一ノ瀬はるかルートー3
翌朝、あやめから電話が来た。
「もしもしたっくん? ねえ、今日一緒に学校行かない?」
急にどうしたというのか。
しかし断る理由もないし、会話の流れによっては昨日一ノ瀬さんから聞いた内容を探ることができるかもしれないと、その誘いを受けてすぐにあやめを迎えにいった。
「あ、たっくんやっほー。今日は急にごめんね」
「いや、いいけど。みゆきちゃんは先に学校行ったの?」
「うん、小学校って早いよね。私たちもいこっか」
「ああ、そうだな」
昨日、俺はゲームをつけなかった。
でも、俺はなんとなくこの先の展開が予想できてしまったのだ。
なぜかは知らない。ただの勘なのかもしれないけど。
予想は当たる。
「おい神凪。昨日はよくもやってくれたなおい」
学校の手前で、ずいぶんとガラの悪そうな巨体がこっちに向かってくる。
「た、助けてたっくん……昨日、私あの人にすごく付きまとわれて」
「……」
多分、嘘だろう。
実際は、あやめが昨日嵌めたやつだ。
何をされたかはしらないけど、あの様子だと高いものでも買わされた挙句にコケにされたとか、そういうとこか。
「おい神凪、聞いてんのか? まじでただじゃ済まねえからな。あとそこの男、こんなクソ女の彼氏か? だったら貴様にも落とし前つけてもらうからな」
「たっくん、こんなの相手したらダメ。嘘ばっかりいうのこいつって。ひどいやつなの」
今までの俺なら、何も考えずにあやめを信じてこの男をぶん殴って終わっていただろう。
だけど今は躊躇う。
ここであやめを助けることが正解なのかどうか。
「おい、聞いてんのかお前? 何も言わないならこいつ連れてくぞ」
「た、助けてよたっくん! たっくん!」
「……」
きっと。見過ごして痛い目に遭った方があやめのためだ。
一ノ瀬さんの言ってることが事実ならそのはずなんだ。
頭ではそうわかってる。
わかってるけど。
「……うるせえ、あやめに手出すな」
「あん? お前、こいつが何したか知っ……あばぁぁっ!」
体が反応して、巨漢にアッパーをぶち喰らわしていた。
正門の前で宙に舞う大男の姿に、道行く生徒が注目する。
「……やっちまった」
「た、たっくん! あ、ありがと……私、怖かった」
「……うん、もう大丈夫だから」
一ノ瀬さんの言ってることを信じなかったわけじゃない。
でも、目の前で助けてと言われて見逃せる性分なら、そもそもこんな面倒ごとに巻き込まれたりなんかはしなかった。
ただ、これでやっぱりあやめが悪い女だとすれば。
俺がやったことはただの暴力になる。
「……こいつ、どうしようか」
「わ、私がやったってことで先生に怒られるから。たっくんは悪くないもん」
「い、いやさすがにそれは無理がある。俺、職員室行ってくるよ」
「じゃ、じゃあ私も」
「いいから。もういいから」
「た、たっくん?」
戸惑うあやめを置いて、俺はすぐさま駆け寄ってきた先生に「俺が殴りました」と自白。
そしてすぐに職員室へ連れていかれた。
◇
「校内暴力、それも一方的となれば相応の処置をしなければならんが龍崎は初犯だ。二度としないと誓うなら、三日間の謹慎とする」
幸い、殴った相手が頑丈だったみたいで大したケガもなかったこともあり、俺は三日間の謹慎を言い渡された。
そしてそのまま家に帰らされ、昼間っからニートのように部屋の中で一人ぼーっとしていた。
「何やってんだ俺……」
まるで中学の時から進歩がない。
同級生が困ってるから、友人が危ない目に遭ってるから、女の子が乱暴されそうだから。
そう言われていつも不良の喧嘩に首を突っ込まされて、相手を全員ぼこぼこにして俺が事件の主犯だと言われて先生に不良扱いされて。
しかもいつも、大抵喧嘩を仕掛けたのは俺の友人側だったり、なんなら相手は何もしてないのに憂さ晴らしのために俺に嘘をついて喧嘩させたなんてこともあって。
いつも俺が守る正義は悪で。
俺が挫く悪がそうでもなくて。
それを反省して、高校では変わろうと思ったのに。
無理だった。
後先考えられない俺は、ただの暴力マシーンでしかない。
殺人兵器とはよく言ったものだ。
そうだ、俺は百害あって一利ないごみだ。
部屋で一人考えていると、こんなネガティブな感情ばかりがこみあげてくる。
そして気が付けば夜になっていて。
この日はあやめからも満里奈からも連絡はなかった。
まあ、そういうことなんだろう。
あやめからすれば、俺は必要な時以外に用事はないんだ。
普通、本当に心配なら連絡くらいしてくるはずだし。
くだらないな、恋なんて。
あんな女に恋しようとしてたなんて、ほんとくだらない。
ただの悪女じゃねえか。
妹のためにってのも、多分嘘なんだろう。
本当は結構お金持ちの家だったりしてな。
はは、ほんとくだらねえ。
……ゲームでもするか。
孤独と負の感情に耐え切れず、俺は一日ぶりにゲームを起動した。
ほかのゲームをするつもりだったがうっかり抜き忘れていたギャルゲーが起動してしまい、慌てて消そうとしたが目に入った画面の文字に手が止まる。
『あやめ、はるかルートバッドエンド確定。二人とも死亡』
「……なん、だと?」
慌ててコントローラを手に取ってボタンを押すと、あやめとはるかのルートには大きくバツ印がついていた。
一体何が起こったのか。
今日、何を誤ってこうなったのか。
その時、電話が鳴った。
見ると、あやめからだ。
「も、もしもしあやめ? だ、大丈夫か?」
「あ、たっくん。ごめんね、遅くに」
「い、いやそれはいいけど。それより、今どこに」
「……たっくん。今日はありがとね。私、嬉しかった」
「な、なんだよ急に。なあ、今どこに」
「今度生まれ変わったら、たっくんのお嫁さんになりたいな。私、もっと頑張るから」
「あ、あやめ?」
「じゃあね、バイバイ」
「お、おい」
電話が切れた。
そして同時にゲームの画面も暗くなった。
一体何の電話だったんだ?
それに、あやめが死亡確定だと? しかも一ノ瀬さんまで。
ど、どうなってるんだこれは……くそ、肝心な時に仕事をしないこのクソゲーめ。
「……いや、とにかく今はあやめを探そう」
そう思って家を飛び出した瞬間、俺は結局こういう性分を捨てきれないと自覚した。
目の前で困ってる人がいたら、そいつがたとえ嘘をついていようとも守ってしまう。
頼られたら断れなくて、後先なんか考えずに行動してしまう。
殴った相手が悪くなかったらごめんなさいとしか言えない。
俺は正義の味方でもなんでもない。
でも、わかってることといえば後悔だけはしたくないんだ。
見過ごして、結果的に誰かが不幸になってもそれは俺のせいじゃないって、そう思えないんだから仕方ないじゃないか。
「……あやめ、俺が助けてやるからな」
そのままあてもなく夜道に飛び出し。
まずはあやめの家に向かった。
そこがもし地獄だったなら、多分エンマ大王でもぶん殴ってしまうだろう。
それが俺だ。
全部解決してから、そのあとであれこれ悩んだらいい。
誰かが死んでからじゃ遅い。
だから頼むから家にいてくれ、あやめ。
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