まりなルートの末 そして

「はい」


 満里奈の部屋の中から、男の人の声がした。


「……君、誰?」


 出てきたのは、中年の小太りな男性。

 短髪で、メガネをかけていて優しい表情だけど、大柄なこともあってか威圧感がすごい。


「あ、いや……」


 その男の迫力に少し怯んでしまう。

 しかし、あまり挙動不審な方が変だろうと、気を取り直して名を名乗る。


「……俺は龍崎と言いまして、満里奈さんの同級生です」

「ああ、満里奈の? もしかして彼氏さん?」

「い、いえ。友人です」

「そっか。しかし満里奈はもう部屋にいる。すまないけど明日出直してくれないか?」

「……あなたは、満里奈さんのお父さん、ですか?」

「はは、満里奈の母親の再婚相手だから実父じゃないけど。でも、父親さ」

「そう、ですか」


 にこりと強面が崩れると、俺も少しだけ気が抜ける。

 しかし、ゲームの内容が事実ならこいつが満里奈をあんな風にした張本人ってことになるが……どうもそんな風には見えない。


 やっぱり現実はそうでもないってこと、なのか。


「すみませんお邪魔しました」

「まあ、満里奈が寝てなければよかったんだけど。あの子は眠ると起きないからね」

「……」


 なんだろうこの違和感。

 いや、単純にゲームと現実のギャップに戸惑っているだけか?


「じゃあそういうことだから。またねお友達くん」

「……いや、待て」


 俺は、閉まりそうになった玄関の扉に手をかけて足を突っ込んだ。


「な、なんだい。満里奈はもう」

「おっさん。最初満里奈は部屋に戻ったと言った。なのに寝てるかどうか、どうしてわかる?」

「そ、それは……いや、静かだし寝てるのかなと」

「嘘つけ。それに寝たら起きないって? なんでそんなことまで知ってるんだ。実の父親でもないくせに」

「い、いやそれも以前に、ええと」

「思春期の女子高生がお前みたいな中年を部屋に入れるとは思えんし、寝てるところを見せるほど無防備でもないだろ。でも知ってるっていうなら、それはつまり」


 こいつが無理矢理満里奈と寝たっていうこと、だ。

 閉めようとする玄関を無理矢理開けて中にはいると、男の表情が曇る。


「おい、勝手に入ってくるな! 警察呼ぶぞ」

「いいよ、呼べよ。警察なんて慣れてる」

「な、なんなんだ君は? 俺が何をしたって」

「お前、満里奈に手出してるんだろ?」


 外れてたらごめんなさいだけど。

 知った風にそう話すと、男はメガネを外して俺を睨む。

 さっきまでの穏やかな顔が嘘のように、敵意を剥き出しにする。


「……ガキが人様の家の事情に首突っ込んでんじゃねえよ」

「やっぱり、か。なあおっさん、警察に言えば捕まるのはあんただぞ」

「満里奈は言わねえ。なんせ母親大好きだからな。俺がそういうやつだってわかったらあいつの母親は首吊って死ぬんじゃね? それに散々俺にやることやられたからなあ。へへっ、今日もこの後満里奈に用事があるんだよ。残念だけど、お子ちゃまは帰ってねんねし……なばあぁっ!」


 もう、聞いてられなかった。

 アッパーでデブの顎を砕くと、巨大が宙を舞って、ドスンと大きな音を立てて廊下に横たわる。


 ……死んでないよな? 

