現実で選ぶルート

「……やあ」


 翌日の放課後。

 ゲーム内のはるかに聞いた通り公園に行くと一ノ瀬さんが誰かを待つようにベンチに座っていたので声をかけた。


 しかし驚いた様子で目を丸くしている。

 当然だ、現実の一ノ瀬さんとは何も約束なんてしていないのだから。


「どうして龍崎君がここに?」

「い、いや。偶然歩いてたら一ノ瀬さんを見かけてさ」


 それはもちろん嘘だけど、ここに彼女がいるかは賭けだった。

 願わくばゲームの展開とずれていてくれたらよかったのだけど、今回は昨日見た景色そのままにそこに彼女がいる。

 

 なら、聞くことは一つ。

 ここに来たのはほかでもないあやめのことを聞くため。

 まあ、実際は大したこともないのだろうけど、一ノ瀬さんの知るあやめという人物について色々聞かせてもらおう。


「そういや、一ノ瀬さんはあやめと仲いいの?」

「どうしたの急に? まあ、仲はいいけどそれがなにか?」

「い、いや。俺も最近あいつと仲良くしてるから、なんとなく」

「知ってるよ。この前隣町に行ったこともたまに家に行って妹のみゆきちゃんと仲良くしてることも、そのくせ満里奈を誘って遊んでることとかも全部ね」

「え……」

「あ、私がもしあなたの味方だと思ってたらいけないから先に言っておくけど。私、ここが人目につかない場所だったら躊躇せずにあなたをぶっさしてると思うの」


 ポケットから出てきたのは小さなナイフだ。

 そして切っ先を俺の方に向けてから、一ノ瀬さんは笑う。


「あはは、やばい女だと思ったでしょ。でもね、私だって自分で変だって自覚くらいあるわよ。でも、やめられないの。好きな人と一緒になるためには手段なんて選んでられない。あやめはモテるから、私が群がる害虫を陰で排除しないといけないの。それに、あの子だって人並みの幸せを願ったりなんてできるような子じゃないの」


 ナイフをしまうと、一ノ瀬さんは立ち上がって俺の方へよってくる。

 構えたが、しかし戦闘の意志はない。

 むしろ呆れたような様子だ。


「あなた、あやめと本気で付き合えるとでも? あの子の美人局被害にあったんでしょ? あれ、初犯だとでも思ってるの?」

「……え?」

「あれは病気よ。男を見たら金を巻き上げたくて仕方なくなるの。あー、そういや加奈先輩もやってたっけなあ。うち、結構そういうことやってる人多いからさ」

「い、いやまて。あの子は毎日妹のためにバイトを」

「どこで何のバイト? 見たの? 働いてるとこ」

「そ、それは……いや、だけど」

「今はあなたのことを気に入ってるみたいだけど、多分それも利用価値があるからよ。もめ事が起きた時、あなたなら守ってくれそうだもんね。強い男はそれだけで値打ちもんってこと。よかったわね、お気に入りに指名されて」


 ケタケタと笑いながら、一ノ瀬さんはくるっと振り返って空を見上げる。


「ね、だからあの子は男と幸せになんかなれないの。私みたいなのと一緒になった方が、あの子のためなの。病気だから、男なんてみんな利用できるかできないかでしか判断してないのよ、あの子は」


 そのあとだった。

 一ノ瀬さんはちらりと俺の方を見てから、「ていあーん」と。


「あやめのことあきらめるなら、特別に一回だけ私とやらせてあげてもいいけど、どう?」

「ふざけるな。そんなのいらない」

「あ、そ。そんなにあやめがいいんだ」

「そういう意味だけじゃない。なあ、あやめの本性はともかくとしてどうして一ノ瀬さんはあやめにこだわるんだ? やばい子だってわかっていながら」

「それ、あなたが聞く? むしろそっくりそのまま同じ質問返してもいい?」

「い、いやそれは……」

「ね、そういうこと。好きになったら、たとえ相手が人殺しだろうとこの気持ちは止まらないの。むしろ、私がよくしてあげなくっちゃって気分にすらなる。それが恋よ。あなたも、心のどこかでそう思ってるはず。あやめがもし悪い奴なら、俺がなんとかしてやらないとって」


 一ノ瀬さんの言葉は、どれも的確だった。

 確かに俺はそんなことを考えていた。

 あやめに限ってそんなはずはないだろうけど、もしそうなのだとしたら俺がなんとかしてやらないとって。


 それは、やっぱりあやめのことが好きだから、だろうか。

 一ノ瀬さんだって、あやめが好きだからこそどんな彼女も許容してしまう。

 どうして好きか、なんて質問はあまりに愚かなことだったのかもしれない。


「……でも、俺はあやめが好きでもそうじゃなくても、あいつが悪いことをしてたら正したいよ」

「へえ、立派なんだ。でも、そうやってみんなを助けてどうするの? 満里奈も助けたんだってね。あの子、嬉しそうに私に電話してきたけど、それでもあの子と付き合ってはあげないんでしょ? なら偽善じゃない。みんなにいい顔して、だけど好きじゃありませんって。ほんと、龍崎君みたいな人、私は嫌い」


 すぱっと、そう言い切ってから一ノ瀬さんはさっさとどこかに歩いていく。


 もうすぐ日が暮れる。

 少し薄暗くなった公園に一人残された俺は少しだけ考える。

 

 果たして何が正解か。

 ゲームのシナリオ云々ではなく、俺自身どうすることが正解かを。


 満里奈を勢いで助けたけど、この先あいつの心は恩人である俺に縛られるかもしれない。

 なのに俺はその気持ちにこたえてやれない。

 あれでよかったなんて、やっぱり言い切れない。


 あやめは、むしろ俺に恩など感じていないのかもしれない。

 見返りがほしくてやったわけではないけど、だけど俺があいつを守るほどに、あやめの心は荒んでいくのかもしれない。


 一ノ瀬さんは、俺がそんなあやめを庇うたびに自分の恋心を正当化して、そのうち嫉妬で過ちを犯すかもしれない。

 加奈さんは……いや、あれは例外かもしれないけど、あの人だって本来なら痛い目に遭っておかなければならないところを俺が助けてしまったせいでのうのうと生き、今日もせっせと男を騙してるのかもしれない。


 結局、俺のやってきたことはなんだったのか。


 ゲームのシナリオ通りにやった?

 バッドエンドを回避したかった?

 いや、全部言い訳だ。

 何一つとして相手を見抜けていなかったが故の愚かな行為ばかりだ。


 人を見る目がないのかもしれない。

 俺は、そうやっていつも良かれと思って人を傷つける。

 あの頃も、今も。


 変わっちゃいない、なにも。


「……あのゲーム、もう最後にしようか」


 ぐるぐるとめぐる感情の終着点が見えず、俺は夜道をゆっくりと歩く。

 一度はクリアしてやると心に決めたあのゲームだけど。

 今は到底そんな気分にはなれない。


 家に帰ってまず、ゲームをつけることはなかった。


 そして、そのまま眠りにつくことに。

 もう、何が正しいのかわからなくなっていた。

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