 すっかりあやめはお泊りモード。

 俺も、その様子を見るのは嬉しいんだけど今は早くゲームのことをあやめに明かしたくて仕方ないから、ちょっと落ち着かない。


 それに、あやめが飯を作ってくれてるのに部屋で一人ギャルゲーにいそしむというのもきつい。

 早く明日どうなるかや、はるかルートの結末を見届けたいのにそれもできない。


 まずは現実のあやめとのイベントを消化するのが先、か。

 いや、消化なんていえば失礼だ。

 しっかり彼女との時間を楽しむことにしよう。


「ね、そういえば満里奈から連絡があったよ」


 あやめの一言に、冷蔵庫から飲み物を取り出そうとする俺は動きを止めた。


「え……無事だったんだあいつ」

「無事?」

「あ、いや。何か言ってた?」

「なんか、たっくんのことも話してたよ。いつか地獄の窯から這い上がってどうのって。なんだろね、最近やってるアニメの話?」

「……」


 あまり深堀はしないようにしよう。

 あいつは絶対俺をあきらめるようなタイプじゃないことは承知のはずだ。

 今は警察に保護されているのか、それとも父親をぶん殴った罪に問われて拘束されてるのか、それすらわからないけど。

 いつかまたあいつは現れる。

 それはつまり、満里奈が無事だったってことを意味するし、聞いてる限り病んで自殺しそうな雰囲気でもない。


 ……喜んでいいのかな。

 いや、助けたのは俺だ。

 だからあいつにはあいつで、幸せになってもらいたいもんだけど。


「たっくん、そういえばお風呂は? 一応まだっぽい感じだったから沸かしておいたけど」

「あ、ありがと。でも、俺は後でいいから料理終わったら先に食べようよ」

「えと、私まだお風呂入ってなくて。よかったら、借りてもいい?」

「う、うんいいけど」

「じゃあ、そうするね。たっくん、全然食材がないからカレーにしたよ? 沸かしたら終わりだから、見ててくれる?」

「わかった。じゃあ、ゆっくり風呂入ってこいよ」

「……ドキドキしないの?」

「え?」

「ううん、ごめんね。じゃ、お風呂かりまーす」


 あやめが風呂場へ向かっていき、やがて奥からごそごそと服を脱ぐ音が聞こえる。

 当たり前だが、俺はびっくりするくらい緊張していた。


 気を紛らわそうとカレーを味見してみても味がしない。

 サバンと、湯船にあやめがつかる音がして、また動揺する。

 今、彼女が俺の部屋の風呂場で裸。

 それだけでかなりやばいというのに、今日は泊まる気まんまんなのだ。

 もう、ここで風呂場に飛び込んで襲ったって結果はうまくいくだろう。


 ただいかんせん、そんな度胸が俺にはないのだ。

 暴漢にもやくざにも殺人鬼にだって立ち向かえる俺も、所詮は一人の童貞。

 風呂場に突撃したところで何をどうすればいいのかがわからない。

 

 だから自重する。

 自重しようと、言い聞かせる。


 やがて、ぐつぐつとカレーが音を立て始めて火を止めて。


 俺は逃げ込むように部屋に戻った。



「ふう、いいお湯だった。たっくん、おまた……どうしたの?」

「い、いやなんでもない。それより、カレーはもう沸いたから」

「うん、いい匂いしてた。じゃあちょっと温めなおしてよそうから、食べよっか」


 邪念を振り払うために精神統一しようと目をつぶってぶつぶつ言ってるところであやめが風呂から出てきた。


 長い髪をタオルで拭きながら、自前の黒のスウェット姿に着替えた彼女が部屋に入ってくると、いつも俺が使ってるシャンプーの香りなのに、色っぽいというか女子の香りが部屋に充満する。


 ドキドキが止まない。

 でも、今はあやめを押し倒している時ではない。

 まずはご飯を食べて、あのゲームのことをあやめに話してから。

 すべてはそれからだ。


「じゃあ、食べよっか」

「うん。いただきます」


 カレーを一口。

 うちにあったルーなのに、あやめが作ってくれたそれは全く味が違う。


「うまいなこれ。あやめ、料理上手だなあ」

「ほんと? 私、いっつも自炊してるから、一応自信はあったけど。でも、好みとかあるし」

「ううん、めっちゃ好みだよ。うまい」

「うん……よかった。たっくん、いっぱい食べてね」


 なんて言いながらあっさり平らげておかわり。

 結局三杯ほどカレーを食べて、おなかいっぱいに。


「ふう。ごちそうさま」

「いっぱい食べたね。うん、私も作った甲斐があったかな」

「あ、片付けはあとで俺がやるから。それよりさ」

「あー、もうこんな時間だ。テレビつけていい?」

「え、いいけど、どしたの?」

「今日の歌番組見たくて。録画はしてあるんだけど、やっぱりライブがいいじゃん」

「ま、まあいいけど。それって何時まで?」

「一時間だけだから。あ、もしかして野球とか見たかった?」

「い、いや別に。見てもらっていいよ」

「やったあ。普段はコンビニだからスマホも触れなくてさ。今日休んでよかったあ」

 

 喜ぶあやめを見ていると何も言えず、テレビをつけてあげるとちょうどその番組がやっていて。

 隣にあやめが来て、「一緒に見よ」なんて言われてさらに何も言えなくなって。


 早くゲームのことを話したいのにって焦りのせいか、胸の動悸が激しくなっていく。

 あやめのさらりとした肌が腕に当たる。

 

 いや、まだだ。

 もう少しの我慢だ。


 あれ、……一体俺は何のために何を我慢してるんだ?


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ギャルゲーが現実世界とリンクしてる!? しかもどのヒロインもちょっと訳ありだったり病んでるっぽいんだが…… 明石龍之介 @daikibarbara1988

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