自ら選んだルートー2

「ん、おいしいねここ。これ全部タダって、琢朗君様様だね」

「聞けばここのレストラン、あのバッセンとオーナー一緒なんだって。なるほどうまい宣伝だよ」


 さっき無料券をもらったレストランでステーキセットを満里奈と食べているところ。

 メニューを見ると単品で数千円のものばかりで、その中でも一番高いステーキは舌が溶けそうなほどにうまい。

 これで満里奈じゃなくあやめとかだったらもっとうまかったんだろうけど。

 食べ物に罪はない。

 おいしくいただいて、さっさと帰ろう。


「そういえば琢朗君、どうしてあんなに運動神経がいいのに部活とかしてないの?」

「別に、運動が好きじゃないってだけだよ。あと、友達もいないし」

「ふーん、でも琢朗君ってただの陰キャっぽくないのよねえ。なんかこう、無理してそう演じてるっていうか」

「買いかぶりすぎだ。俺は家でゲームしてるだけの陰キャラだよ」

「へえ、ゲームってどんなの?」

「まあ、ギャルゲーとか」

「オタクじゃん。でもまあ、女の子には興味あるってことなのね。それじゃあ」

「じゃあもなにもねえよ。ほら、食べたら帰るぞ」

「……ねえ琢朗君」


 かちゃんと、ナイフとフォークを置いた満里奈はそのあと、俺をじろっと見る。

 どろっとした目で、見上げるようにしてから笑う。


「昨日、私が言ったこと、脅しだと思ってる?」

「……そ、それは」

「好きな人と付き合えるためなら手段なんて選ばないのが私みたいな人種だから。それはよーく肝に銘じておいてね」

「ど、どうしてそこまでする? 好きだと思ってくれるのは嬉しい、けどさ」

「私にはなーんにもないの。だからさ、せめて恋愛くらいはいい思いしたいのよ。こんな体でも、こんな病んでても、好きな人とは一緒になりたいものだから」


 何もない。

 そう言いながら彼女の手は膝下に置いたバッグにのびようとする。


「おい、店でガリガリするなよ」

「あはは、めざといね。でも、私だってこうしてることが正しいだなんて思ってない。やっちゃうのよ、どうしようもなく」

「……なにか、あったのか?」

「あはは、人間何かないと自分で自分を傷つけて喜ぶような人間にはならないって。でも、そんな深い傷、他人がどうこうできるものじゃないし」


 満里奈はへらへらっと笑いながら料理を食べる。

 そして、最後の一口を食べ終えたあとで俺に聞く。


「私のこと、心配?」

「……別に。ただ、何かあるなら相談くらいには乗ってやるってだけだ」

「じゃあ、付き合ってよ。そうしたら私、自傷もやめれるかもだし」

「それは……できない。俺はやっぱり、好きだと思ったやつと付き合いたい。それに、同情なんかで付き合ってもうまくいかない」

「そ。ならほっといて。そういう偽善、いらないから」


 カタンとフォークを放り投げるように置いて。


「ご馳走さま」と言い残して満里奈は先に行ってしまった。


 追いかけようとは、もちろん思わない。

 これであいつから嫌われたとすれば、俺からしてみればラッキーでしかない。


 店に無料券を渡してさっさと店を出ると、しかしなぜか爽快な気分にはならなかった。


 満里奈の抱える闇は、俺が思ってるより深いのかもしれないとか。

 満里奈の病み具合は、単純な恋愛感情の拗らせなんかじゃないのかもとか。


 色々考えて、しかしもちろん見当もつかず。


 一度家に帰ってゲームを頼ることにした。



「……まりなルートの続きが見れるな」


 満里奈とのデートによって一ノ瀬さんに拉致される未来が完全に消えたかどうかは定かではないけど。

 とりあえずまだ満里奈とのイベントは続いているようだ。


『琢朗君、私ね、実は処女じゃなかったの』


 ゲームで、いきなりまりながカミングアウトしてきた。 

 デートの続きのようだが、急になぜこんな話を?

 いや、別に期待はしてなかったがちょっと驚いた。

 そして気を取り直してゲームを進めると、まりなの表情が曇る。


『私のママの再婚相手がさ、無理矢理私を、ね。でも、ママにも言えなくて、それで身体中傷だらけになったらあの男も気持ち悪いってなるかなってさ。もちろん、思ったとおりになったけど、そっから私、男の人のこと考えると自分の体をひっかかないといられなくなったの。ね、だから許してよね。あんなのとずっと同じ家に住んでたらさ、頭おかしくなりそうなの……』


 衝撃的な内容だった。

 別に満里奈が誰と初体験をしていようが俺には関係のない話だけど。

 これはそういう話じゃない。


 家庭内暴力どころか、強姦だ。

 しかもその相手が血のつながりはないとはいえ、戸籍上の父親だと?

 見てるだけで頭がおかしくなりそうだ……

 こんな闇を抱えたまま、毎日誰にも相談せずに生きているのかあいつは?

 

 ……いや、だからどうした。

 俺には関係ない。

 かまってやったところで、家の問題にまで口は出せない。

 父親を殴り飛ばしても何も解決しないし、俺もただじゃ済まないだろうし、あいつに対しての風当たりがもっとひどくなって、満里奈はもっと地獄を味わうかも…………


 って、それ本気で思ってるなら俺も相当クズだな。

 やるべきことは一つだろ。

 満里奈がどうとか、そういう話じゃない。

 目の前で困ってるヒロインを助けるのが、ギャルゲー主人公の役目なんだろ?


 ほんと、何も羨ましくないし役得でもねえな。

 ギャルゲーなんて、これが終わったら絶対やんねえ。

 でも、やり始めたらクリアするまでやるのが主義だ。


「いくか」


 また、この話にも裏があって俺が不幸になる選択をとってるかもしれないけど。

 それでも俺は、目の前で困ってるやつを見捨てたりはできない。


 そういう性格だから、このゲームに選ばれたのだろうか。

 はたまた、俺のせいで、このゲームはこんな進行を見せているのだろうか。

 

 さっぱりわからないけど、俺はとりあえず家を飛び出していた。


 そして、気づけば満里奈の家の前にいて。


 扉をノックした。


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