 いや、こんなやつ死ねばいいんだ。


「ち、ちょっと何の音……って琢朗君? なんでここに……」

「満里奈……ごめん、やっちまったよ」


 亡骸のように横たわる満里奈の父親を見ながら、俺は気まずさを隠せなかった。


 こいつが言っていたことが本当なら、満里奈は家族のために自分を犠牲にしていたってことになる。

 どんなに辛いことに耐えてでも満里奈が守りたかったもの。

 俺はそれを多分壊した。


「……だけど、やっぱり満里奈が犠牲になってまで守る価値は無いと思う。少なくともこんな男と一緒にいたら、満里奈のお母さんも不幸だ」

「琢朗君……全部聞いたの?」

「まあ。途中でぶん殴っちまったけど」

「そっか……終わったんだ……」


 満里奈はフッと力が抜けたようにその場にへたり込んだ。

 そして、寝巻きの袖を捲り上げると、無数に残る傷痕をそっと撫でる。


「もっと早く、琢朗君が来てくれてたら私、こんな汚れた体にならなくて済んだのかな」

「……俺じゃなくても、早く誰かに頼るべきだったんだよ」

「そうだよね。うん、でも琢朗君を悪者にはしたくないから。警察に、電話する」


 満里奈は震える手でスマホを取り出して警察に電話をかけていた。

 俺は当然その場に残るべきだと言ったんだけど、父親を殴り飛ばしたのは満里奈だということにするから帰ってくれと。


 襲われて、正当防衛になるからその方がいいんだって言われて。


 俺は情けなくもその場を去った。

 いや、情けなかったのはそれだけじゃない。


 満里奈という女の心の傷を見抜けなかった俺自身が、一番情けなかったのだ。



「……どうなったんだろ、あいつ」


 家に帰っても、満里奈からの連絡ばかりを待っていた。


 しかし夜も遅い。

 段々と眠気が襲ってくる。

 寝る前に、あのゲームをやるかどうか迷う。


「……なんだよこのクソゲーめ。こんな形で知らせてくるなら、もっと早く言え」


 ゲームのパッケージを見つめながら、しかしこのゲームを恨むのは筋違いだと。 

 むしろ、教えてくれた分よかったじゃないかと。


 こいつがなければ俺は何も知らないまま、満里奈のことをただの頭のおかしな女として拒絶しまくってただろう。


 でも、今となっては……。

 ああ、くそ。なんかモヤモヤする。


 どうせなら最後まで悪役でいてくれよな、ほんと。


「ま、とりあえずゲームは進めておくか」


 明日は何があるかわからない。

 ゲームで先にそれを知れて、取り返しがつかないことになる前に未然に防げるバッドエンドな未来があるのなら。


 俺はやっぱりこいつをやっておくべきだろう。


「……はるかルートかよ」


 まりなルートは閉じられ、代わりに出てきたのははるか。


 そして選択すると、まず初めに映ったのははるかの顔。


『龍崎君、あやめと付き合ってるの?』


 いきなりどういう状況だ?

 また監禁されてるのだろうか。


▶︎ あやめは俺のものだ

▶︎ はるかと付き合いたい


 選択肢か。

 いや、しかし状況が分からないのに選びようがないけど。


 とりあえず素直にやってみよう。


▶︎ あやめは俺のものだ


『ふーん。あなた、あやめと付き合う覚悟あるの?』


 覚悟?

 なんだよそれ。はるかに殺される覚悟ってことか?

 

『あやめと付き合ったら、確実にあなた不幸になるわ。あの子はずっと誰とも付き合うことなく、私の親友でいるの。ね、悪いことは言わないからあやめは諦めて、まりなとでも付き合いなさい』


 なんか重い雰囲気のBGMまで流れ出し。

 そして選択肢がまた現れる。


▶︎ あやめは俺のものだ

▶︎ じゃあはるかと付き合いたい


 ……謎に強気だよなあこいつ。 

 でも、どうせなら


▶︎ あやめは俺のものだ


『そ、なら死んで。バイバイ』


 ここで殺されてバッドエンド。

 この後、選択肢を遥かにかえてみても似たようなことを言われて殺された。


 どういう状況かは知らんけど、とりあえずはるかは俺を殺そうとしていることだけは確か。


 ううむ、攻略も何もあったもんじゃねえ。


 しかしどうしてそんな彼女とのルートがまた出てくるんだ?

 攻略する手段がまだ残されているとでも?


 ……いや、想像もつかない。

 

「どうしろってんだよ、このクソゲーは」


 満里奈の一件で、このゲームに大きな意味があるのではと考えるようになった俺だけど、実際は所詮ゲームだ。

 いくら現実とリンクしていようと、そもそもそこに意味なんてないのかもしれない。

 考えるだけ沼だ。不毛だ。


「……さすがにはるかにまで裏事情はない、よな」


 ただの無意味なバッドエンド演出であってくれ。

 そう願ってボタンを押した。

 

 すると、自動的にはるかルートに戻されて、今度ははるかが独白を始める。


『私、あやめの本性を知ってるの。知ってて、それでも好きなの。あなたにその覚悟がある?』


 また覚悟、か。

 いや、いったいあやめにどんな本性があるのか教えてくれ。

 献身的で、妹思いで、一生懸命働くあいつのどこに悪い部分があるってんだ。


『ま、あなたに教える義理はないけど。でも、どうしても知りたかったら明日の六時に駅裏の公園に来て。そこに私はいるから』


 まるで、ゲームの中から俺自身に語り掛けるようにはるかはそう言って。

 画面は暗くなった。


 ……明日の六時。

 まあ、行けば死ぬかもしれないから行かないって選択肢もあるのだろうけど。

 行けばあやめの秘密を知れるってわけ、か。

 なるほど、ここからはゲームでの選択をとらせてもらえない一発勝負ってわけか。


 ……ま、行くしかねえ。

 明日の放課後は一ノ瀬さんと待ち合わせ。

 その未来の先に待つものは何か。


 あやめは一体何を隠してるんだ……。

 

 




 


 

 

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