またあやめルート?
「はあ、はあ……すみません、誰かいませんか?」
あやめの家の玄関で。
何度かチャイムを鳴らしてノックしてみたが応答はない。
二人とも寝てる、というのは考えにくい。
さっきまであやめは俺に電話をかけてきてたんだ。
でも、家の電気が真っ暗ということはみゆきちゃんは寝てる?
ううむ、しかしこんな時間にバイトもないだろうし、あやめが夜中にみゆきちゃんを置いて外出なんてするかな……。
「……あれ、鍵があいてる?」
ドアノブに手をかけるとがちゃりと玄関が開く。
勝手に人の家に入るのはさすがにとも思ったけど、しかしそんなことを言ってる場合でもない。
俺は恐る恐る玄関の内側に入り電気をつける。
すると、
「あ」
そこには、一ノ瀬さんが立っていた。
思わず俺は体がひるむ。
「な、なんで一ノ瀬さんが、ここに」
「それはこっちのセリフなんだけど。なんで龍崎君がいるの?」
「そ、それは……」
「もしかして、あやめの寝込みを襲おうとした? 悪い人なんだね」
「そ、そういうお前こそなんでここにいる? もしかして」
「もしかしないでも、私は今日、あやめと死ぬの。もう、終わりにしようかなってね」
よく見ると、手には包丁が握られている。
俺はちらりと玄関の扉を見た。
素早くよけて逃げるルートの確保。
これがないと、終わりだ。
でも、このまま逃げ出すこともできない。
逃げたらあやめは、みゆきちゃんは……。
「や、やめろ。それに、どうして急にそんな」
「急に? 何よ、あなたがいけないんじゃない」
「お、俺が? 俺は何も」
「今朝、学校であやめを助けたよね? あれだけ昨日忠告したのに目の前で、かっこよく、潔くあやめを助けたよね。それ、私にとっては最悪だった。あやめ、すっかりあなたに心酔しちゃったの。ああ、もう終わりだなって。あの子はずっと、私のものなのに。あの子はずっと、誰のものにもならない予定だったのに」
目の焦点がちょっと合わなくなっていた。
ふらふらっと、ゆらゆらと体を揺らしながら落ち着きを失くす一ノ瀬さんはいつ刃物を俺に投げてきてもおかしくない。
緊張が走る。
そして、
「ああ、そういえばみゆきちゃんの部屋って二階なのよね。寝てる間に落とされた子って、落ちた瞬間どうなるんだろ? やっぱり目を覚ますのかな? それとも意識ないまま死ぬのかな。龍崎君は知ってる?」
そんなことを言いながらへらへら笑う一ノ瀬さんを見て、俺は覚悟が決まる。
「おい、いい加減にしろよ。みゆきちゃんは関係ないだろ」
「ないことないわよ。あやめが死んで、天涯孤独になるくらいなら死んでおいた方がましじゃん」
「どんな理屈だ……お前、まじでやる気だっていうなら手加減しないぞ」
「殴るんだ。いいけど、その前に君、死ぬよ?」
明確な殺意が俺に向けられる。
いくら女子相手でも、刃物を持って殺意むき出しな相手となれば恐怖は計り知れない。
ただ、逃げるわけにもいかない。
逃げたら、あやめとみゆきちゃんが危ない。
もう、やるしかない。
と、思ったその時。
「あれ、はるかにたっくん? 何してるの?」
廊下の電気がついて、寝ぼけ眼のあやめが出てきた。
「あ、あやめ! 来るな!」
「どうしたのたっくん? え、はるかそれって」
「あやめ、ここで死んで頂戴」
「やめろー!」
あやめに刃物を向ける一ノ瀬さんの腕をつかんで、俺は彼女の腹を殴った。
意識を失わせるため、と思ってある程度加減しながら一撃を入れて。
「がっ!」
一ノ瀬さんは意識を失った。
そして、その場に包丁が転がる。
状況を見て、うろたえる様子であやめはその場に座り込んでから、「ど、どういうこと?」と。
「……もう大丈夫。とりあえず警察に連絡しよう」
「た、たっくん……は、はるかは?」
「……とにかくまず、身の安全を確保してからだ」
すぐに110番通報して。
気絶したままの一ノ瀬さんから刃物を遠ざけて待っていると。
やがて警察がやってきた。
◇
「はあ……疲れた」
警察での対応はそれはそれは大変だった。
一ノ瀬さんは不法侵入に加えて銃刀法違反、それに殺人未遂罪が適応されるかどうかこれからの取り調べによるのだと聞いたけど。
俺はどうして彼女があやめの家に侵入した事実を知ったのかと、何度も追及された。
早い話、グルなんじゃないかと。
で、内輪揉めで裏切っただけじゃないかと。
そんなことに対する言い訳をずっとさせられて。
朝になるまでずっと取り調べられての今。
さすがに眠い。
ていうかここまで拘束するのって違法じゃねえのか?
「あ、たっくん」
警察署から出ると、前で待っていたのはあやめ。
心配そうに俺に駆け寄ってくる。
「大丈夫だった? あの、はるかがまさかあんなことするなんて……」
「落ち着いて。それに、みゆきちゃんは?」
「さっき学校に送っていったの。あの子は寝てたから何も知らないから」
「そう、だね。でも、一ノ瀬さんが急にあんな風になったのって、なんでなんだろ」
「わかんない……でも、はるかは、ここ最近ちょっと変だったの」
警察署から歩いて帰る途中、あやめは気になることを言った。
ここ最近。
単に言動が変な女かと思ってたけど、そうじゃないみたいだ。
「なんか昔はもっとおとなしくてさ。それが最近はイライラしてたし、あんまりしてこなかった連絡も頻繁にかけてくるようになって」
「それは……やっぱりあやめのことが気になって仕方なかったんじゃないか?」
「かもね……警察の人に、はるかの犯行動機を聞かされてちょっとびっくりしたけど。でも、それだけじゃないような気がするの」
「それだけじゃない? というのは」
「なんか、助けを求めてたような。でも、私がそれに気づいてあげられなくて、彼女は怒ったんじゃないかなって、今になってそう思うの」
あやめは首を振りながら、悲しそうに下を向く。
それを見て、俺は思わずあやめの肩を抱く。
「落ち込むなって。気づいてたとしても、はるかの暴走は止まらなかったと思うよ」
「うん……でも、もし本当に悩んでたんだとしたら、何に悩んでたのかはやっぱり知りたい。まだ、友達のつもりだから」
殺されかけたというのに、あやめはまだ一ノ瀬さんのことを友達という。
なんて心がきれいなんだろう。
やっぱり、一ノ瀬さんの情報はデマだ。
簡単に信じるのは俺の悪い癖だけど、誰も信じられなくなったらそれこそあのゲームの思うつぼのような気が……そうだ。
「なああやめ。一ノ瀬さんの悩みを、本当に知りたいって思うか?」
「う、うん? まあ、わかることなら。今更知る方法もないと思うけど」
「いや、あるかもしれない。あやめ、うちに来ないか?」
「え?」
あのゲームのことを他人に言うのは憚られたが。
しかしあやめの知りたい情報がそこにあるかもしれないのなら、彼女にも見せてあげるべきだろう。
俺が頭のおかしいやつと思われたって、オタクだとキモがられたっていい。
今はあやめの力になりたい。
はずなんだけど。
「そ、それって……ええと、うん、じゃあ帰って、泊まりの準備してくるね?」
「え? いや、別にそこまでは」
「ううん。たっくんの女になる覚悟、できてるから」
「……」
なんでか話が逸れた。
で、あやめはさっさと先に帰ってしまい、俺は一人その場に取り残された。
まだ午前中だというのに。
さて、あやめは本当に家に泊まる気なの?
……あ、学校。ま、今日くらいいいか。
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